山崎正友"日顕野郎、今に見ていろ!!"        2002-1-21 ――山崎の電話を受けた浜中和道が証言―― "あいつを死ぬまで許さない " "絶対に「仕返し」をしてやる " 和田 だいたい、山崎正友が日顕を、バカにし切っていたことは、有名な話だ。  原田 その通りだよ。山崎が利用していた正信会の浜中和道も、明確に証言している よ。 和田 たとえば昭和54年8月、日顕が法主になった直後のことだ。日達法主という後 ろ盾を失った山崎は、慌てて日顕に近づいた。 原田 ところが日顕は、正信会を陰で操っていた山崎を、「あんたは大ウソつきだ !」と怒鳴りつけたんだ(笑い)。 森田 日顕は当時、正信会と対立していたからな。 原田 すっかりアテが外れた山崎は、怒り狂っていたそうだ。 日顕と会った翌日 も、 浜中に電話をかけて「畜生!」 「あの野郎!」と、さんざん悪態をついていたとい うんだ。 高柳 山崎は浜中に、どんなことを言っていたんですか? 原田 「俺は、日顕の野郎が言ったことを絶対に死ぬまで忘れねえ! あの野郎をブ チ殺してやる! 絶対に仕返しする! 今に見ていろってんだ」と罵っていたそう だ。 和田 「あの野郎」「ブチ殺してやる」 「今に見ていろ」か。物騒な話だな(笑 い)。 日顕は銭ゲバの独裁者〃 原田 その後、山崎は「仕返しする」と言った通りに、週刊誌を使って日顕を攻撃し 始めた。 森田 よく覚えている。 日顕を「宗内で一、二を争う遊とう児」 「まことに信仰 心のうすい、功利主義の権化」 「野心家」 「ゼニゲバ」 「独裁者」等々と、す さまじい 罵倒ぶりだった(笑い)。 佐藤 その上、日顕が日本中の「いかがわしい店」に出入りしていたことまでバラし ていた(大笑い)。 原田 日顕は日顕で、山崎を「実にインチキ極まる悪辣な策略家」 「地獄へ何回堕 ちても足りないほどの罪が存する」とまで罵っていた。 森田 何だ、大ウソつきの「毒蛇」同士が、醜い罵り合いか(笑い)。 日顕がよこした時計なんか〃 原田 だいたい山崎のやつは、日顕が法主になる、ずっと前から、日顕をバカにし 切っていた。 和田 浜中の証言には、こんなエピソードもある。まだ日達法主がいた昭和50年こ ろ、山崎が日顕に50万円を持っていったそうだ。 森田 ああ、山崎は、あのころ、「自分の言いなりになる坊主」を増やそうと、せっ せと金をバラまいていたからな。 和田 すると日顕は気を良くしたのか、15万円はする腕時計を山崎にやったそうだ。 原田 ところが山崎は、「こんな安物の時計なんか、おかしくて使えるか」と言わん ばかり に、その時計を浜中によこしたそうだ(笑い)。 井桁 日顕の面目は丸つぶれですね(笑い)。 森田 日顕は知っているのかね? 佐藤 いや、いまだに知らないんじゃないですか(大笑い)。 今や日顕にしがみつこうと必死 原田 ところが、それだけ日顕を、バカにしていた山崎が、平成2年の、あの「C作 戦」のころから、日顕にお世辞を使って、近づき始めた。 秋谷 当時の山崎は、3億円恐喝事件の裁判で、最高裁から「懲役3年」の有罪判決が 下る直前だった。 学会に逆恨みしていた山崎は、刑務所に行く前に日顕を味方につ けよう としたんだ。 森田 それに山崎は「坊主は金になる」と、すっかり味をしめていた。 それでバカ にしていた日顕を利用してやろうと狙ったんだ。 日顕に面従腹背の山崎  金のためなら何でも喜んでやる男 原田 何しろ山崎は、生まれついての「銭ゲバ」だからな。 金のためなら、何でも やるよ。日顕の草履の底だって、喜んで舐めるだろうよ(大笑い)。 森田 それにしても、山崎の日顕へのゴマのすり方は、尋常じゃなかったな。 原田 山崎は仮出所後の平成5、6年、日顕に出した手紙でも、歯の浮くようなセリフ を並べている。 「御法主上人猊下の御英断と、歴史的な御振舞につきましては、心 より讃歎申し上げるものでございます」 (大笑い) 「人格高潔な方ほど、苦痛を 味わうものです」(爆笑) 森田 週刊誌で「銭ゲバ」 「独裁者」と叩いていた相手を、今度は「人格高潔な 方」か(大笑い)。 秋谷 山崎も日顕にしがみつこうと、よっぽど必死だったんだな(大笑い)。 佐藤 おまけに7年2月には、日顕宗の機関紙に、わざわざ「私が御相承″を拝信す るに至るまで」とかいう文章まで載せていた(笑い)。 和田 そうそう。「日顕は日達上人と同じ御境涯にある」「懺悔と共に御相承を拝 信」とか何とか心にもないセリフを並べていたな(爆笑)。 井桁 まさしく「面従腹背」ですね。 高柳 呆れてモノが言えませんね。やっぱり恐喝までやった男だけに、何でも平気で やるんですね(大笑い)。