人生の流転  常楽我浄と諸行無常を詩う          山本 伸一 また我らの 新しい年が 始まった! 一年を 十年の価値ある人生に 生きる人もいる。 「一生 空しく過して  万歳 悔ゆる」人もいる。 人生は 今日も 生きゆく以外にない。 否 生き抜くことが 人生だ。 多くの人間と 共存状態を持ちながら 生活し そして社会にあって それぞれの 歴史を創りながら 共同体として存在し 生き抜いてゆくのだ。 人生には 逃げられない道がある。 それぞれの 宿命を持つ自身であり 未来もまた 明確なる保証はない。 生き抜く 老いてゆく 病なり そして死する 人生の流転の その明白なる解答は 誰人も与えてくれない。 この諸行無常の 生老病死という現実は 強制的なまでに 厳しく一生を 貫き通している。 いかなる著名人たりとも いかなる明晰な学者たりとも いかなる人種の人々たりとも 自分自身を納得せしめる この最期の事実の方程式には 答えることばできない。 科学者も 哲学者も 資産家も いかに巨大な 哲学的な思想の量を 持っていても いかなる 無量の財宝を 握りしめていたとしても 最後の死という 厳粛な審判からは 逃れることはできない。 激しく熱烈に生き抜き 世界的に有名になった ある人間が言い放った。 「人生の目的は何なのか  誰か 教えてくれ!  人間の死は何なのか  誰か その答えを  教えてくれ!  誰人たりとも  逃げ道のない  この生老病死という  根本の課題は  科学や医学の  徹底した究明によっても  解決できない。  生の意義  死の意義には  皆 無知である。  自分自身が常に  曖昧な観念しか持てない。  その現実には  深く憂慮するばかりだ」 彼は もともと 同調性に耐えぬ 極端に敏感な人間であったが 何の名誉ある特性も持たない 庶民であった。 しかし彼は 動かぬ絵画のような 人間ではなかった。 常に この生命の 非常に不可思議な 現象を見つめていた。 社会の中で さまざまな可能性を持ちながら 動き変わっていく 生命の内部を見極めていった。 人間の目的は何か? 生命は永遠性であるのか否か? そこに 驚くべき しかも理解し得る 一つ一つの結果を 見出し始めた。 彼はある時は ロシア流の共産主義の 内容を勉強した。 また ある時は インドの高邁な哲学の 探究にも入った。 さらに ある時は アメリカの実用主義も 真摯に研究した。 ともあれ 永遠に 超克を繰り返すように 運命づけられた その決定的な 最終的な論拠を 掴みたかった。 そして その解答として 世界の哲学者の追究よりも はるかに正確な意義で 表現してくれる 仏法の実在に 新しい生命の王国を 見出し得ることを知った。 世界では ある次元から これが唯一無二の 哲学であり また宗教であると 久しき歴史のなかで 論じ合われてきた。 キリスト教の成立と その教義の本質。 マルクス思想の発生と その過激主義の正当性等々。 元来 苦痛と死の問題を 打開せんとして そしてまた 肉体的 精神的不平等を 統合せんとして 無数の宗教が誕生した。 その宗教と宗教とが いつしか 憎悪と極端な狂信に走り 人間のための宗教ではなく 人間が宗教の奴隷になって 複雑極まりなき あまりにも惨めな 紛争と戦乱の 絶望の回転を始めてしまった。 今や世界には 平和の土台たる 生きた信仰は少なくなった。 哲学も教義も持たない 形だけの信仰が多い。 幾多の宗教が 人民から 侮蔑され始めている。 宗教的実証主義の 人間のための 人間の宗教の台頭が 今こそ 待ち望まれているに違いない。 人間による 人間のための信仰こそが 未来永遠の信仰である。 それが 元初の宗教の 出発であったからだ。 釈尊の時代が そうであった。 キリストの場合も 同じ志向性であった。 やがて 偽装の聖者たちが 神になり仏になり 宗教的権威の立場に君臨して 本来の宗教を利用する 構造になってしまった。 そこには もはや 信仰はない。 此岸と彼岸の世界との 連関性も破壊され 生と死の二重の 生命の尊厳性も破壊された。 予想もしなかった 漠然たる 卑しき秘密と愚かな伝統の 欠片(かけら)の宗教に 成り下がっている。 その宗教に帰依し 情熱を傾ける人は 哀れである。 真の幸福という標的もなく 新しい幸福の文化へ 突進していっても その結果は まったく輪郭の違った 世界である。 人間にとって 最大の関心事であるべき 生老病死を照らす 偉大なる人間の宗教の 新しき台頭こそが 新世紀を 建造していくのではないか。 我々の一個の生命も 一つの新しい 宇宙である。 ソクラテスの 「汝自身を知れ」との主張は まことに至言であり 私は その高邁な洞察の哲学に 諸手をあげて賛同する。 これは仏法に 通ずるからである。 先哲は常に説いていた。 目に見えるものは そして 手に触れる事物は 常に不断に変化する。 そして それは ある時は現出し ある時は消滅する。 ある次元から見れば 白は黒くなり 水は蒸発して 生命は死する。 人間の内なる真理も 同様であろう…… 願望 そして欲望 さらに 変化しゆく矛盾。 