恐喝犯山崎正友・遊蕩坊主日顕                    2002-1-7 陰険、卑劣の策謀は全て失敗 釈尊時代からの方程式 嫉妬ゆえに正義の偉人を中傷 根本は低次元な「妬み」と「嫉妬」 秋谷 ところで「偉大なものは、偉大さゆえに妬まれる」と言うが、学会に対する批 判も中傷も、根本は妬みと嫉妬ばかりだよ。それも低次元な。 森田 その通りだ。経文に「四衆の中に瞋恚を生じ心不浄なる者有り、悪口罵詈し て」「諸の無智の人の悪口罵詈」等々、数限りなくある通りだ。 原田 これこそ釈尊の時代も大聖人の時代も全部、方程式は同じということだ。 佐藤 悪坊主、権力者等が結託するのも同じだ。 森田 その代表が、あの恐喝犯の山崎一派の妬みと大ウソつきの記事だよ。多くがそ うだ。あまりにも偉大な学会や名誉会長に対して、まるで気ちがいになって書いてい るようだ。情けないやつだ(笑い)。 秋谷 だが、そうした陰険、卑劣の策謀も、ことごとく大失敗。自分たちのほうが、 逆に社会から厳しく断罪されている昨今だ。 原田 この10年も、ご存じのように、山崎正友は3億円恐喝で懲役3年の実刑判決で収 監、日顕は「遊蕩法主」。皆、社会の笑い者だ。 「月刊ペン」の隈部は異例の逮捕、拘留最高額の罰金刑 和田 学会に対する近年のデマの原型である、あの「月刊ペン」事件も、名誉毀損罪 で起訴された編集長の隈郡大蔵が有罪になったな。 森田 その通りだ。あれは、それほど、ひどい事件だった。 佐藤 「月刊ペン」事件というのは、『月刊ペン』という三流雑誌が、昭和51年3月 号、4月号で、事実無根のスキャンダルをデッチ上げた。学会、先生を中傷する、デ マ記事を掲載した事件でしたね。 原田 当然、裁判は検察側が勝訴。学会側の告訴が正しかったということだ。記事を 書いた隈部は、罰金20万円の判決を受けた。 和田 この20万円という金額は、当時の名誉毀損罪の罰金刑としては最高額だ。 佐藤 そうでしたね。 森田 しかも、名誉毀損罪で学会側に告訴された隈部は、警視庁に逮捕されて取り調 べを受け、25日間も拘留されている。 和田 いや、名誉毀損で逮捕されるなんて、めったにないことだ。聞いたことがな い。 秋谷 私の友人の有名な弁護士が言っていた。「普通、こうした事件で、逮捕される ことは、 まずない。この一事で、記事の悪質さが、すぐ分かる」と驚いていた。 森田 そうだろうな。そう思う。 恐喝犯まがいの男がネタ元に 原田 だいたい『月刊ペン』は、総会屋ともつながりがあると噂された、「いわくつ きの雑 誌」だ。もう、とっくにつぶれているが。 森田 学会だけでなく、「今度、こういう記事が出るんだが」と、脅された財界人 も、ずいぶんいたという話が聞こえてきたね? 和田 要するに「ゆすり」「たかり」の「ゴロツキ雑誌」だよ。 「事実無根のデマ」の原型 月刊ペン事件 当時の罰金刑の最高額 罰金20万円の有罪判決で決着 森田 その通りだ。実は、あの記事が出る以前、学会本部に、武井とかいう男が訪ね てきた。自分は、いろいろと情報を握っているので、学会で使ってほしい。ついて は、金を出してくれないか″という話だった。脅しまがいの手紙も、何度となく送っ てきていた。 原田 これは、あとで分かったことだが、この男は、いろんな偽名を使い、窃盗・恐 喝・詐欺等を働いた前歴があった。それくらい、いかがわしい男だった。 森田 前科が、いくつもあるともいわれていたな。 秋谷 そんな男の話だ。学会は当然、突っぱねた。 森田 実は、『月刊ペン』のデッチ上げ記事のネタ元は、この武井という男だったん だ。 原田 隈部が、この武井と接触をもったのは昭和51年の1月。問題となった3月号の原 稿が、締め切り直前だったころだ。 井桁 そうだったんですか。私たちの世代は、詳しく知らないことばかりです。 高柳 早い話が、学会を脅して金が取れなかったから、「ペン」に持ち込んだわけで すね。 森田 その通りだよ。 佐藤 この間の一連の経緯については、こう一般紙が報じている。「なお警視庁捜査 四課は、月刊ペン社の関係者が創価学会を恐喝した疑いもあるとして引き続き事情調 査する意向である」と報道されていた。 森田 その「月刊ペン社の関係者」というのが、武井のことだ。 秋谷 それに、記事を書いた編集長の隈部大蔵も、業界で悪評高い人物だった。 原田 実は、この男は某宗教団体の幹部ともいわれていた。オレは法華経の最高権 威だ″と自称していて、学会に猛烈な敵愾心をもっていたという。 佐藤 はじめから悪意の「作り話」だったわけだ。 「偽証工作」まで働いていた隈部 和田 当然、隈部は裁判で、デマ記事の内容について、何一つ、まともな根拠を示せ なかった。 秋谷 追い詰められた隈部は、「ペン裁判」が行われていた昭和54年、「偽証」の依 頼まで行っていたほどだ。 高柳 へぇー。 原田 東京・目黒区の元公明党区議に、金を積んで裁判の「偽証」を頼んでいたこと が分かっている。 和田 昭和56年7月28日付の「毎日新聞」でも、「被告が偽証依頼」「証言すれば謝 礼を出すとの話もあり、同被告が『寸志』と記した十五万円入りの紙袋を置いていっ た」等と、大きく報道されていたな。 井桁 それほど隈部のデマが、「事実無根」だったということですね。 原田 はじめからインチキな作り話だから、結果も明快だ。昭和58年6月10日に東京 地裁で、昭和59年7月18日には東京高裁で、隈部に「罰金20万円」の有罪判決が下 り、完璧に決着している。 森田 その後、隈部は死亡している。 秋谷 刑事裁判で有罪判決。しかも最高額の罰金刑―――この一事を見ても、『月刊 ペン』のデマが、どれほどいい加減な、事実無根の作り話だったか明確だ。