随筆・新・人間革命(245) 先駆こそ九州の誉れ 広布誓願に進め! 栄光の旗 戦ってこそ弟子 正義ならば勝て!  「今日、肝心なのは何か?  戦うことです。明日、肝心なのは何か? 勝利することです」(稲垣直樹訳)  これは、この二月に、生誕二百周年を迎えるフランスの文豪ユゴーの言葉である。  広宣流布の道も、わが人生の道もまた、連続闘争である。そして、連続勝利によってのみ 開かれ、荘厳されていくのである。  その果敢なる闘争によって、二十一世紀の主役である青年部を先頭に、弘教日本一の黄金 の大九州城が、今、我らの眼前に堂々と出現したのである。 ◇  本年、「対話拡大の年」は、わが師・戸田先生が初めて九州の天地に、その巨歩の歴史を印 されてから、満五十年となる。  昭和二十七年八月十九日、先生は、終戦後、初めての本格的な夏季地方折伏のために、九 州・福岡の八女に飛んだ。  私は、大阪の地で、この日まで、先生と共に戦っていた。  先生は、飛行機で、同行の幹部と、九州に向かわれた。その先生を、私は空港でお見送り をした。  何度も、先生は、「大阪を頼むよ」「大阪を頼むよ」とご機嫌よく言われていた。  福岡の八女は、初代会長・牧口先生が、九州広布のクサビを打ち込んだ、縁深き天地であ る。  しかし、あの戦争の時の弾圧で、組織は多大な打撃を受けた。  さらに、第二代会長・戸田先生が八女を訪問する前年には、宗門の陰険な画策によって、 この地の広布の若芽は、無残にも踏みつけられてしまった。  それは戦時中、学会を陥れた首謀者の小笠原某という坊主が、九州に現れ、またも邪義を 弄して正義の学会員を苦しめたのだ。  こうした性懲りもない悪事に怒り、青年部が悪僧を糾弾したのが、有名な狸祭り事件″ である。  坊主という絶対の権力で、純粋な信徒を見下し、翻弄する、あの化け物のごとき虚像に対 して、私たちは、青年として、断じて許すことはできなかった。 ◇  五十年前のあの夏、九州広布の原点の地に立つ、戸田先生の胸中には、極悪の魔性を断破 する決意の炎が、赤々と燃え上がっていた。  九州よ、断じて、正義と立ち上がれ! 正義の剣をもって戦い抜け! 断じて負けるな!  何ものをも恐れるな!″と。  師匠を迎える九州の同志も意気盛んであった。この地は、いまだ三十世帯ほどの勢力であ ったが、皆が意気軒昂に戸田会長を迎えた。  戸田先生を講師に行う講演会の開催を知らせるビラには、確信と決意の文字が躍っていた。  「来れ! 人生問題に迷う人びとよ」  「知れ! 百発百中の実験証明あり」  「掴め! 祈りとして叶わざるなき仏法あり」  皆のビラまきの奮戦の功もあって、この夏、五十数世帯の同志が誕生した。  九州は見事に立ち上がった。真剣に立ち上がった。  翌年の三月にも、戸田先生は九州の指導に走った。  拡大戦に勝利の確証をつかんだ弟子たちの健闘を讃え、ここで、九州に初めての支部旗が 授与された。  それは、火の国″の先駆者である同志たちが、敢然とあらゆる非難中傷を乗り越えて、 大法流布の旗を高らかに掲げながら、永達の勝利の誓いを込めて、新出発した瞬間であった。 ◇  さらに戸田先生は、今から四十五年前の昭和三十二年の十月、九州総支部結成大会で九 州男児よろしく頼む!″と遺言した。  そして、東洋の広布を頼む″とまで、九州の同志に託された。  まさに、九州の使命は「先駆」である。  大聖人は仰せである。  「妙法蓮華経の五字・末法の始に一閻浮提にひろまらせ給うべき瑞相に日蓮さきがけ(魁) したり」(御書九一〇n)  広宣流布の大誓願を起こして一人立たれた、蓮祖のこの戦いこそが、「先駆」の源流であっ た。  日蓮仏法は、広宣流布の宗教であり、仏法である。御書は、単に自分の幸福のみを願うよ うな利己的で、閉鎖的な教典では絶対にない。  