新春随想 池田名誉会長 ソクラテスを語るE完 「21世紀のソクラテス」たれ 対話で呼び覚ませ!!   全人類の「善の心」を  一、「人間、いかに生きるべきか」――これこそ、ソクラテスが終生、問い続けたことであ った。  そして、その問いは、「死を、どうとらえるか」という、人生の根本問題に突き当たる。  人間は、自らの「死」に直面したとき、その真価が問われるものだ。  ソクラテスは、死に臨む自らの振る舞いによって、この根本問題を、大いなる光明で照ら した。その光は、今も輝きを失っていない。  ドイツの哲学者・ヴィンデルバントは言った。  「(ソクラテスが毒杯を仰いだ)この日こそ、人類の極めて崇高な思い出の日の一つである」 牢獄の中でも彼は幸福だった  一、裁判で死刑を宣告されたソクラテスは、牢獄に入った。  足かせをはめられ、鎖でつながれた。そして、自らの「死」を目の前にしながら、1カ月 間、牢獄で過ごした。  ちょうど、デロス島の祭りに使節が派遣されており、「使節の船が帰ってくるまでの間は、 何人たりとも処刑してはならない」という掟があったからである。  しかし、その間、怯えも、命乞いも、いささかの動揺さえ、彼にはなかったという。  牢獄では、日中、訪問者との面会が許されていたが、訪れた青年や、友人たちは、牢獄の ソクラテスを見て驚いた。  「あの方はその態度においても言葉においても幸福そうに私には見えたからなのです。ほ んとうに、なんと恐れなき高貴なご最期であったことでしょうか」(『パイドン』岩田靖夫訳)  そして死後も幸福である人とは、このような人であろう!″という思いに打たれたとい う。  ソクラテスは、彼に毒薬を与える役人とさえ、対話を交わした。その役人は、いつしかソ クラテスを慕い、尊敬するようになり、処刑の日には涙すら流したのである。  牧口先生、戸田先生もまた、戦時中の獄中闘争にあって、看守を折伏されていたことは有 名である。 死が目の前でも希望があった  一、生涯最後の一日、ソクラテスは、彼のもとを訪れた人々とともに、ほがらかに、時に は微笑すら浮かべて、人間の生と死をめぐって、深遠な「対話」を行った。  そうした師の姿を、プラトンは『パイドン』の中で、生き生きと、また崇高に描いている。  牢獄にあってソクラテスは、弟子や友人たちから逃亡を勧められていた。実際、彼がその 気になりさえすれば、逃亡は可能だったといわれている。  しかし、ソクラテスは、その申し出を断り、国法に従い、従容(しょうよう)として毒杯 を仰ぐ道を選んだのである。  彼は、それを「不幸」とは考えていなかった。それどころか、死に際して、ソクラテスの 胸には希望が燃えていたのである。ソクラテスは言う。  「本当に哲学のうちで人生を過ごしてきた人は、死に臨んで恐れを抱くことなく、死んだ 後にはあの世で最大の善を得るだろうとの希望に燃えている」(同)と。  ゆえに、ソクラテスは「幸福」だった。  穏やかに死に臨んだ、その姿は、人間性の極致を示している″と感嘆する識者もいる。  ソクラテスは、「不正を受ける」ことよりも、「不正を行う」ことを警戒すべきだと考えて いた。  なぜか。  生きている間、不正を行ってきた人間のその後″を固く信じていたからである。  「魂が数々の悪業で充たされたまま、ハデスの国(=死後の国)へ赴くのは、ありとあら ゆる不幸のうちでも、一番ひどい不幸」――こうソクラテスは言う(『ゴルギアス』加来彰俊 訳)。  『パイドン』でのソクラテスは、「魂が不死であり不滅である」ことを繰り返し述べている。  「魂の不死」を信じていたからこそ、ソクラテスは、生きているうちに、「未来永劫のため に、魂の世話をしなければならない」と訴えたのである。 「死」は一切の虚飾をはぎとる  一、『ゴルギアス』でソクラテスは、次のような生死観を語っている。  ――人間は死ぬと一生の行いが裁かれ、死後の生活が決まる。生前の行為は、すべて自身 の魂に刻まれて、死んでも消えることはない。  その裁判″の場にあっては、美しい肉体や、家柄、財産などといった衣装″をすべて 脱ぎ捨てて、たった一人きりで、ただ魂だけになって、裁かれねばならない。一生を正しく 生きた人は、死後は災いから離れ、幸福のうちに日を送るが、不正に生きた人は、奈落の牢 獄に行かねばならない  罰に処せられることで過ちが癒される者もあるが、極端な不正を行った者は、最も恐ろし く苦しい「永劫の罰」を受ける。  そして、「永劫の罰」を受ける者の多くは、「独裁者や王や権力者たち」である。なぜなら、 彼らは何でも自由にできる力を持っているので最大の過ちを犯すからだ――。  「死」という厳粛な鏡に照らし出せば、いかなる富も、権力も、地位も、はかない。