平和を願うならば 家庭と女性と子どもに光を!! 大使  「核廃絶への歩み」を止めるな ウクライナは「非核化」の先進国 SGI会長  民衆が「平和への大世論」を SGI会長 ウクライナ大使夫妻との語らい  今月26日、日本とウクライナは「国交樹立10周年」を迎える。その日を前に、池田SGI (創価学会インタナショナル)会長夫妻は、ウクライナのコステンコ大使夫妻を東京・信濃 町の本社に歓迎。両国友好を展望し語り合った(11日)。これには、ウクライナ大使館のル トブィノフ2等書記官、創価大学の君江学長、創価女子短期大学の福島学長、学会の原田 (光)・江藤副会長、秋山SGI女性部長が出席した。  池田SGI会長 私には持論があるんです!  世界のどこの国の人々も、他国からやってきた外交官を、真に「国家の代表」として尊敬 し、信義を貫いていくとき、文化と民衆の交流は広がり、平和も生まれていく――というも のです。  きょうは、高名な大使ご夫妻を、お迎えできて光栄です!  コステンコ大使 こちらこそ池田先生と再会できて、こんなにうれしいことはありません。  じつは私たち夫婦は、幸運の星″のもとに生まれてきたのではないかと思っています。  それは……池田先生のすぐ、お近くに住むという幸運です!(爆笑)  ――ウクライナ大使邸は東京・信濃町にある。  コステンコ大使は、1968年に名門キエフ大学を卒業後、ウクライナ外務省に入省。ジュネ ーブ代表、駐オーストリア大使、駐ドイツ大使と外交の第一線を歩き、昨年3月、日本に赴 任した。  56歳。国際社会で磨かれた洗練された物腰は、「大人(たいじん)の風格」を感じさせる。 SGI会長とは昨年7月に続き、2度目の会見となった。  会長 きょうは、本当に素晴らしい歴史の日にしていただきました。ありがとうございま す。  ――会見に先立ち、SGI会長に「ウクライナとの友好の発展と強化への顕著な貢献」を讃 え、「独立10周年記念メダル」が贈られた。  ウクライナは、昨年8月24日に独立10周年を迎えた。同メダルは、国会にあたるウクラ イナ最高会議で決議された国家からの顕彰″である。 「日本の詩心に触れさせたい」  大使 池田先生は、ウクライナでも、よく知られています。  昨年8月、「ウクライナ文学新聞」に掲載された、池田先生へのインタビュー記事が、大 きな反響を呼んだからです。  会長 すべて、ご夫妻のおかげです。掲載紙も届けていただき、ありがとうございました。  (同紙は、ウクライナの作家、知識人に愛読されている。記事のタイトルは「第3の千年 紀における理想」。1面でSGI会長を「文明間の対話を進めてきた」「社会活動家、詩人、哲 学者」と紹介。3面全面を使って「20世紀の人類が犯した過ちは?」「21世紀の人類文明の 課題は?」などの質問にSGI会長が答えた内容が掲載された)  大使 池田先生の思想が、わかりやすく表現されたインタビュー記事はウクライナの読者 にとって、大変に有益でした。  新聞が出た後、多くの友人から、「池田博士とは、どういう方なのか」との問い合わせが、 たくさん入りました。  「私たちは、今まで、どうして、この方を知らなかったのか」と(笑い)。  池田先生の英知にあふれた言葉は、ウクライナの人々を、ぐっと日本に近づけました。  ウクライナは、人口5000万人の大国です。  日本について、特に哲学性のある、いいものに触れさせてあげたい。  人々が池田先生の思想、詩心、哲学を知ることで、ウクライナと日本は、真に親しい国同 士になっていくと思います。  リュドミラ大使夫人 池田先生の英語の詩集『わが心の詩』を読みました。感動で胸がい っぱいになりました。  もっと早く先生の詩に出あっていたら……先生の詩を知らないで、これまで生きできたこ とが残念です!  ――夫人は、大使と同じキエフ大学で、文学・語学学部を卒業。同大学で博士号を取得し、 74年からウクライナ文学史の講義を同大学で担当してきた。  著名な詩人であり、数多くの詩集を発刊。ドイツ語、ポルトガル語にも翻訳され、数々の 国際文学賞に輝いている。