自行と化他にわたる峻厳なる行動を説き、自他共の幸福を、さらに社会と世界に、平和と 繁栄を実現するための、生きた力強き人間主義、平和主義の大宗教なのである。  そして大聖人が志向され、命じられた広宣流布への実践のなかにのみ、自分自身の境涯革 命ができ、人間革命ができるというのだ。すなわち、仏になることができると断言なされた のだ。  ともあれ、ここにのみ、人間のもつ、不幸という業の宿命の転換があり、唯一にして絶対 的な幸福の法道が開けるというのだ。 ◇  ゆえに、戸田先生は、第二代会長の就任の折に、七十五万世帯の達成という誓願を、決意 深く立てられた。  それは、命をなげうっての仏への誓いの宣言であった。  当時の学会員は約三千人。皆、七十五万世帯という数に驚くばかりで、誰も本気にはしな かった。  なぜか、この重大発表は、聖教新聞にさえも報道されなかった。  実現できなければ戸田先生の恥と考えてのことか。だが、それこそが、機関紙として歴史 的な恥辱となったのである。  この時の編集長は、組織で九州の担当にもつき、戸田先生の一番弟子であるかのように振 る舞いながら、後年、無残にも退転し、学会に反逆していった石田某である。  結局、彼は、利口面しながら、日蓮仏法の本義も、戸田先生の御決意も、全くわからなか ったのだ。  先生は、会長就任から間もないある日、私を抱きしめるようにして言われた。  「君さえいればよい! 君が頑張ってくれればよい!」  師弟共に、熱い涙が光っていた。  私は、この七十五万世帯は、全生命を賭けて、自分が成し遂げると決意した。  もし、成就できなければ、先生は「嘘つき」と、永遠に言われる。師匠に汚名を着せる ことは断じてできない″  それは、弟子として、師を裏切り、仏法を裏切り、自分自身を裏切りゆく畜生にも似た忘 恩の人間として終わってしまうからだ。  若き伸一は、決然と立ち上がった。  意気地なしの先輩にも、利口ぶった、学問ありげな連中にも、そしてまた、社会的地位の ある戸田先生の弟子たちにもいっさい構わず、超然とした決意で、師弟不二の戦いを断行し ていった。  師の広宣流布の大誓願を分かち持ち、勝って、勝って、勝ち抜いていくなかに、仏法の真 実の師弟がある。 ◇  また、九州には、純粋な皆の力で国会議員にまでなりながら、反逆し、同志を苦しめ抜い た元議員もいた。  戸田先生がおられれば、嘘をつき、わがまま放題の悪事をした議員を、烈火のごとく「こ の恩知らず! 畜生め! と言って、呵責されたであろう。  また、その怒りは、生涯にわたって消えることはなかったであろう。  正義の人は、悪に対して、あまりにも厳しき戦いをするゆえに、この正義はいや増して光 る。  ともあれ、仏法とは、難即悟達である。  ベートーベンが、「第九」で高らかに謳いあげた「苦悩を突き抜けて歓喜に至る」との至高 の魂も、この仏法の深き真理に通じている。  挑戦のなかにこそ、前進がある。  苦闘のなかにこそ、成長がある。  不屈の闘争のなかにこそ、人間としての勝利の真髄が光る。  ゆえに正義は、悪とは断じて妥協してはならない。断じて戦い勝たねばならない。  その先駆の「栄光の旗」を、その勝利の不滅の歴史を輝かせ継承しゆくのが、永遠に九州 の大使命であると、私は、深く信じてまない。 ◇  二十一世紀の新しき建設は、堂々と開始された。  ユゴーは、綴っている。  「三つの問題がこゝにある  ――  何を建設するか。  何処に建設するか。  如何に建設するか。  我れ等は答へる――  民衆を建設するのである。  進歩のうちに建設するのである。  光明に依って建設するのである」(本間武彦訳)  我らは、我らの光輝満つ人間主義の新世紀を建設する。その前人未到の大業こそが我らの 誉れの使命″であるからだ。 