ソク ラテスの深く、鋭い眼は、そうした、すべての虚飾をはぎ取った後に残る「魂」そのものを 見つめていた。その眼は、永遠の生命を展望していたといえようか。  仏法は三世の生命観を明快に説き明かしている。日蓮大聖人は、宇宙を貫く生命の法理に ついて、「秘とはきびしきなり三千羅列なり」(御書714n)と仰せである。 (三千とは、一念三千の三千。法華経方便品における秘妙方便の「秘」とは、宇宙の森羅万 象が、ことごとく一念三千の当体であり、この厳しき生命の法則から、だれ人も、のがれら れないことを示している――との仰せである)  また、「(死後の地獄等という)苦悩の世界に行ったならば、王の位も、将軍の位も、何の 役にもたたない。獄卒の責めにあう姿は、猿回しに回される猿と変わらない」(同1439ペー ジ、通解)とも述べておられる。 最後の最後まで対話し続けた  一、いよいよ、刑の執行は迫った。  ソクラテスを慕う人々は、少しでも時間を引き延ばそうとした。  しかし、ソクラテスは、そうした配慮を気にもとめなかった。  彼の心には、「死」をもってしても壊すことのできない不滅の境涯が広がっていたにちがい ない。  彼は、まったく上機嫌な様子で、顔色や顔つきも、まったくそこなわずに、少しも震える ことなく毒杯を受け取ると、無造作に、平然と、それを飲みほした――。  友人たちの心は引き裂かれた。怒りの叫びをあげる者もいた。父親を奪われるような悲し みのため、泣き出す者もいた。  だが、ソクラテスは、嘆く人々をなだめ、息を引き取る寸前まで、悠然と周囲に言葉をか け続けたのである。  彼は、自身が生を終える最後の最後まで、人々との「対話」をやめなかった。そして、真 実を求め抜く精神を刻みつけていったのである。  ソクラテスは、安易に死を肯定してい るわけではない。生命の永遠性を志向していたがゆえに、死を恐れることを戒め、現在の「生」 を正しく充実させることを訴えたのである。  「われわれはこの世において徳と知恵にあずかるために全力を尽くさなければならないの だ。なぜなら、その報いは美しく、希望は大きいのだから」(『パイドン』岩田靖夫訳)  ソクラテスは、自分自身に生き抜いた。「魂の勝利者」であった。  弟子プラトンは記した。師匠の最期の姿を描いた一書(『パイドン』)の末尾に。  「これが、われわれの友の最後だったのです。かの人こそは、われわれの知る限り、まさ に当代随一の人とも言うべく、とりわけ、その智慧と正義において、他に比類なき人だった のです」(田中美知太郎訳) 正義を示さん! と弟子は立った  一、ソクラテスは、幸福に満たされた生命で、安らかに息を引き取った。  しかし、師匠を奪われた弟子の衝撃は、あまりにも大きかった。プラトンは、心労のため 病に倒れた。  そして――彼は心に決める。  「わが師の正義を、万人に示すのだ!」  弟子は、師匠を死に至らしめた社会悪との烈々たる闘争を開始した。 このとき、プラト ンは20代後半。80歳で死ぬまでの50年間、プラトンは、ただこの誓いを抱きしめて生き 抜いたのである。  私は、師匠・牧口先生を軍部権力によって奪われた戸田先生が、戦後、断固たる闘争に立 ち上がった姿を思い起こす。  一、正義の人ソクラテスを陥れた人々は、厳しき報いを受けたとも言われる。  モンテーニュが『エセー』で綴っているところによれば、やがて後悔するに至ったアテネ の市民は、ソクラテスを死に追いやった者を極度に忌み嫌い、彼らを避けた。そして、彼ら が触れたものさえ不浄のものとし、あいさつもせず、近づこうともしなかった。ついに彼ら は悲劇的な末路をたどったという。  「罰は罪のすぐあとからやって来る」とは、プラトンの言葉である。 「冤罪の構図」  一、ソクラテスは、未来に警鐘を鳴らした。  「もしわたしが、罪を着せられるとすれば(中略)多くの人たちの中傷と嫉妬が、そうす るのです。まさにそれこそが、他にも多くのすぐれた善き人たちを罪に陥したものなのでし て、これからもまた罪を負わせることになるでしょう」(田中美知太郎訳)  ここに「冤罪の構図」がある。  ゆえに、民衆が強くなることだ。民衆が賢明になることだ。そこにしか、人類の理想社会 への道は開けない。  そのために立ち上がったのが創価学会である。  私が、わが関西の久遠の同志とともに、大阪事件の「無罪判決」を勝ち取ってから、この 1月25日で40年を迎える。 〈大阪事件とは、昭和32年の参議院の大阪地方区の補欠選挙で、池田名誉会長が、無実で ありながら、戸別訪問の教唆と買収という容疑で、逮捕・投獄されたこと〉  冤罪が晴れた無罪判決の最終確定を、私はアテネに続いて訪れたエジプトのカイロで聞い た(1962年2月8日)。  