新春随想 池田名誉会長 ソクラテスを語るD 私は正義! ゆえに死をも恐れない 「魂の王者」は永遠!!  一、ソクラテスは、対話した。あらゆる人と。何のためか?  「真の知恵」に目覚めさせるためだった。  対話につぐ対話、行動につぐ行動――「ソクラテスは賢者だ」という名声が高まった。  同時に、彼を、うとましく思う人間も増えた。  裁判でソクラテスは言った。(以下、プラトン著『ソクラテスの弁明』久保勉訳から)  「私に対して全然虚偽のことをいい触らす多くの弾劾者が諸君(=アテナイ人)の前に現 れた」  ウソを、たやすく信じこむ人間もいた。偏見の厚い壁がつくられた。 有力政治家のアニ ュトス、詩人のメレトスたちは、ますます増大するソクラテスの影響力を止めたかったので あろう。虎視眈々と、ソクラテスを告発するチャンス″を狙っていた。  そして、法律のあいまいさにもつけこんで、ソクラテスを法廷に召喚することに成功した のである。  このころの裁判は「民衆裁判」と言われ、陪審員は裁判の当日、抽選で選出された。約500 人のアテネ市民が陪審員席に座り、彼らの投票により判決が下される。陪審員同士の議論は ない。反対尋問もない。しかも、審理は、たった1日程度であった。 「はじめに謀略ありき」の不当裁判  一、それにしても、一体、何の罪でソクラテスは訴えられたのか。罪状は、「国家の認める 神々を認めず、新しい神格を導入している」。すなわち「不敬神」の罪であった。  これほどの敬虔(けいけん)な人を!  さらに、「若者たちを堕落させている」ゆえに罪があるとされた。  とんでもない言いがかりである。ソクラテスほど真撃に青年を育ててきた者はなかった。  告発者メレトスに対してソクラテスは言った。  「アテナイ人諸君、メレトスこそ罪を犯す者である」  そして、告発者が、本当は、青年のことなど真剣に考えていないことを暴き出してみせた。  ソクラテスは弟子たちの名を次々と挙げた。  ――もしも私が、本当に青年を堕落させてきたなら、今、ここに彼らが来て、私を訴える はずではないか。鮮やかな反撃であった。  一、裁判を悪用して、正義の人を訴える。それは、諜略家の常套手段である。  日蓮大聖人の門下に対しても、不当な訴えを起こした人間がいた。  御書に「自科(ジカ)を塞(フサ)ぎ遮(サエギ)らんが為に不実の濫訴(ランソ)を致す」(850ペ ージ)と仰せである。  つまり、自分たちの罪科を隠すために、虚偽を申し立てて、無実の人を訴え、みだりに裁 判を起こしたのである。学会に対する邪悪な策謀の本質も同じである。 偽善者は地獄に  一、告発者は、対話の名手ソクラテスからの尋問を恐れた。ソクラテスが告発者を直接、 尋問できる時間は短かったにもかかわらず。  有名な「ソクラテスの弁明」――しかし、それは、受け身の自己弁護ではなかった。真の 罪悪に対する果敢な「弾劾(だんがい)」であった。  すなわち、告発者は偽善者であり、告発は虚偽であると。  ソクラテスを敬愛した大詩人ダンテは『神曲』の中で、「偽善者」には金メッキの鉛の服を 着せ、「地獄」の中に書きとどめている。 お金や栄華より大事なのは「魂」  一、ソクラテスが呼びかけたこと。それは「何よりも魂を大切にせよ」という叫びであっ た。  裁判で彼は言った。 「好き友よ、アテナイ人でありながら、最も偉大にしてかつその智慧と偉力との故にその名 最も高き市の民でありながら、出来得る限り多量の蓄財や、また名聞や栄誉のことのみを念 じて、かえって、智見や真理やまた自分の霊魂を出来得るかぎり善くすることなどについて は、少しも気にもかけず、心を用いもせぬことを、君は恥辱とは思わないのか」  名誉が何だ。金銭が何だ。大事なのは、「魂」であり「生命」の輝きだ!  私は、これまでも、こう言ってきた。これからも、言い続ける――。  「私は、決して私の行動を変えないであろう。たとい幾度死の運命に脅かされるにしても」  この気概!  この誇り!  彼は死をも恐れなかった。彼が恐れたのは「守るべき大切なものを守れない」ことであっ た。堂々たるソクラテスの弁論に反発し、途中で、騒ぎ立てる者もいた。  ソクラテスは、裁判が自分に不利であることを自覚していた。  その中で、彼は言った。  「アテナイ人諸君、私はここで私自身のために――世人のあるいは想像すべきが如く―― 弁明するようなことは思いも寄らない、むしろ私の弁明はただ諸君のため、諸君が私を処刑 する結果、神から諸君に授けられた賜物に対して罪を犯すようなことにならないためである」  諸君を大悪の罪から救ってあげたくて、私は叫んでいるのだ、と。 誇り高きソクラテス 私にふさわしいのは 「死刑」ではなく 「最高の国賓的待遇」 善悪の転倒した社会は滅亡  一、一回目の票決は、ソクラテスを「有罪」とした。告発者も、ソクラテス自身も、票差 は圧倒的と思った。しかし実際は「僅差」であった。  次に、刑の種類を決めることになった。告発者は「死刑」を求めた。  「ソクラテスよ、お前はどんな扱いが自分にふさわしいと思うか」そう問われたソクラテ スは答えた。  「自分にふさわしいのは最高の国賓的待遇″である」  そして、最大の幸福は徳について語ることだ。「魂の探究」なき生活は人間にとって生きが いのないものなのだ――こう毅然と言ったのである。  当時、ふつうなら、被告席に立てば、弱々しく涙を流して、哀願する者が多かった。子ど もを法廷に連れ出して、同情を誘おうとしたかもしれない。しかし、ソクラテスは、あまり にも堂々としていた。それが、陪審員たちの心証を悪くした。  頭を下げ、寛大な処置をと哀れみを乞うなら、大目に見てもやるのに! どこまで傲岸 (ごうがん)なやつだ!″  こうして、ソクラテスを「有罪」とした時よりも多数で「死刑」が確定したのである。  一、ソクラテスは、死刑に投票した市民たちに言った。  「死を脱れることは困難ではない、むしろ悪を脱れることこそ遙かに困難なのである」  「人々を殺すことによって、諸君の正しからざる生活に対する世人の批議を、阻止し得る と思うならば、諸君は誤っている」  「私は敢えて諸君に言う、私の死後直ちに、諸君が私に課したる死刑よりも、ゼウスにか けて、さらに遙かに重き罰が、諸君の上に来るであろう」  そして、若い者たちが、いっそう峻烈に、諸君の生活の不正を問い糺すであろう″と予 言するのである。  その一方で、無罪に投票した市民たちには、こう語りかける。  ――善き者には生きている間も、死後も、悪しきことは何もない、と。  アテネの市民は、アテネに最も尽くした人に対して、強盗や追剥と同じく死刑を宣告した。  仏法では、「悪人を愛敬し善人を治罰する」ことが災難をもたらすと洞察している。  広く見れば、そういう社会は、もはや善悪の基準を見失った、タガのはずれた″ような 社会になっていると言えようか。  古代アテネは、ソクラテスの死後、わずか61年後に、マケドニアに平定され、滅び去っ た。 2002.1.10 付