詩集の日本語訳の発刊準備も進んでいる。  夫人 池田先生! 私は先生の写真集(『自然との対話』)を、いつも自分の机の上に置い ています。遠く離れて暮らす子どもたちのことを思ったり、故郷を思ってさみしくなったと きには、先生の写真集を開くのです。  すると、すーつと心が落ち着いて、幸せな気持ちになれるのです。  会長 恐縮です。 世界女性会館の輝く女性〃たち  夫人 夫は、(記念メダルの授与式で)池田先生のことを「真の創造者」と言いました。  抽象的かもしれませんが……私は池田先生は、「素晴らしい王国」をつくられたと思います。 心美しい人、幸福な人が集う王国です!  私たちは、(信濃町に住んで)たくさんの創価学会員の方を見ているので、そう感じるので す。  大使 創価世界女性会館に入る女性の方々は、皆、おきれいです!  お正月には晴れ着の方もいらっしゃいました。  でも私は、会館に入る時以上に、出てくる姿は、もっと美しいと思うんです。  生命が躍動しています。幸福感に満ちた輝く女性″を、たくさん見かけます。  会長,うれしいお言葉です!  夫人 池田先生の本は、ロシア語のものも、英語のものも読みました。  それらのページをめくるたび、「日本で一番、私たちの心に近しい方は池田先生ですね」と、 夫と話し合っているんです。  大使 池田先生の深い思想に触れて、私たち夫婦は本当に感動しています。一文一文に感 じるところがあります。  「あー、わかってみれば、簡単なことじゃないか! 自分は何を、こんなに迷っていたの だろう!」と思ったり、「自分が言いたかったこと、見つけたかったことを、池田先生が見事 に表現してくださっている!」と思ったり……。  先生の言葉を、自分のものにできるよう努めています。  夫人 英文の蔵言集のなかで、先生は多くのページを、「家庭」や「女性」や「子ども」に 割(さ)いておられます。  男性は、女性をどのように理解すべきか。女性は、子どもをどのように育てていくべきか ――非常に深い思索のなかから生まれた、貴重な言葉がつづられています。  現代の世界に、哲学者と呼ばれる人たちは、たくさんいます。しかし、池田先生ほど、人 類の一番、基礎的な価値である「女性」と「子ども」と「家庭」に光を当てた哲学者を、私 は知りません。これは驚きです!  池田先生が、家庭や女性について語っているのは、単なる哲学ではない。「人々を幸福にす るための」信仰だと思います。  先生の本を読んで、私は、この地球上に先生のような方がいらっしゃって本当に良かった と思いました。  会長 私こそ、これほど鋭く、また美しく、素晴らしい読者を得て、幸せです。深いご理 解、ありがとうございます。 青年は「よき刺激」で成長する  会長 偉大な外交官であり、偉大な詩人であるご夫妻にぜひ、お願いがあります。創価大 学の学生たちのために講演していただけないでしょうか。  大使夫妻 光栄です。喜んで!  大使 私は創価大学に行ったことがあります(昨年7月16日)。  温かい歓迎が印象に残っています。いえ、それ以上に、私は池田先生が「学問の城」を築 き、学問の大切な基礎をつくられたことに感動しました。  会長 青年を育てなければいけません。それが私の信念であり、使命であると思っていま す。  人間をつくることが、未来をつくることだからです。  かといって、教育が、「親分・子分」のように、閉ざされた狭苦しいものになってはいけな い。  青年は「よき刺激」で成長します。ですから、海外の第一級の方々を大学にお招きして、 人格と知性に触れていくことが大切なのです。  大使 素晴らしい考えです。  会長 日本は先の大戦が始まるとき、外国との窓を次々と閉じていきました。「世界から学 ぶ」ことをやめてしまった。  その結果が戦争です。そして滅亡です。多くの尊い命が奪われました。  元凶は、国家主義です。権力の魔性です。  学会は、その権力悪と真っ向から戦ってきました。初代・牧口会長は獄死です。2代の戸 田会長も、また私自身も投獄されました。  学会は、・絶対の平和主義なのです。  