「女性の世紀」に寄せて 池田名誉会長ナイチンゲールを語るD 2002-2-3    妙法で不老の大生命力を ナイチンゲール  病気の回復には    「新鮮な空気」「太陽の光」「暖かさ」 「静かさ」「清潔さ」「適切な食事」が大事  進歩せよきょうも何かを学べ  一、病気は苦しい。病気につきものと思われている苦しみや痛み。その原因は、必ずしも、 病気そのものによるのではない――そうナイチンゲールは見ていた。  彼女は言う。  「まったく別のことからくる症状――すなわち、新鮮な空気とか陽光、暖かさ、静かさ、 清潔さ、食事の規則正しさと食事の世話などのうちのどれか、または全部が欠けていること から生じる症状であることが非常に多い」  「これは、病院看護においても家庭看護においても、まったく同様によくみられることな のである」(薄井坦子・小玉香津子・田村真・小南吉彦訳)  大切なことは、病人を取り巻く環境がどうなっているかである。体は、回復に向かってい る。にもかかわらず、正しくサポートする看護の知識が足りない。注意が足りない。そのせ いで、かえって回復が妨げられ、痛みや苦しみが生じる。あるいは、回復に向かうこと自体 が中断されてしまう――これが彼女の洞察だった。  それまで看護といえば、せいぜい薬を与える程度だった。  だから看護婦なんて、膏薬の練り方だけ教えればいい″とまで言われ、大事にされなか った。特別に学ばなくても、だれにでもできると軽んじられてきた。  ナイチンゲールは「看護観」を一変させた。  彼女は訴えた。  「看護とは、新鮮な空気、陽光、暖かさ、清潔さ、静かさを適切に保ち、食事を適切に選 択し管理すること――こういったことのすべてを、患者の生命力の消耗を最小にするように 整えること」「患者が生きるよう援助すること」(同)である――。  彼女は、正しい看護のあり方について、患者の身になって考えた。あらゆる面から光を当 てた。  それは、どうすれば苦痛を和らげることができるのか″という彼女の慈愛から生まれた ものではないだろうか。  ナイチンゲールによって、「看護」は、人類が真撃に学び続けるべき「実際的かつ科学的な、 系統だった訓練を必要とする芸術」へと高められていったのである。  「近代看護の創始者」と讃えられるゆえんが、ここにある。 教育学を医学のように抜本改革  一、そうした「革命」を教育の分野でなそうとしたのが、牧口初代会長であった。  医学も教育学も、等しく人間の生命を対象とする。しかし、一方の医学においては、科学 が形成され、技術を指導する原理が確立されてきた。それに対し、教育学は、抽象的な考察 にとどまっているものが多い。そのことを牧口先生は憂えておられた。  「教育学を医学の程度にまで組織立てなければならない」  教育の抜本的改革を成し遂げたい! 社会全般にわたる行き詰まりを打開したい! 悩め る子らを救いたい! ――その牧口先生の魂の結晶として打ち立てられたのが「創価教育学」 であった。  牧口先生は、「教育は、人格の価値を創造する人間として最高級の技術であり芸術である」 と述べておられた。 暗かった病院  一、人間にとって「新鮮な空気」と「陽光」がいかに大切か――ナイチンゲールは一貫し て力説した。当時としては先見であった。  このころ病院は、衛生的であるとはとてもいえなかった。  排水施設は整っていない。換気も十分でない。病室は、曖を取るために「窓をぴったりと 閉めなければいけない」とされた。ベッドは「太陽の光が当たらないように」置かれた。  病院によっては、「光が入らないように」窓に板が打ちつけられた。 だから、病室といえ ば「暗く」「じめじめしている」のが、ふつうだったのである。  その病室の窓を開け放ち、日光の治療効果を説いたのが、ナイチンゲールであった。  一、どうすれば、人々の生命力を増していけるか――。  仏法では「依正不二」「宇宙即我」等と説く。  人間生命は、その内実において、自然環境や大宇宙そのものと一体である。大自然ととも に生きることは、人間本来の生命力を強化していく。 また、法華経に「不老不死」「更賜寿 命(更に寿命を賜え)」とある。 「寿命」とは「生命力」と、とらえることができよう。妙 法を声高らかに唱えれば、「不老」の大生命力が、わが身に力強くわいてくる。 人間を癒す建物  一、真に「患者のための病院」を築くには、何が大切か。  ナイチンゲールは、著書『病院覚え書』の冒頭で、こう述べている。  「病院がそなえているべき第一の必要条件は、病院は病人に害を与えないことである」(小 玉香津子・薄井坦子訳)  著書には、建物やその機能、施設などの面で、さまざまな知恵がちりばめられている。  建物の構造はどうか。  天井・壁・床の材質は。壁の色は、どうすべきか――彼女は、経験の上から、じつに細か く論じている。  8年前(1994年6月)、私は、イギリスのチャールズ皇太子の私邸に招かれ、長時間にわ たって意見を交換し合った。文明に「人間的価値」「人間的な顔」を取り戻す必要があると語 り合った。  