2002.1.17 付 SP  随筆・新・人間革命(245) 先駆こそ九州の誉れ 広布誓願に進め! 栄光の旗 戦ってこそ弟子 正義ならば勝て!  「今日、肝心なのは何か?  戦うことです。明日、肝心なのは何か? 勝利することです」(稲垣直樹訳)  これは、この二月に、生誕二百周年を迎えるフランスの文豪ユゴーの言葉である。  広宣流布の道も、わが人生の道もまた、連続闘争である。そして、連続勝利によってのみ 開かれ、荘厳されていくのである。  その果敢なる闘争によって、二十一世紀の主役である青年部を先頭に、弘教日本一の黄金 の大九州城が、今、我らの眼前に堂々と出現したのである。 ◇  本年、「対話拡大の年」は、わが師・戸田先生が初めて九州の天地に、その巨歩の歴史を印 されてから、満五十年となる。  昭和二十七年八月十九日、先生は、終戦後、初めての本格的な夏季地方折伏のために、九 州・福岡の八女に飛んだ。  私は、大阪の地で、この日まで、先生と共に戦っていた。  先生は、飛行機で、同行の幹部と、九州に向かわれた。その先生を、私は空港でお見送り をした。  何度も、先生は、「大阪を頼むよ」「大阪を頼むよ」とご機嫌よく言われていた。  福岡の八女は、初代会長・牧口先生が、九州広布のクサビを打ち込んだ、縁深き天地であ る。  しかし、あの戦争の時の弾圧で、組織は多大な打撃を受けた。  さらに、第二代会長・戸田先生が八女を訪問する前年には、宗門の陰険な画策によって、 この地の広布の若芽は、無残にも踏みつけられてしまった。  それは戦時中、学会を陥れた首謀者の小笠原某という坊主が、九州に現れ、またも邪義を 弄して正義の学会員を苦しめたのだ。  こうした性懲りもない悪事に怒り、青年部が悪僧を糾弾したのが、有名な狸祭り事件″ である。  坊主という絶対の権力で、純粋な信徒を見下し、翻弄する、あの化け物のごとき虚像に対 して、私たちは、青年として、断じて許すことはできなかった。 ◇  五十年前のあの夏、九州広布の原点の地に立つ、戸田先生の胸中には、極悪の魔性を断破 する決意の炎が、赤々と燃え上がっていた。  九州よ、断じて、正義と立ち上がれ! 正義の剣をもって戦い抜け! 断じて負けるな!  何ものをも恐れるな!″と。  師匠を迎える九州の同志も意気盛んであった。この地は、いまだ三十世帯ほどの勢力であ ったが、皆が意気軒昂に戸田会長を迎えた。  戸田先生を講師に行う講演会の開催を知らせるビラには、確信と決意の文字が躍っていた。  「来れ! 人生問題に迷う人びとよ」  「知れ! 百発百中の実験証明あり」  「掴め! 祈りとして叶わざるなき仏法あり」  皆のビラまきの奮戦の功もあって、この夏、五十数世帯の同志が誕生した。  九州は見事に立ち上がった。真剣に立ち上がった。  翌年の三月にも、戸田先生は九州の指導に走った。  拡大戦に勝利の確証をつかんだ弟子たちの健闘を讃え、ここで、九州に初めての支部旗が 授与された。  それは、火の国″の先駆者である同志たちが、敢然とあらゆる非難中傷を乗り越えて、 大法流布の旗を高らかに掲げながら、永達の勝利の誓いを込めて、新出発した瞬間であった。 ◇  さらに戸田先生は、今から四十五年前の昭和三十二年の十月、九州総支部結成大会で九 州男児よろしく頼む!″と遺言した。  そして、東洋の広布を頼む″とまで、九州の同志に託された。  まさに、九州の使命は「先駆」である。  大聖人は仰せである。  「妙法蓮華経の五字・末法の始に一閻浮提にひろまらせ給うべき瑞相に日蓮さきがけ(魁) したり」(御書九一〇n)  広宣流布の大誓願を起こして一人立たれた、蓮祖のこの戦いこそが、「先駆」の源流であっ た。  日蓮仏法は、広宣流布の宗教であり、仏法である。御書は、単に自分の幸福のみを願うよ うな利己的で、閉鎖的な教典では絶対にない。  