夫人 池田先生が、若き日、肺を病んでおられた、お体が弱かったと、うかがいぼルた。 しかし先生は、今日まで、人類のために生きて生き抜いてこられました。  先生の尊き使命のために、天が命を永らえてくださったのではないか。私はそう感じるの です。 電車の中で「ウクライナ」の文字が   会長 私のことばかりで恐縮です。大使のほうこそ、この前(昨年7月)、聖教新聞に出 ていただいた折には、多くの反響がありました。  大使 いやー、私の日本の友人からも反響があったんです(笑い)。  日本とわが国を結ぶ重要なお立場の方です。電車に乗っていたら、そばに聖教新聞を読ん でいる人がいらしたそうです。  そこで「ウクライナ」という大きな活字を見て、びっくりされた。その新聞をもらって読 んだそうです(大笑い)。  私は本当にうれしいのです。  日本でウクライナを紹介でき、ウクライナで池田先生の思想を紹介できたことが!  先生の大きな人格と知恵のおかげで、とてもいい形で、ウクライナを日本に紹介できたと 思います。 来日公演に期待  会長 明年(2003年)、民音創立40周年記念の一環として、「ウクライナ国立民族舞踊団」 の来日公演が決定しました。  大好評だった一昨年に続き2度目の来日です。  民音として、また創立者である私も、公演の大成功のために、力を尽くしてまいります。  大使 ありがとうございます。  発展への努力  会長 独立10周年を飾られ、貴国は、ますます発展を遂げておられます。  国内総生産も伸びており、国民の実質収入が、増加しています。昨年の穀物生産は4000 万トンに達し、政府の目標より500万トンも多かったと、うかがいました。  また、昨年8月には、カスピ海と黒海を結ぶ、石油パイプラインの最終溶接式が行われた そうですね。〈全長667`で、年間1200万トンの石油を輸送する〉  貴国は独立直後、燃料問題で苦労されただけに、喜びもひとしおだったと思います。  貴国の繁栄を願う一人として、こうしたニュースを、私は心から、うれしく思っているの です。  大使 わが国の努力に温かい激励をいただき、本当にありがとうございます。池田会長が、 そのように見てくださっていること自体に感謝したい。  2001年、ウクライナは、工業生産が14%も上昇するなど、これまでにない経済成長を果 すことができました。  ウクライナ人は、心根の良い、気高い人々です。わが国民が、ウクライナ人として、それ にふさわしい生活を享受できるよう、さらに努力してまいります。  会長 「ただただ、国民のために」とのご努力に、心から敬意を表します。 「わが国は核廃絶を訴える権利が」  会長 貴国は、世界に先駆けて「非核化」を進めてこられました。  旧ソ連時代に残された1600発の核弾頭を、すべて廃棄したほか、昨年は、二コラエフ州 にあった大陸間弾道ミサイルの最後の基地を破壌されました。  一方で、今の世界には、軍縮の流れに逆行する動きも見られます。  大使は、旧ソ連時代から、外交官として一貫して軍縮のために奔走してこられた。  前回の会見でも話題になりましたが、本日、あらためて、おうかがいしたい。  21世紀の流れを、「軍縮」と「核廃絶」の方向へ転換していくために、今、何が重要でし ょうか。  大使 ウクライナは、非核化のための勇気ある前進″を続けてきました。ゆえに、わが 国は、世界各国に「核を廃絶しよう!」と呼びかける「権利」を持っていると思います。  会長 その通りです。 暴力は暴力を 悪は悪を生む  大使 一方で私は、インドやパキスタンなど、核を保有する国が増えている現状を懸念し ています。  また、一部ですが、これまで核廃絶に向けて結ばれてきた協定を反古にしようとする動き が出てきており、深く憂慮しています。  こうした世界の状況を見たとき、私は、トルストイの次の言葉を、しばしば思い起こすの です。  「暴力は暴力を生む。そして、悪は悪を助長させるだけだ」 これまでの努力を無駄にするな  大使 昨年9月11日、アメリカで同時多発テロが起きました。