新春随想 池田名誉会長 ソクラテスを語る@  一、この物語は、2400年前の史実である。  それは、「正義」と「邪悪」の究極の闘争の劇であった。 舞台は、世界的な学芸の都アテネである。  私も、1962年の2月4日、その憧れのアテネを訪問した。40年前のことである。  貴重な遺跡のアクロポリスの丘や市民の対話の広場、さらに岩壁にある牢獄の跡などを、 同行の青年とともに、真剣な学究の心で見学したことは、今もって脳裏から離れない。  青春時代に学んだ、あまりにも崇高な哲学者の生涯とともに、善悪と愛僧の赤裸々な人間 のドラマが蘇ってくる思いがした。  真実の賢者の振る舞いは、後世に、いかなる人生の道を示しているのか。  また、正義に反する妖妬や憎悪は、いかなる厳しき因果の流転をたどりゆくのか。  そして、いかにして正しく、永遠性の生命を生きゆくべきなのか。  そうした哲学の真髄の命題を考えゆく一つの糧として、アテネの歴史と人間の物語に光を 当てたい。  もとより、私は専門の学者ではない。また、ソクラテスの実像については、古来、さまざ まな論議が重ねられてきた。  現代に生きる私たちが、哲人の自由闊達な対話の精神、そして大胆にして勇敢なる言論の 闘争に学びゆくために、私は語り残しておきたい。 「人類の大変化は思想から始まる」  一、アメリカ創価大学の本部棟では、一対の胸像が、21世紀の平和を担いゆく「世界市民」、 そして「生命ルネサンス」の若き哲人たちを見守っている。  それは、ソクラテスとプラトンの勝利の師弟″の像である。  人類の教師とされるソクラテスは、紀元前469年ごろ、アテネ(アテナイ)に生まれた。  しかし、彼は「どこの人間か」と尋ねられた時、「アテネの人だ」とは答えなかった。「私 は世界の人だ」と答えたという。  いささかの気負いもなく、広々と、全世界を故郷とし、全人類を同胞としたソクラテス。  なぜ彼は世界市民″として、開かれた精神″を生き生きと躍動させることができたの か?  それは、万人に課せられた「汝自身を知れ!」という探求を、生涯、確固として手放さな かったゆえの「魂の勝ち鬨」でもある。  自分は、自分以外にはなれない。    人間は、人間以上にはなれない。   「汝自身を知れととは、「人間はいかにして生きるべきか」という普遍の問いかけであり、 さらにまた「真の幸福に目覚めよ」という励ましでもあろう。「汝自身を知る」ことは、は、 「人間を知る」ことであり、「他者を理解する」ことに通ずる。  そしてそれは「人類の共生」「世界の平和」という根本課題へ連動していく。  仏法では、「汝自身」の心の外に道を求めて、何かを積み重ねるこたは、たとえば、日夜、 隣の財産を計算しても半銭の得にもならないようなものであると説かれる。 幸福とは何か? 善とは何なのか? 最高の宝は「汝自身」の中に 「私は世界市民」広々と開かれた心のソクラテス  「汝自身」の中にこそ、決して尽きることのない、無限の「生命の宝財」が秘められてい る。  今こそ、人類は、この「汝自身を知れ」という思想の出発点に、真摯に立ち返るべきでは ないだろうか。  「個々人および人類全体の生活におけるありとあらゆる大変化は、すべて思想の分野に始 まり、思想の分野において成就される」(原久一郎訳)  これは、ソクラテスを敬愛してやまなかった、ロシアの文豪トルストイの言葉であった。 自然の探求から「人間」の探求へ  一、ソクラテスの生きた時代は、人類史に先駆けて民主制を築いた都市国家アテネの「繁 栄」から「衰退」への時期となる。  父は石工であり彫刻家でもあった。母は「産婆(助産婦)」であった。  特に父親が教育に熱心だったので、当時のギリシャの基礎的な教育を受けることができた。 そこには、詩、文学、音楽などの教養が含まれていたようだ。  当初、父の彫刻の技術を習得し、身を立てたが、後に哲学的活動に専念するようになった。  プラトンの著作『パイドン』によれば、若きソクラテスは、はじめは「自然の研究」に向 かった。万物を秩序づける原理を知ることによって、いかにあることが、善であり、悪で あるのか″を見いだすことができるのではと考えたからである。  それこそ、ソクラテスの青年期を貫き、生涯、大情熱を注いだ目標であった。  その求道の過程で、哲学者アナクサゴラスの弟子アルケラオスに師事している。  しかし、当時の自然学の世界観は、「地水火風」などを要素とする説明によるものが大勢を 占めていた。そうした考えは、若きソクラテスの期待に十分に応え得るものではなかったの である。  この世界における善とは何か。悪とは何なのか。  教えを受けるべき人もなく、自分でも見いだすことができない。ソクラテス青年の苦悩は 深かった。この暗中模索の期間は、長きにわたった。        その知的苦闘の果てに、自らの使命に目覚める「回心」の時が訪れる。  ソクラテスは、「自然の研究」から「人間の研究」へと進み、善悪を決める究極原理を、汝 自身の「魂」の内に探求していたのである。         人間教育の手本(モデル)  一、初代会長牧口先生は、人材の育成に取り組むソクラテスの姿を、人間教育のモデルと して見ておられた。  『創価教育学体系也の中にも、ソクラテスの名が記されている。  「汝自身」への探求。また「青年との対話」。そして、権力の魔性との「信念の闘争」。  牧口先生は、まさしくソクラテスのごとく生き、学び、語り、訴え、叫び、教え、戦い、 そして、殉じていかれた哲人であり、教育者であった。  そして、ソクラテスが、若き分身であるプラトンを育て、鍛え上げたように、牧口先生も、 不二の弟子である戸田先生を残していかれたのである。 2002.1.6 付 SP