病院の建物のあり方についても話題になった。  建築にも造詣の深い皇太子は、ご自身の著書で、こう論じておられた。 「個性のない窓、 暖かみのない廊下、純粋に機能だけの病室といった、魂の抜けたコンクリートの箱の中では、 治るものも治らなくなってしまう。心もまた肉体と同様に治療を必要としているのです」  「私は積極的に人間を癒そうという特徴をもった建物を設計することはたしかに可能だと 思う」  私も賛成である。  著書のこの一節を申し上げると、皇太子は、笑みを浮かべ、耳を傾けておられた。 仏教看護学  一、今、高齢社会を迎えて、「ケア」のあり方が、ますます重視されている。  ナイチンゲールの「看護学」は、現代にも大きな示唆を与えてくれる。 彼女の「看護学」 は、慈悲を根幹とする「仏教看護学」とも近接している。  仏法では、人間の苦悩の原因を、必ずしも身体的苦痛のみに限定していない。  すなわち、人間の苦しみは、「身体的痛み」と「精神的・社会的悩み」、さらに死に直面す る「実存的苦悩」が複合したものであると、とらえている。  ナイチンゲールも、同様の視点をもっていた。  患者を、悩みから、どう解放するか。元気づけ、どう心を豊かにしていくか。  「一般的には、看護婦は患者を肉体的労苦から解放するために存在すると思われているが、 看護婦は患者を思い煩うことから解放するために存在するべきなのである」(武山満智子・小 南吉彦訳)――ナイチンゲールは、「精神的・社会的悩み」にまで看護の領域を広げていった のである。 青年の成長が一番の喜び!  一、看護の発展のために、ナイチンゲールは「教育」を重視した。たくさんの若い人を育 てた。  ナイチンゲールは、有名な「キングズ・カレッジ病院」に助産婦養成学校を開校した。  この病院には、現在、イギリスSGIの女子部員が医師として働いておられる。  音楽の教員をされた彼女のお父さまは、草創期から戦ってこられた方である。75歳の今も、 壮年部の本部長として、また教育部の中心的リーダーとして元気に活躍されている。  一、1860年6月24日には、「ナイチンゲール看護学校」が開校した。 イギリス中から 自発的に寄せられた「ナイチンゲール基金」をもとに、彼女が創立した。40歳のときであっ た。このころからすでに、彼女の健康状態は思わしくなかった。  そのうえ、あまりに多忙で、長い間、学校を訪れることはなかった。しかし、創立者の彼 女は、夢に見た本格的な看護教育の城を、最大の喜びとした。  「ごく小さな木の実が他日大いなる森林となる日を夢見て」(中村妙子訳)生涯、見守り続 けたのである。  1期生は15人。少数精鋭の英才教育だった。  ナイチンゲールは、学生たちの報告や個人日誌、試験答案や講義ノートにまで目を通した。 ぐんぐん成長する学生たちの姿を見ることが、何よりの楽しみだった。  時には、学生たちを自宅に招いて語り合ったりもした。  授業の内容についても学生から細かく報告を受けた。  ある時、主任看護婦たちの教育が適切でないことがわかった。ナイチンゲールは、悩み、 思索を重ねた末、「病棟主任の義務についての覚え書」をしたためて、注意を促した。現場に 立てない分、陰で懸命に「学生のための学校」の軌道を整えていったのである。  一、1872年からは、年1回、学生や卒業生たちにあてた長文の書簡を書き送った。  そのなかで、彼女は繰り返し教えている。  「私たち看護するものにとって、看護とは、私たちが年ごと月ごと週ごとに《進歩》しつ づけていないかぎりは、まさに《退歩》しているといえる、そういうものなのです」 (湯 槇ます・小玉香津子・薄井坦子・鳥海美恵子・小南吉彦訳)  「優れた看護婦は何年仕事をつづけていても『私は毎日何かを学んでいます』と言うもの なのです」(同)  「あなた方は、進歩しつづけない限りは退歩していることになるのです。目的を高く掲げ なさい」(同)  人と比べてどうかではない。  大事なのは「きのうの自分」より「きょうの自分」、「きょうの自分」より「あすの自分」 が、たとえ一歩でも、一ミリでも「前へ」進んでいくことである。  「進まざるは退転」である。  有名な御金言には、「月月・日日につよ(強)り給へ・すこしもたゆ(撓)む心あらば魔た よりをうべし」(御書1190n)と仰せである。 虚栄・わがままの人間になるな  一、また、ナイチンゲールは、学生の未来を展望し、こんな人間になってはいけない″ と教えた。  それは「わがまま」「うぬぼれ」「軽率」「虚栄心」「短気」「放縦」「目的のあいまいさ」で ある。  こういう人間は、人生や仕事の厳しさに耐えることができない。結局、自ら選んだ道を挫 折してしまう場合が多い。そうであってはいけないと強く戒めたのである。  学会の退転者・反逆者の卑しい心根も、まったく同じであった。  大聖人が「をくびやう(臆病)物をぼへず・よく(欲)ふか(深)く・うたがい多き者ど も」(同1191n)と、退転者の醜い心を喝破されている通りである。 (つづく)