このような「暴力」に対 し、何らかの「力」で封じ込めようとする人たちの気持ちは、わかります。  また、行われた「犯罪」に対し、何らかの「罰」が下されなければならないと思う気持ち も、よくわかります。  ただ、悪を起こした人間たちを懲らしめるために、罪のない多くの人々を苦しめてはいけ ないと思うのです。  昨年、池田会長から「21世紀の人類は、核を廃絶することができるか」と聞かれたとき、 私は、「現実には難しい」との悲観的な答えをしましたが、きょうは、質問に、別の形でお答 えしたいと思います。  すなわち――人類は、やっと、核実験を禁止しようとの合意に向かって進もうとしている ところです。  また、ロシアのプーチン大統領とアメリカのブッシュ大統領は、核兵器の削減について合 意しました。〈昨年11月、戦略核の大幅削減で原則合意した〉  これから、こうした合意を破ることのないよう、また、これまで築き上げた核削減への努 力が無駄にされることのないよう、力を尽くしていかねばならない――そう私は今、切実に 願っているのです。  会長 大事なお言葉です。また、そうしていくために、世界の民衆が連帯し、「平和への大 世論」を起こしていかねばならないと思います。 「勇気」の気風  会長 この前も語り合いましたが、私の恩師である戸田第2代会長は、貴国のコサックの 生き方を通して、青年に「勇気」を打ち込みました。  私たちに『隊長ブーリバ』を読ませて感想を語らせたり、小説を通しての鋭い人間学を教 えてくださったりしたことは忘れられません。  ところで、近年の「独立」の勝利、また「非核化」の推進を見ても、貴国の精神には「勇 気」が貫かれています。  貴国に脈打つ「勇気」の気風は、どのように鍛えられてきたのでしょう。  大使 ウクライナ人の目から見ると、日本は深い伝統を持つ国であり、むしろ私たちのほ うこそ、日本に学ぼうとしています。  会長 謙虚なお言葉です。  大使 ウクライナと日本の国民に共通するもの――その一つは「勇気」だと思います。  日本人もまた、「気高い理想のために、自分を犠牲にして勇気を示す」というところがあり ます。  ゴーゴリは『隊長プーリバ』の中で、勇気ある若者″の姿を描きましたが、その「勇気」 とは自分の生き方は正しい″という「信念」から生まれるのではないでしょうか。  『隊長プーリバ』には、ウクライナ国民が生きてきた深い歴史を背景として、そうした歴 史に根ざすウクライナという国と、そこに生きる国民への愛情が謳われています。  私は思います。  愛する民衆を幸福にしたい。人々を抑圧から自由にしたい″――そうした願いこそ、「正 義」です。そして、勇気とは、その正義への確信から、わいてくるのだと。  会長 素晴らしい言葉です! 今、大使が言われたことは、世界に晋遍の真理です。  「民衆への愛」と「正義への確信」こそが、勇気の源である。  多くの青年たちに、声を大にして訴えたい哲学です。  ――席上、コサックに開運して、今夏、福島県で、千年の伝統を持つと言われる祭り「相 馬野馬追」に、ウクライナの若者がコサック騎兵の姿をして参加する計画があると大使から 紹介された。 共産主義を知らない子どもたち  会長 もう少し、うかがっても、よろしいですか。  大使 どうぞ、喜んでお答えします。  会長 現在、貴国でも「共産主義を知らない子どもたち」が育ってきています。  かつての「共産主義時代の子どもたち」と今とでは、何かちがう点がありますか。  大使 難しい質問です……。  夫人 これは学術論文のテーマになりますね(笑い)。  大使 私自身が「共産主義のなかで育った世代」ですから、完全に客観的に述べることは できません。ですから、私の目に映ったままを申し上げさせていただきます。  一言でいうと、人生そのものが、非常に面白くなったと思います。というのも、以前は、 皆が一つの狭い型にはめられていました。ちがうものを認めない世界のなかにと閉じこめら れていました。  会長 貴重な歴史の証言と思います。  大使 (ソ連の共産主義が崩壊し、その狭い型がはずれた結果)私たちは、他のさまざま な世界を知ることができるようになりました。