埼玉新聞の元旦号 先生の随想 【新春随想】   *未来を創るのは自分自身の『心』です*   「二十一世紀は女性の世紀」   ------池田大作 創価学会名誉会長 「人生で、一番楽しいことは?」 「苦難を乗り越えていくことです!」 あの奇跡の女性へレン・ケラーの一問一答です。 どんな悩みがあっても、それを克服する力は人間自身の心の 中にある。そして逆境や試練に打ち勝ってこそ、生命は強くなり、 光り輝いていくものだ。 これが、世界中の人々を励ました、彼女の「生きる歓び」であり 「生き抜く信念」でありました。 このヘレン・ケラーの「希望の哲学」のひとつの光源が、じつは 「彩(さい)の国」埼玉の天地にあったことは、意外と知られて いないかもしれない。 すなわち、目と耳と口の三重の障害に直面した、アメリカの少女 ヘレンが、母から繰り返し教えられて、心の支えと仰いだ偉人こそ、 埼玉が生んだ江戸時代の盲目の大学者・塙保己一(はなわほきいち) でありました。 その人を、常に手本とし目標としてきたヘレン・ケラーは、格別の 思いを抱いて、心の師の故郷・埼玉を、二度にわたり訪問して おります。 思えば、明治時代、日本で最初の女性医学者が誕生したのは、 埼玉でした。 「緑茶の研究」によって、日本で初めて女性で農学博士号を取得 したのも、埼玉出身の方であります。 そして今、埼玉では、全国に先駆けて「男女共同参画社会づくり」 が進み、はつらつたる「女性の世紀」が、一段と光彩を放っており ます。 私たち夫婦が存じ上げている埼玉の方々も、じつに明るく誠実な 女性が多い。 多くの男性は、時代の変化には気づいていても、これまでの古い 発想や、しがらみに縛られて、自分自身では、なかなか変えられ ない。 戦前、信念を貫いて弾圧された著名な学者の夫人が、終戦直後、 怒りをもって語ったことが、心に強く打ち込まれた思いがした。 「日本が、ここまでひどくなったのは、男という男が、みな卑怯だった からではありませんか」と。 男性には耳の痛い、真実を鋭く突いた指摘といえましょう。 新たなる「平和の世紀」「人権の世紀」の創造は、女性の勇気、女性 の英知なくしては、ありえません。 私は、現在、一人の素晴らしい女性と、「太陽の世紀へ」とのテーマで 対談の連載を進めております。 アメリカの未来学者へイゼル・ヘンダーソン博士です。多くの国際会議 にも招かれ、その論説は、世界の四百の新聞に掲載されているといい ます。 しかし、ご本人は「私は、もともと、どこにでもいる平凡な主婦なんです」 と微笑(ほほえ)んでおられる。大学には進学せず、十六歳から婦人服店 の店員さんとして働いた方です。 彼女の偉大さは、今いるその場所を“人生の大学”と決めて、懸命に学び、 知恵を出しながら行動していったことです。 1960年代前半のある日、ニューヨークの公園で遊んでいた幼い娘さん の肌に、黒い汚れが付いていた。こすっても落ちない。 それは、空気中に漂う煤(すす)であった。 彼女は思いきって、公園で会うお母さんたちに、「空気が悪すぎると 思わない?」と声をかけた。 すぐに共感が広がり、皆で相談して、市長へ手紙を出すことにした。 しかし、返ってきたのは、「大気汚染などではなく、海からの霧が原因 でしょう」との答えであった。 まだ、公害が大きな社会問題になる前です。 目の前で、危険な事態が進行しているのに、一番心配し、責任をもつ べき人たちが、往々にして、一番鈍感だったり、事実をごまかそうと したりする。 日本でも、政治家や責任者の無責任、無作為のせいで、どれほど多く の悲劇が重ねられてきたことか。 生活実感に裏打ちされた、賢明な女性の強さというものは、常に不正 をば鋭敏に見抜き、さらに正義の声を勇敢に上げていくのであります。 「正義によって立て!汝の力 二倍せん」です。ヘンダーソンさんたちも、 立ち上がった。 「そうだ!天気予報のときに大気汚染指数(しすう)も入れてもらおう」。 これが第一の挑戦であった。 手分けして、市内のすべてのテレビ局、ラジオ局に手紙を書いた。 すると五週間後、ひとつのテレビ局から「やりましょう」と連絡があった。 それが突破口となって、全米の他局にも広がったいった。 しかし、まだまだ壁は厚かった。 「きれいな空気を子どもたちに吸わせたい」 それは、人間として当たり前の悲劇である。 ところが、政治家や官僚、学者などの専門家からは、冷笑(れいしょう) や反対ばかりであった。 公害企業を批判した反発は激しく、ヘンダーソンさんには、「アメリカで 一番、危険な女だ」とか 「おまえは共産主義者だ、ソ連に帰れ」とか、 ひどい悪口や非難が投げつけられた。 彼女は発奮(はっぷん)した。反論するため独学で猛勉強を続け、つい には世界的な学者をも論破するまでになっていったのです。 「私は、抑えつけられると、反対に負けるもんかと力を出していく人間なの です。時間があれば、勉強しました。小さなアパートだったから、掃除も すぐ終わりましたし」 そう笑う彼女ですが、このたくましい楽観主義も女性の特質のひとつで しょうか。 