自行と化他にわたる峻厳なる行動を説き、自他共の幸福を、さらに社会と世界に、平和と 繁栄を実現するための、生きた力強き人間主義、平和主義の大宗教なのである。  そして大聖人が志向され、命じられた広宣流布への実践のなかにのみ、自分自身の境涯革 命ができ、人間革命ができるというのだ。すなわち、仏になることができると断言なされた のだ。  ともあれ、ここにのみ、人間のもつ、不幸という業の宿命の転換があり、唯一にして絶対 的な幸福の法道が開けるというのだ。 ◇  ゆえに、戸田先生は、第二代会長の就任の折に、七十五万世帯の達成という誓願を、決意 深く立てられた。  それは、命をなげうっての仏への誓いの宣言であった。  当時の学会員は約三千人。皆、七十五万世帯という数に驚くばかりで、誰も本気にはしな かった。  なぜか、この重大発表は、聖教新聞にさえも報道されなかった。  実現できなければ戸田先生の恥と考えてのことか。だが、それこそが、機関紙として歴史 的な恥辱となったのである。  この時の編集長は、組織で九州の担当にもつき、戸田先生の一番弟子であるかのように振 る舞いながら、後年、無残にも退転し、学会に反逆していった石田某である。  結局、彼は、利口面しながら、日蓮仏法の本義も、戸田先生の御決意も、全くわからなか ったのだ。  先生は、会長就任から間もないある日、私を抱きしめるようにして言われた。  「君さえいればよい! 君が頑張ってくれればよい!」  師弟共に、熱い涙が光っていた。  私は、この七十五万世帯は、全生命を賭けて、自分が成し遂げると決意した。  もし、成就できなければ、先生は「嘘つき」と、永遠に言われる。師匠に汚名を着せる ことは断じてできない″  それは、弟子として、師を裏切り、仏法を裏切り、自分自身を裏切りゆく畜生にも似た忘 恩の人間として終わってしまうからだ。  若き伸一は、決然と立ち上がった。  意気地なしの先輩にも、利口ぶった、学問ありげな連中にも、そしてまた、社会的地位の ある戸田先生の弟子たちにもいっさい構わず、超然とした決意で、師弟不二の戦いを断行し ていった。  師の広宣流布の大誓願を分かち持ち、勝って、勝って、勝ち抜いていくなかに、仏法の真 実の師弟がある。 ◇  また、九州には、純粋な皆の力で国会議員にまでなりながら、反逆し、同志を苦しめ抜い た元議員もいた。  戸田先生がおられれば、嘘をつき、わがまま放題の悪事をした議員を、烈火のごとく「こ の恩知らず! 畜生め! と言って、呵責されたであろう。  また、その怒りは、生涯にわたって消えることはなかったであろう。  正義の人は、悪に対して、あまりにも厳しき戦いをするゆえに、この正義はいや増して光 る。  ともあれ、仏法とは、難即悟達である。  ベートーベンが、「第九」で高らかに謳いあげた「苦悩を突き抜けて歓喜に至る」との至高 の魂も、この仏法の深き真理に通じている。  挑戦のなかにこそ、前進がある。  苦闘のなかにこそ、成長がある。  不屈の闘争のなかにこそ、人間としての勝利の真髄が光る。  ゆえに正義は、悪とは断じて妥協してはならない。断じて戦い勝たねばならない。  その先駆の「栄光の旗」を、その勝利の不滅の歴史を輝かせ継承しゆくのが、永遠に九州 の大使命であると、私は、深く信じてまない。 ◇  二十一世紀の新しき建設は、堂々と開始された。  ユゴーは、綴っている。  「三つの問題がこゝにある  ――  何を建設するか。  何処に建設するか。  如何に建設するか。  我れ等は答へる――  民衆を建設するのである。  進歩のうちに建設するのである。  光明に依って建設するのである」(本間武彦訳)  我らは、我らの光輝満つ人間主義の新世紀を建設する。その前人未到の大業こそが我らの 誉れの使命″であるからだ。 2002.1.17 付 SP