逆に言えば、他の世界も私たちのことを理解 しやすくなったと思います。  会長 そこですね、大事なのは。まず「知り合う」ことです。  これまで私が、民音などを通して、貴国の民族舞踊団をはじめ、世界の一流の芸術家の皆 さんを日本にお招きしてきたのも、素晴らしい「文化の宝」を知ることが、互いの理解につ ながると思ったからです。  友好が第一です。理解し合うことが大事です。  それこそが戦争を抑え、平和を創る力になるからです。  大使 その通りですね。現代っ子たちは、今、自由に世界を歩けるようになりました。  ささいな例ですが、私の息子はドイツのボン大学で学び、娘はフランスのストラスブール にあるEU(欧州連合)の機関で働いています。  私が学生のときは、規制が厳しく、めったなことでは海外に出ることはできない時代でし た。  それが今では自由に世界を見ることができ、自由に池田先生の書物を読むこともできます。  本当に幸せな時代だと思います。  ――さらに大使は、現在、歴史家の手で、旧ソ連時代の歴史が次第に明らかにされ、革命 の翌年の1918年から第2次世界大戦が終結した1945年までに、2200万人のウクライナ人 が、内戦、飢餓、戦争などの犠牲になっていた事実が判明したことを伝えた。歴史上、さま ざまな大量虐殺(ホロコースト)があったが、これは、「ウクライナ国民全体に対する大量虐 殺であった」といっても過言ではないとの見解を示した。 「自分の頭で考えられる」教育を  会長 9世紀には、キエフを中心に、歴史に名高い「キエフ公国」が誕生しました。〈9世 紀から13世紀まで〉  この公国の黄金時代を築いたのが、ウラジーミル大公の息子であるヤロスラフ大公です。 〈ヤロスラフの在位は1019〜1054年〉  彼は、非常に知恵にすぐれ、「賢公」という異名をとったことでも知られています。  また彼は、勇敢で、貧しい人に情け深かった。  大使 どの国にも、「黄金時代」といわれるような隆盛期には、それを築いた賢明な指導者 がいるものです。当時のキエフ公国にも、池田先生が言われたヤロスラフ賢公を筆頭に、た くさんのすぐれた指導者がいました。  会長 「賢明な指導者」に率いられた国民は幸福であるが、「愚かな指導者」に率いられた 国民は不幸である。ゆえに民衆は、厳しく政治を監視せよ――これが、恩師・戸田会長の教 えでありました。  指導者の責任は大きいものがあります。  大使 キエフ公国の存在した約400年間は、大変に興味深い時代であったと思います。と いうのも、多くの国民が読み書きができ、学校もたくさんあったのです。  それができたのも、当時の指導者が「国民を愚かなままにしておいてはいけない」「国民は 賢明にならなければいけない」と考え、そのために働くのが指導者の役目であると自覚して いたからだと思います。  会長 指導者の根本のあるべき姿を語ってくださいました。  ヤロスラフ賢公は、キエフ公国初の成文法を定めました。そこには、死刑の廃止も謳われ ていたと聞きます。  また、図書の購入、翻訳、書写に多くの予算を割り当てた。そして各地につくった学校で、 子どもたちに本を読ませました。  大使 国民が芸術を理解したり、いろいろな事を自分の頭で考えられるような教育がなさ れた時代でした。  国民が国内にとどまるのではなく、周辺諸国の文化が理解できるように隣国との交流もさ かんに進められました。「人々の心が開かれた時代」であったと思います。  会長 ヤロスラフ賢公は息子たちに、こんな言葉を残しています。  「もし、憎み合い、いがみ合って生きていくならば、自分たちも滅び、父や祖父たちが偉 大なる努力で得た土地も滅ぶであろう」と。  この偉大なる「真理の言葉」に、今こそ人類は謙虚に耳を傾けなければならないと、私は 言いたいのです。  大使 ヤロスラフ賢公がなぜ賢人″と讃えられたか。  それは、武器をつくること以上に、当時、学問の中心であった教会をつくることに情熱を 傾けたからです。現代的にいえぼ、彼は、「世界に開かれた目」を持った国際人であったと思 います。  ――さらに大使は、当時の国際交流を物語る例として、ヤロスラフ賢公の娘アンナが、フ ランスのアンリ一世に嫁いだ際、一冊の「福音書」を持参したエピソードを紹介。その福音 書は、長い間、フランスの王位継承の儀式で使われたという。 文化遺産を返還  会長 3年前、貴国の首都・キエフで、第2次大戦後に行方不明となっていたバッハの直 筆楽譜など、数多くのドイツ人音楽家の資料が発見されたというニュースが世界に流れまし た。  〈99年、キエフのウクライナ中央公文書館で、5000点を轡える貴重な資料がハーバード 大学の研究者らによって発見された〉  昨年、貴国は、それをそのまま、ドイツに返還されました。  「文化の大国」でなればできない、素晴らい決断と賞讃されていす。 コステンコ大使 ありがとうございます。  第2次大戦では、じつに多くの人が苦しみましたが、芸術もまた、大きな損害をこうむり ました。世界の文化遺産といえるような、多くの貴重な作品が、破壊されたり、紛失したり、 他国に持っていかれたりしたのです。  かつて、私がドイツ大使だった95年のことですが、わが国のクチマ大統領が、ウクライ ナにあった、デューラー(15・16世紀に活躍したドイツ・ルネサンスを代表する画家)の版 画をドイツに返還しました。 それは本来、ドレスデンにあったものだったからです。  もちろん、デューラーの版画に価値がないから返したわけではありません(笑い)。貴重だ からこそ、お返ししたのです。  クチマ大統領はじめ、ウクライナの私たちは、「芸術作品は、可能であれば、それが生まれ た国に返すべきだ」と考えました。  世界的にも、「貴重な文化遺産は、その母国に返還しよう」という流れがあります。  私たちは、「ウクライナ」という新しい独立国家を建設するにあたり、「真に民主的で、国 際法を尊重する国にしていきたい」と出発しました。 ですから、国際的に尊ばれている慣習に従うのは当然のことなのです。  池田SGI会長 素晴らしいことです。当たり前のようなことでありながら、実際にそれを 貫くのは難しいものです。しかし、そうした品位ある国こそ、世界から深い尊敬を勝ち得て いくでしょう。  大使 もちろん、これは一方的なことではなく、ドイツも、もともとウクライナにあった 美術作品を返還してくれました。  先ほど言われた音楽資料をドイツに返遺する作業は、すでに完了しましたが、その眠って いた楽譜の中に、100年間、演奏されなかったバッハの作品がありました。  そして、その作品を100年ぶりに演奏したのは、わが「キエフ交響楽団」だったのです。  楽譜は、尊敬をもってドイツにお返ししましたが、作られた音楽そのものは「世界の遺産」 であり、ひいては「ウクライナの遺産」でもある――こういう思いを込めて演奏したのです。  会長 美しい、胸を打つお話です。  貴国が真に文化を愛する国であることが、ひしひしと伝わってきます。 ぜひクリミアヘ  会長 19世紀末から20世紀初頭、貴国のクリミア半島は、トルストイをはじめ、チェー ホフ、ブーニン、ゴーリキーなどの文豪や画家のレビタンなどが訪れ、友情の交流の舞台と なりました。  リュドミラ大使夫人 わがクリミアのことを語ってくださり、ありがとうございます。本 当に、とっても美しいところなんです。  大使 だからこそ私たちは、池田先生に、何としてもクリミアに来ていただきたいのです!  会長 ありがとうございます。クリミア半島からの眺めは、絶景なのだそうですね。  大使 海がとてもきれいです。先ほど、画家のレビタンの名前を挙げてくださいましたが、 海を描いた画家として有名なアイワゾフスキーは、クリミア(の港町フェオドシア)で生ま れました。  彼の作品は、モスクワのトレチャコフ美術館などに所蔵されています。  それらを見ても、わかりますが、クリミアは、地球の中でも選ばれた美しい場所″だと 思います。  気候も温曖です。とくに半島の南側に山があり、この山が北からの冷たい風をさえぎって くれるので、半島の南岸は真冬でも5度前後までしか下がりません。  