やがて、大気汚染に対する世論の関心が高まり、ゴミの処理や工場の 煤煙(ばいえん)も規制され始めた。汚染を許さないことが新しい常識に なったのです。 母の心が、古い常識との戦い、そして厚い壁との戦いに、遂に勝ちました。 ヘンダーソン博士は、現在でも一歩も退かずに、二十一世紀の焦点である 「環境」「健康」「教育」のために、奔走(ほんそう)しておられる。 博士による「愛情の経済」の提唱も、有名です。 つまり、「家事や子育て、地域への奉仕活動は、GNP(国民総生産)の計算 に入らない。しかし実際は、生産活動の半分は、こうした無償の行為に支え られている。この“愛情の経済”を認識すべきだ」というのです。 それは、これまでの経済学で見向きもされなかった、思いやりや分かち合い の心、自然や生命を大切にする心にも、光を当てていく理論である。 さらに博士は、「一部の人間が勝者となり、他の人が敗者となって苦しむ 弱肉強食の競争社会から、皆が勝者となる共存の社会へ変えるべきだ」とも 訴えております。 私が強く賛同するのは、たとえば「膨大な世界の軍事費を削減し、 人類の福祉に使うべきだ」という、物事の本質をまっすぐに見据えた 主張です。 年間1兆ドル(127兆円)とも言われる軍事費。そのたった三日分が あれば、読み書きのできない子ども2億7500万人に文字を教え られる。 ユニセフ(国連児童基金)は、世界の子どもを飢餓(きが)や疫病(え きびょう)、徴兵(ちょうへい)から救うために2億700万ドルの資金 を要請していますが、これは世界の二時間分の軍事費があれば、 充分にまかなえる金額です。 「女性の世紀」とは、単に、女性が男性と平等の権利を勝ち取ると いうだけではないはずです。女性があらゆる分野で存分に活躍する ことによって、これまでにない、みずみずしい人間性の心の声が 最優先され、いわゆる生命の声が力を発揮し、社会を現実に変えて いく時代であると、私は思っています。 現在、わが国も、誰もが「深刻な行き詰まり」を実感し、苦しんでいる。 その大きな原因の一つは、政治家たちが女性の真剣な意見を本気で 聞いてこなかったからだと言われる。確かのその通りだと思う。聞くふり をしながら、実は聞いていなかったのではないだろうか。 とくに「母の声」を、最大に大切にしてこそ、はじめて社会の上に確実に 「和楽」と「平和」の時代が、花と咲いてゆくのではないでしょうか。 ヘンダーソンさんは、常にボランティアに駆け回っている尊い母たちを、 最大に誇りとしている。そして、このような詩を捧げていました。  「言葉よりも振る舞いで、争いごとの仲裁(ちゅうさい)をし、倫理を  教えてくれる母。・・・・・・・・・  本当の勇気とは、日々、人のために働くこと。  本当の勇気とは、見返りも賞賛も求めずに、未来を信じ続けること」 ヘンダーソンさんにとって、母の思い出といえば、生まれ故郷のイギリスの 小さな村で、近所のお年寄りに食事を運んだり、赤ちゃんの世話をしたり、 買い物に行っても周りの人に励ましの声をかけたり、いつの献身的(けん しんてき)に尽くしていた姿である。人を尊敬する母であったので、皆から 大変に好かれたという。 このお母さんは、幼いヘンダーソンさんを膝(ひざ)に乗せて、よく本を 読んで聞かせてくれた。 「その時の温かみや気持の良さは、何よりも素晴らしかった。それで本が 好きになりました。やはり、自己の開発には読書が一番と思います」 と、彼女は私との対談のなかで振り返っていました。 今、家庭でも、学校でも、「読み聞かせ」や「読書教育」への真摯(しんし) な努力が積み重ねられています。 昨年(2001年)の秋に、貴・埼玉新聞で報道されましたが、県内の小・中・ 高等学校での「朝の十分間読書」活動の成果は目覚しく、「集中力がつく」 「基礎学力が向上した」等々、生活にも、学習にも、さまざまな効果が現れ ていると伺(うかが)いました。まことに心強いかぎりです。 「本が死ぬとき暴力が生まれる」と言われるが、今の世相そのものでは ないか。だからこそ読書の運動はさらに広げていきたい。良き活字文化 こそ、「平和の文化」の“母”となっていくからです。 新世紀の第二年が明けました。 母なる地球も、新たな一年の回転を開始しました。 「今年こそは」と初々(ういうい)しい決意をもって新年の出発をした真剣な 女性を、いにしえの先哲(せんてつ)は、 「さいわいは心よりいでて我をかざる」と讃(たた)え励まされています。 今までがどうであれ、未来を創るのは自分自身の「心」です。 環境がどうであれ、希望を生みだしていくのも、周囲を変えていくのも、 これまた自分自身の「心」ではないでしょうか。 埼玉を愛した、あのヘレン・ケラーは語りました。 「一日また一日が、両手で抱えきれないほどの可能性をもって、私のもとへ やってきます」 「ベストを尽くせば、私たちの人生に、いかなる奇跡が起こるか、はかりしれ ません」                                     (特別寄稿)