大阪事件の法廷闘争の勝利をはじめとして、学会は、一切の謀略を厳然と打ち破り、正義 の旗を打ち立ててきた。  正しいからこそ勝たなければならない。  正義だからこそ、現実のうえで、断じて勝って勝って勝ち抜くことが、冤罪で苦しんでき た人類史の転換となるからだ。 自分自身を探究  一、ソクラテスをはじめとする西洋古典哲学の源流と仏教の共通性について、私はドイツ の教育学と哲学の大家、デルボラフ博士と語り合った。〈対談集『21世紀への人間と哲学』〉  東でも西でも、「人間」を探究し、「自分自身」を探究し、その自分白身を輝かせていくた めの根拠を探究していった。その根拠とは、仏法で言えば、万人にそなわる「仏界」であり、 「仏性」である。  一、日蓮大聖人は、ある年の正月、一人の女性信徒に、こう書き送っておられる。  「私たち凡夫は、まつげが近くにあるのと、虚空(大空)が遠くにあるのとは、見ること はできません。(それと同じように)私たちの心の中に仏がおられることを知らないできたの です」(御書1491n、通解) 私たち自身の内にある、尊極なる仏の生命に目覚め、現実の 生活の中で発揮していくことを説き明かしたのが、法華経の智慧である。  私たちが朝な夕な、読誦している法華経寿量品の「自我偈」は、「自我得仏来」の「自」で 始まり、「速成就仏身」の「身」で終わる。御義口伝に御教示の通り、自我偈は「自身」のこ とを説いているのである。「自身」とは、別しては日蓮大聖人のことであられるが、総じては、 妙法を唱え弘めゆく我々自身の生命が仏と輝いていくことを示してくださっていると拝され る。 「ソクラテスの対話を現代に蘇生」  一、ともあれ、21世紀に必要なのは、ソクラテスが実践した対話――わかりやすい言葉で、 相手の中にある「善いもの」を引き出し、互いを豊かにする対話ではないだろうか。  差異を超え、文明を超え、心を結ぶ対話の中に「共生の知恵」が生み出されるにちがいな い。  今、SGI(創価学会インタナショナル)が進める「平和への対話運動」に対し、世界の知 性は賞讃と期待を寄せてくださっている。  〈モスクワ大学元副総長のトローピン教授は言う。「池田氏は、喧噪と対立の現代に、ソク ラテスの対話を蘇らせたといってよいだろう。地上を相互理解と平和に導く、真実にソクラ テス的対話を」と。  また、ブルガリア・ソフィア大学のパンテフ教授は、「(ローマクラブ創立者のペッチェイ 博士と名誉会長の対話について)どんなに異なった者であろうと、人類の未来に対する共通 の課題に立つ時には、どれほど近しくなり、どれほど偉大な成果を生み出すかを示してくれ る」と語っている〉 「『仏性』の思想が文明の共通基盤」  一、現在、私どもは、ヨーロッパ科学芸術アカデミーとともに、キリスト教、イスラム教、 ユダヤ教そして仏教の対話を促進するための「四大宗教間対話シンポジウム」を行っている。  昨年9月、オーストリアのウィーンで開催されたシンポジウムで、最長老のヴァーナ教授 が、次のように語っておられたという。  「仏教は、すべての人の生命に『仏性』という尊厳なる当体があると説いていることをお 聞きした。そこをもとに、人類愛、兄弟愛が形成されていくことが、よくわかった。この『仏 性』の思想こそ、あらゆる宗教・文明の共通の基盤となるべきであろう」――  創価の哲学運動は、文明史的な使命と期待を担っているのである。   私どもは、新世紀第2年を「対話拡大の年」と銘打った。  この一年、一人ひとりが「21世紀のソクラテス」として、わが地域で、社会で、そして世 界を舞台に、「勇気の対話」「希望の対話」「哲学の対話」を力強く繰り広げてまいりたい。 (文責=石黒忠之・相島智彦)  〈参考文献〉 『プラトン全集』岩波書店、プラトン著『ソクラテスの弁明 クリトン』 久保勉訳・岩波文庫、プラトン著『パイドン』岩田靖夫訳・岩波文庫、ララトン著『饗宴』 久保勉訳・岩波文庫、クセノフォーン著『ソークラテースの思い出』佐々木理訳・岩波文庫、 F・M・コーンフォード著『ソクラテス以前以後』山田道夫訳・岩波文庫、ヴィンデルバン ト著『ソクラテスに就て』河東涓訳・岩波文庫、田中美和太郎著『ソクラテス』岩波新書、 T・C・ブリックハウス、N・D・スミス著『裁かれたソクラテス』米澤茂・三嶋輝夫訳・東 海大学出版会、米澤茂著『ソクラテス研究序説』東海大学出版会、橋場弦著『丘のうえの民 主政』東京大学出版会、中野幸次著『ソクラテス』清水書院、ディオゲネス・ラエルティオ ス著『ギリシア哲学者列伝』加来彰俊訳・岩波文庫、モンテーニュ著『エセー』原二郎訳・ 岩波文庫。 2002.1.11 付 SP