会長 南岸の町ヤルタの美しさは有名ですね。 日本人には、とくに第2次大戦末にアメリカ、イギリス、ソ連の首脳が集まって協議した ヤルタ会談″で知られていますが。  大使 クリミアに、多くの芸術家が集まったのも、その繊細な、とぎすまされた感性が、 クリミアの美しさに魅せられたからではないでしょうか。  その意味でも、真正の芸術家であられる池田先生に、ぜひ、クリミア半島を見ていただき たいのです。  夫人 ぜひ、クリミアで写真を撮影してください。そうすればわがクリミア″と題した 一冊の写真帳ができることはまちがいないでしょう!(笑い) 時を超えて本物″は輝く  会長 国際的にも著名な詩人で、ウクライナ文学の優れた研究者であられる奥さまのご活 躍は、よく存じ上げています。  ウクライナのテレビ番組のキャスターも務められたそうですね。  夫人 ええ。「生きた言葉」という番組で、ウクライナの歴史や文化を幅広く紹介するもの です。 ロシアの良心″といわれる(思想家の)リハチョフ氏も出演しました。  会長 詩人である奥さまは、お国に帰れば、熱烈なファンも多いでしょう。  夫人 そんなことは、ありません(笑い)。  会長 いえ、お世辞ではないのです。  いわゆる有名人″といっても、中身のない人気は、はかないものです。  それに対して、詩人や芸術家に対する支持は、いわば底流″にある。表面には、あまり 出なくても、知性の人が本物″を、じっと見ているものです。  夫人 絵画にせよ、音楽や文学にせよ、芸術というものは、「時」という試練に耐えてこそ、 本物かどうかがわかるものですね。  会長 その通りです。それが真理です。 真実の生き方をわが子に示せ!  会長 奥さまは詩集で「父へのソネット」を謳われていますね。  夫人 ええ。父は、非常に意志の強い、はっきりした性格の人でした。 南部の農家に生まれ、努力を重ねて、州の要職を務めました。  会長 お母さまは、教育者として有名ですね。  夫人 平凡にして非凡な母でした。やはり農家の出で、大学の哲学部を卒業し、キエフ市 の助役を8年間、務めました。  その後、大学の教授として25年間、教壇に立ち、キエフ貿易経済大学の学長も務めまし た。  会長 素晴らしいご両親です。親は子どもにとって、最も身近な人生の先輩と言えます。 虚飾のない真実の生き方の軌跡を、わが子に示していけるかどうか――これが問われるでし ょう。  ご両親は、素晴らしい人生のお手本を示されたのだと思います。奥さまの輝くお姿が、そ れを証明しています。 母の誕生日に詩をプレゼント  会長 奥さまが詩を創り始めたきっかけは、いったい何だったのでしょうか。  夫人 私が最初に創った詩は、母に捧げた詩でした。10歳の時です。 母の誕生日に、何 かプレゼントをしたかったのですが、いいものがなくて……。でも、どうしても何かを贈り たいと考えたのが、詩を書いて贈ることだったのです。  母は、とても、気に入ってくれました。そして誕生日を祝いに集まった知人全員に、私の 詩を披露してくれたのです。  その中には、当時、ウクライナで大変、有名な詩人の方がいました。  その詩人が、「大変に才能豊かなお子さんですね。将来、詩人になるかもしれませんね」と 言ってくれたのです!  そんなふうにほめられたものですから、以来、詩を書き続け、今に至っています(笑い)。  会長 そうですか!  お母さまへの愛情の結晶が、創作を始められたきっかけだったとは……。  詩心は、人間の精神を限りなく広げます。豊かにします。何より、人間と人間の心を結び ます。人間と自然を結びます。だからこそ、私は、詩心を大事にしたいのです。  貴国の歴史のなかで、尊敬している女性はいらっしゃいますか。  夫人 私は、レーシャ・ウクラインカという詩人を挙げたいと思います。19世紀末から 20世紀初頭を生きた人です。  女性として、詩人として、素晴らしい生き方をした人でした。(女性の権利があまり認めら れていない)その時代にあって、最高の教養を身につけたのです。そのこと自体、とても魅 力的です。  