随筆・新・人間革命(246)  2002.1.21 春呼ぶ岡山の躍進 正義の勝利へ 勇者は立ちたり  仏法は「宇宙究極の法」である。  ゆえに、その信心は「最極の正義」であり、「賢者の大道」である。  そしてまた「金剛の勇気」であり、「和楽の根源」である。  ゆえに、大仏法の信心のある人は「生命の宝冠」を勝ち取った人生となる。 ◇  いわゆる、その道の学問の専門家であっても、この深遠な大仏法を探究するという次元に あっては、誰人も初歩である。  有名な学者が、社会的に偉いという錯覚から、未だ究めていない仏法を下に見たり、何も わからずに、秀才ぶった浅薄な非難をすることは、根本的に誤りである。  自身の学び究めた道は、その道として尊い。  だが、永遠不滅の大法であり、人間学の真髄ともいえる仏法を学ぶ心は、初心者としての 謙虚な求道の精神がなければならない。  仏法は道理である。ゆえに仏法を知ろうとせず、傲慢にその道理に反することは、愚人で あり、増上慢である。その人は、根本的な人間としての偉さは、一つもないことになるだろ う。 ◇  それは、今から四十年前の春のことであった。  中国の各県は炎のごとく燃えていた。  「連続日本一の折伏、万歳!」  四月、そして、さらに五月と、中国の総支部は、広宣流布の全国制覇を成し遂げたのであ る。  三百万世帯の実現をめざして、前進そして躍進を続けるわが創価学会の、大飛躍となる歴 史であった。  そのドラマの発火点こそ、わが決意の炎が燃え立つ岡山であった。 昭和三十七年の春来る三月、私は大好きであった、遥かなる岡山の小さな城(会館)で、「種 種御振舞御書」を講義し、仏法の正義を訴えた。  「千春の人生、万歳! そして、千秋の人生もまた、万歳!」との思いを込めて、真剣に 日蓮大聖人の御書を訴え続けた。  「正しい仏法に生き、正しい仏法を弘め、自分も永遠の幸福という人生の目的に生き、人 びとをも救いきっていく学会活動に生きることが、最高に幸せな人生です」  皆様も真剣に聞いてくださり、私も真剣であった。  そして終わりに、片手をあげながら、私は「戦いましょう!」と叫んだ。  すると、わが岡山の友らからも、一斉に「戦いましょう!」「勝ちましょう!」と、元気な 声が跳ね返ってきた。  当時、私は三十四歳。そして、会長就任二周年が目前であった。  皆が生き生きとしていた。  こんなに素晴らしい人間の集いが、世界のどこにあろうかと思わせる春であった。  「やります! 断じて戦います! 一度、口にしたことは、絶対にやり遂げます」と、岡 山の人びとは、瞳を輝かせながら、決然と言い切っておられた。  広布大業の波は、日本中、あの地この地で、盛大な広がりであった。私は嬉しかった。  否、宗祖・大聖人のお喜びはいかばかりか。  そして、その仏法の広宣流布に殉教なされた牧口先生、また、戸田先生のお喜びも、目に 浮かぶようであった。  師も喜び、弟子も喜ぶ。ここに「師弟不二」があるからだ。  以来、岡山を先頭に、中国全県の勇気ある同志は、火の玉となって、勝利への拡大の怒薄 の前進を、堂々と開始したのであった。  猛烈に……真剣であった山田徹一総支部長(初代岡山支部長)も、忘れることはできない。 ◇  この一月二十日には、六十九町村(香川の直島町を合む)の代表者が集まられた。  その数、千三百人――。  そして「岡山旭日町村サミット」が盛大に開催された。  この有名な地域広布のサミットは、今回で六回目となったのである。  これを、毎年、前進の年輪としながら、わが町、わが村の繁栄のために智慧を出しながら、 力強く基盤を築き上げてきたのであった。  この堅実な努力が次第に実を結び、わが地域を守らんとする真心の献身は、大いなる希望 となり、勝利の華を咲かせていくにちがいない。  今では、上斎原村、東粟倉村、中和村、勝田町、直島町、西粟倉村、神郷町、湯原町、加 茂町、大原町など多くの町村で、実に見事なる地域広布の実証が示されている。  「広布のモデルは岡山にあり!」と、私は叫びたい。 ◇  地域の広宣流布を推進するうえで、第一に重要なことは、いつも常識を重んずることだ。  隣近所を、絶対に大切にすることだ。  そして自分の魂は、「我こそが、この自身の生き抜く大事な地域の広宣流布の全責任を担い、 主役となって戦ってみせる!」との決意に立つことだ。  いつまでも、人に頼る心では、自身の向上も、戦いの勝利も栄光も、絶対につかめない。  「一人立つ」ことだ。  「一人立つ」ことは、「千人万人を立たせる」ことだ。  一人立つ「一念」こそが、一切の勝利の根源となり、宝になり、そして武器になることを 忘れてはならない。  今日まで、折伏戦も、広布の戦いも、どこの地域にあっても、最初から楽々と進んできた ことは、決してなかった。  むしろ、旧習の厚い壁に阻まれ、非難中傷の飛礫(つぶて)を浴びてきた所ばかりである。  そこで、あきらめるか、執念をもって勝利への道を、耐えながら戦い歩みゆくかだ。  やはり、分かれ道は、自分自身の「一念」だ。  いかなる社会の事業もまた同じだ。  また、一口に「地域広布」と言っても、都会、農村、漁村、山間部など、その環境はさま ざまである。  大聖人は、「国をし(知)るべし・国に随って人の心不定なり」(御書一四九五n)と仰せ である。  それぞれの地域の個性と複雑性をよく認識して、どうすれば、その地域の人びとの「平和」 と「幸福」と「友情」に貢献していけるかを第一義としていくべきだ。 ◇  岡山からは、陰険で愚劣な反逆者も出た。  戸田先生は、よく言われた。  「学会は清浄な世界である。これが仏法の世界であり、心の世界だ。  広布破壊の反逆者は叩き出せ!」と。  尊極の世界を凝乱しようとする悪党に対しては、先生は、烈火のごとく厳しく戦われた。  その極悪の魂を叩き伏せるごとく、容赦なく弾呵された。  そして常に、皆に、「裏切り者、不知恩の者と戦うのが、仏法の慈悲だ。  わが学会は、宇宙最極の和楽の世界である。  決して、魔に崩されてはならない。  厳然と、わが崇高なる学会に、一人たりとも魔を寄せ付けるな!  これは、私の厳格なる遺言である」と語られた。  牧口先生も言われた。  「悪と戦い抜くことは、善である。悪と戦わぬ善はない」  これが、学会精神であり、岡山の闘魂である。 ◇  信心は「英知の利剣」であり、「平和の大道」であり、「無上の幸福学」であることを忘れ まい。  さらにまた、信心は「正義の太陽」であり、「忍耐の大力」であり、「智慧の宝蔵」である ことを忘れまい。  信心は、永遠に「精神の宝」であり、「人間の光源」である。そしてまた「生命の翼」であ る。  広布に進む、勇気ある同志の「勝利」と「栄光」を、今日も、私は真剣に祈りたい。