ただ苦痛が無くなると 愉快なだけなのであろうし 愉快さが 幾度となく繰り返されると 倦怠になって やがてまた 苦痛に変わってしまうものだ。 ゆえに 自分を取り巻く外界(がいかい)の世界と 自分自身の内なる世界とが 一体不二の法則に則るときに 人生は確実に 平和的な常楽の場所を 提供してくれるに違いない。 絶望の彼方に横たわる友に 光あれ! 友よ 立ち上がれ! 君の未来には 天使のごとき幸福の鐘が 満ち満ちていることを 忘れるな! 誠実の人間たれ 勇敢なる人間たれ そして 勝利の人生たれ! 熱烈たる人生王者の 自分の魂を 使命の魂と 深く結び合わせながら 断固として 勝ち誇る人生たれ! それには 勇気ある信仰だ。 それしか 無数無量の諸天は 祝福してくれない。 人間主義の信仰こそ 恐るべき力を持ち 晴れやかな力を持ちながら 天使たちが 君を護る。 君を讃える。 狂気のごとき この社会。 癒しがたい 狂いに狂った 愚行を繰り返す この世界。 怒りの涙を さらに強き格闘に転じて 暗澹(あんたん)たる怒涛の彼方に 燦然と輝く 自分自身の王国へ 行くのだ。 宿命の嵐に 負けるな! 陰険な波浪に 負けるな! 邪義の陰謀に 負けるな! 悲しくも 良くも悪くも 負け退くことは 魔性の 黒い国に行くことだ。 そこには 光り輝く未来はない。 暗黒の世界を 彷徨(さまよい)い歩いても ついには 安穏のわが家は どこにもない。 わが友よ 頑張れ! わが兄弟よ わが姉妹よ 頑張れ! いかなる失敗があっても 断じて立ち上がり 前へ進むのだ。 ただ民衆を大切に! 民衆に忘恩の輩は 人間としての裏切り者だ。 今は いかに 華やかな連中であっても 背信の輩が勝ち誇る時代は 絶対にない。 彼らは一時は 勝ったと奢(おご)っても 厳しき生命の中の牢獄に また手錠をはめられ 絞首刑の苦しみを 味わうだけだ。 有名が 幸福ではない。 無名の英雄が 幸福であり 偉大であるのだ。 君よ 負けるな! 君は 王者のような才知と 無限の智慧の力の権威を 持っていることを 忘れまい。 煩悩業苦も 人生である。 そして 諸行無常もまた 人生である。 そのままの生命で 常楽我浄の人生を 生ききることだ。 煩悩即菩提の 永遠究極の遊楽の人生を 生きゆくことだ。 賢者は 常に 未来を先取りし 未来の勝利を謳う。 愚者は 現実の側面のみ見ながら 自らの懸命の努力によらず 常に意図的に 嫉妬の心を抱き 嘆いている。 人々が幸福に 笑顔で語るのを見れば 自らの悲嘆の心を さらに衰微させ 崩壊させながら苦しむ。 賢者はすべてを 喜劇として飾る。 愚者は常に 嫉妬と悲劇で終わる。 賢者は正義に賛成する。 愚者は正義に反対し 対立の鎖に繋がれながら 常に凡庸(ぼんよう)な 自己の欺瞞(ぎまん)を 誇張しながら生きている。 日蓮大聖人は 「世間の失  一分もなし」と申され 「少少の難は・かずしらず  大事の難・四度なり」との 御一生であられた。 その蓮祖の大難に比すれば 我らの苦難は 風の前の塵の如しとは 牧口初代会長の 信心であられた。 大偉業を成しゆく 戦いにあっては 労苦と苦難の無き行動などは あり得ない。 また世界の歴史を見ても 明々白々なる現象である。 ゆえに 崇高にして 世界最極の偉業を 成しゆかんとする 広重流布にあっては 「難来るを以て安楽」との 御聖訓を 決して忘れてはならない。 「悦ぶべし 悦ぶべし」である。 大聖人の 流罪死罪の迫害は すべてが 悪意に満ちた 讒言によるものであった。 陰湿な 多くの讒言を 幾度となく 私も受けた。 仏法には 「悪口罵詈」と説かれる。 教義の通りの現証であるが あまりにも非情な 言論破壊の暴挙を 憂える人は少なくない。 人の世界は恐ろしい。 正義の人ほど 歴史上 讒言によって 葬られている。 ゆえに戦いである。 正義は 戦い勝たねばならぬ。 君も 私も 真実に生き 真実を勝ち取って 地獄の亡者たちを見下ろし あの陰険な裏切り者たちの 泣き叫ぶ姿を見つめながら 永遠の勝利の舞台で 楽しく 常楽我浄の舞を 躍って飾りたい。 我らには 哀しみなどはない。 我らには 敗北もない。 我らの彼方は 常に 幸福の鐘が 希望の鐘が 鳴りやむことはない。 いかなる 厳しい試練があっても 我らは すべてを勝ち越えゆく 無量の黄金よりも貴重な 無限の力を持っている。 目には見えない力が 満々として 言葉もなく 常に煌々と 鋭く響いている。 我らは負けない! 君よ 今日も 元気を取り戻せ! 君よ 幸福の魂を引き離す輩とは 今日も厳然と 断固 戦え! あの美しい 満天の星のごとく 勇気に溢れ 希望に溢れ 勝利に溢れゆく 栄光にふさわしき 人間王者の威厳に満ち満ちて 常楽我浄の王宮の扉を開き 笑みを湛えながら わが人生の流転を 進みゆくのだ。 我々が信ずる力は 臆せず動ぜず 悠然と安座して 慈光に包まれ 必ず忍耐の彼方に 大勝利の讃歌が待っている。 新しい一年 君の胸にも また あなたの胸にも 大いなる喜びが流れ込み 偉大なる勝利の 諸天の祝福の輝きに 包まれゆくことを 私は祈りたい。  二〇〇二年一月二日     世界桂冠詩人