〈詩人、小説家であるウクラインカ(1871〜1913年)は、幼少のころから結核を思い、 病気療養の青春時代を送った。独学で、歴史や経済、地理、文学など、幅広い教養を真につ け、ドイツ語、フランス語、ラテン語、古代ギリシャ語、英語、イタリア語、ポーランド語、 ブルガリア語、スペイン語を習得。詩劇「森の歌」、長詩「月の伝説」、短編「友情」などが あり、民族解放、圧政への抗議、人間性の回復を訴える作品を多数書いた〉 希望なきところに希望を!  会長 ウクライナの高額紙幣には、ウクラインカの肖像が描かれているそうですね。  彼女は詩に、こう謳っています。  「希望なきところに希望を!」という題です。  「この道の前途に待ち受けるのが/いばらであろうと/薫り高い花であろうと/そして、 この険しい道が/目的地まで続いていようと/途中で切れていようと/旅の始めと同じよう に/歌を口ずさみながら/この道を歩み終えるのが/私の夢なのです」  また、こんな詩もあります。「真珠の涙」という詩です。 「悲哀が訪れたとき/にぎやかな戯れに/酔って騒ぐ友のなかで/まぎらそうなどと考える な」  「春、青々と茂る森に/もしくは、風強き草原に出るがいい/広大な大地で、不幸と立ち 向かうのだ  明るく大声で歌を歌うがいい/不幸自身も笑い出すぐらいに/そうすれば、自己の悲哀と 決別できるのだ/そして、心は再び、穏やかさを取り戻す」  悲しみに負けてはならない。どんな時も希望を見いだし、歌を歌って前進していく。その 人が幸福です。  私は、これまで何度か、ウクラインカの詩を日本の多くの友人に紹介させていただきまし た。  私自身も、わが友よ、現実の社会で負けるな!″人生の勝利者であれ!″と願い、少 しでも皆の励ましになればと、日々詩をつづっています。 「自然は『争い』のことは考えない」  会長 最後にぜひ、リユドミラ夫人の詩を、紹介させていただきたいのですが、よろしい でしょうか。  夫人 ありがとうございます!  会長 真筆に深く世界を見つめる詩を、後世に残しゆくことこそ、正しい道であると信じ ます。  タイトルは「コサックの墓」。  「コサックの墓を/茫々たる草が覆い隠している/かつては残忍な憎悪の弓が/うなりを あげて飛んでいた/だが、今日は/平和と誠意と静寂で/草原は呼吸し/干し草はいい香り を放つ/自然はかつての/争いのことは考えない/その性質が平和を創造するのだ/あなた は これを理解できるだろうか」  大変にすごい詩です。(同席者から拍手が)  夫人 いえ、池田先生の読み方が′すごいのです。先生が日本語で読まれたままで、心に 響いてきました。本当にありがとうございます。 ◇  「隣人愛」かる「人類愛」へと広がり、「家族愛」が輝いた語らいは、3時間に及んだ。  会長 きょうは、遠いところ″ありがとうございました(大爆笑)。  大使 こちらこそ!   夫人 夫とも話してきたんですが、お時間ができたら、ぜひ、わが家へお立ち寄りくださ い。  ウクライナでは、こう言うんです。  「たとえ遠くの親戚とは仲違いすることがあっても、ご近所とは仲良くしなければならな い」と。  会長 そうなんですか! 日本にも同じようなことわざがあります。  ともあれ、末永いおつきあいをお願いします。両国の友好のためにも!  ――帰り際、館内に飾られていたアメリカ創価大学の写真の前で、一行の足が止まった。  夫人 美しい大学ですね! 創立者に詩心があるからですね。  会長 私のほうこそ、きょうは奥さまの詩心に感銘しました。  現代は詩心がわからない人が増えました。残念なことです。  人間には詩心が必要です。特に指導者には絶対に必要です。  政治の「技術」だけでは民衆の心をつかむことはできない。「詩心」を持ってこそ、人間的 な政治もできる。真の平和な社会もつくれます。  ――春を思わせるような夜、歩いて家路につく「外交官の夫」と「詩人の夫人」の後ろ姿 を、SGI会長は、いつまでも見守った。  「政治」と「詩心」が双の翼となって大空を舞う、一羽の大鳳の姿を見つめるように――。 2002.1.16 付  SP