中国新聞寄稿 平成14年1月3日 広島の心と平和教育 生命尊ぶ力の結集 使命に             創価学会名誉会長 池田 大作  「教育こそが、戦争に取って代わるものだ」これは、フランスの文豪ヴィク トル・ユゴーの達観であった。今年は彼の生誕二百周年となる。  21世紀最初の8月6日、広島は「平和と人道の世紀へ向かって平和教育の 再活性化を」という重大なメッセージを、全世界に発信した。  長年にわたって「核の脅威」展を私どもと一緒に開催してきた、各国の教育 界の友人たちからも、この宣言に対する共鳴や賛同の声が多く寄せられた。  昨年の後半、アメリカの同時多発テロ事件や中東和平プロセスの危機など、 世界は、相次ぐ暗澹たる出来事に震撼させられた。人類史を、分断と対立へ逆 流させかねない暴力が渦巻いている。  だからこそ、私たちは、広島から力強く提唱された「平和教育」の意義を、 新たな一年の始まりに、再び宣揚していきたい。日本は、史上最初の被爆国で あり、世界に誇るべき平和憲法を持つ国である。未来の世代に対して、「対 話」と「非暴力」の正道を厳然と示しゆく責務があり、使命があると思うから だ。  昨夏、中国新聞が行った世論調査によれば、「核廃絶や平和運動に関心はあ るが具体的な行動に参加したことはない」という回答が、前回の60%から7 0%に増加した。そうした背景にあるものは、何か?  ノーベル平和賞を受賞した「核戦争防止国際医師会議」の創設者、バーナー ド・ラウン博士と日本で再会した年(1989年)、博士は中国新聞の連載に つづられていた。  すなわち、「私はちっぽけな人間。私が何かをしたからといって、それで社 会が変わるわけでもない」という言葉を何度となく耳にする。その無力感こそ が、”黙って従っていればよい”との退廃をもたらし、現実変革の可能性を減 んじてしまうのではないか、と。  私も同感だ。無力感の克服が大きな課題である。  中米プエルトリコから昨年5月、創価大学にお迎えした、カルロス・アルビ ズ大学のサンティアゴ学長一行が、過密な日程の中、強い希望で広島を訪問さ れた。  この折、学長は、新緑まばゆい平和公園で、被爆者の一女性と語り合い、心 から感動されていた。  その御婦人は、妊娠9ヶ月の身重のときに、爆心から約1.5キロの自宅で 被爆された。母と二人の妹を奪われ、胎内被爆した長男が入院と手術を繰り返 すなかで、自身も極度の貧血やリウマチ等々、六つもの病と闘ってこられた。  しかし、恨みや悲しみの暗い影など全く見られない。宿命を使命に変えて、 80歳になる今も、晴れ晴れと生命尊厳の哲学を掲げながら、たくさんの友や 青年と共に、朗らかに社会貢献の人生を生き抜かれている。  学長たちは、この尊貴な母の姿に、「平和教育」また「世界市民教育」の忘 れてはならない原点を、強く感じ取られたようだ。  私と対談集を発刊したアメリカの思想家が、しみじみと述懐されていたこと も、思い起こされる。  あの極限の廃虚から不死鳥のように立ち上がり、比類なき国際平和都市を築 き上げてこられた、快活でたくましい広島の庶民の人間群像には、いかなる哲 学者たりとも頭を垂れ、合掌するであろう。そこには、最も深遠な勇気と再生 の源泉があるからだ、と。  私自身、原爆投下より30年の説目に広島で講演した際、論じさせていただ いたが、何回となく核戦争の瀬戸際に立たされてきた人類が、かろうじて核の 使用をしりぞけることができたのは、なにゆえであったか。それは、広島の地 より世界へ澎湃としてわき起こった、民衆の平和への熱願があったがゆえであ る。  私がゴルバチョフ元大統領と初めてお会いしたのは、12年前の夏、ソ連大 統領としての初訪日の予定が消えかかり、両国の交渉が大変に緊迫しているさ なかであった。その時、私は、クレムリンで、率直に「ぜひ、広島へ!」と切 り出した。すると、あの会心のゴルビー・スマイルで、「広島には、ぜひ行き たい!」と応えられた。  英邁な世界の指導者は、それぞれ広島を大切に思い、広島の心に学ぼうとし ている。ゆえに、私は一貫して、広島を舞台にしての意義深き首脳会議、軍縮 会議等の開催を提言してきた。今後も、平和の発信地としての広島の重要性 を、日本は一段と世界にアピールしていくべきであろう。  5年前、広島をはじめ中国地方の青年達が、核兵器廃絶の為の国際キャン ペーン「アボリション2000」の署名運動を開始した。その波は、全国の 津々浦々に広がり、さらに世界の青年と連帯して、なんと1300万人もの署 名に結実して、国連へ届けられた。  新しい時代を開く主役こそ、青年であり民衆だ。  広島を一つの原点として、御夫妻で幾多の悪口と迫害のなか、平和行動を貫 いてこられた「現代化学の父」ポーリング博士は、私に遺言のごとく力説され た。  それは、政治家や権威者の虚偽の発言に、民衆は絶対に惑わされてはならな い。むしろ賢明な民衆運動によって、政治に対して、平和への圧力、正義への 圧力を、断固として及ぼしていくべきだという信念である。  そして、その黄金の柱こそ、「言論の府」であろう。  なかんずく、中国新聞が、原爆ドームに近接した社屋から、「ヒロシマの悲 劇と教訓」を広く世界に知らしめ、核時代の愚かさを告発する活動を勇敢に貫 いてこられたことに、私は最大の敬意を表したい。  中国新聞は、原爆投下の直後、113人の社員の方々の殉難も乗り越えて、 わずか二日の休刊を挟んで発行を再開された。そして、「おごらず、怯まず、 偏らず」をモットーに正義のペンをふるってこられた不屈の軌跡は、言論史上 に輝きわたる金字塔である。  人類は、絶対になくせないと言われてきた「奴隷制度」を終わらせた。悪名 高い「アパルトヘイト(人類隔離政策)」も終わらせた。ならば、どうして、 人類の英知で、戦争や核兵器の廃絶ができないことがあろうか。  「核兵器や軍事力という悪の力より、さらに偉大な力ーそれは人の心であ り、精神の力である」とは、ポーリング博士の不滅の確信であった。  この世界市民の精神の力を薫発し、生命尊厳の力を結集していくところに、 平和教育の挑戦があるといってよいだろう。この「人道立国」「教育立国」 が、日本の進むべき道だ。  とくに、広島は「教育立県」の伝統を誇ってこられた。”学校”と”家庭” と”地域社会”が連携を取って、「教育力」を高めることが要請されている今 この時、平和の「語り部」の尊き方々が郷土に御健在であることも、まことに 心強い。私は、広島こそ、21世紀の「平和教育のモデル都市」であると思う 一人である。  本年は、テロ事件のために延期を余儀なくされた「国連子ども特別総会」 が、5月に開かれる運びとなっている。この機会に、「平和と非暴力」の教 育、そして「子どもの幸福」を目的とする教育を、地球上で等しく実現するた めの共通規範、いうなれば「世界教育憲章」を、国連を通じて、ぜひとも採択 していくべきではないかと、私は強く訴えたい。  「未来は学校の先生によって決まる」と、ユゴーは言った。子どもたちこ そ”我々の未来”であり、教育こそが”平和の未来の揺籃”なのである。 ( 特別寄稿  )