青年よ! 全責任を担い立て!!           2002-2-7 未曾有の勝利を 拡大の歴史を 全国500万人の「平和と哲学の連帯」 今年も「全戦全勝」の公明党 佐藤 今年に入っても、各地の地方選挙で、我々の支援する公明党は連戦連勝が続い ている。 迫本 新年早々、さいさきのいいスタートだね。 杉山 1月27日に投票のあった市議選を見ても、長野県更埴市、鳥取県境港市、島根 県大田市で、公明党が「過去最高得票」で全員当選した。 中野 見事な勝利だった。 佐藤 石川県加賀市、宮崎県日南市でも大幅に得票を増やして全員当選した。 橋元 公明党は今世紀に入ってから、東京都議選をはじめ地方選挙で、すべて勝利し ている。 林 あの共産党は、どうだったんですか? 佐藤 それが、27日の選挙でも、公明党が候補を立てたすべての市で、得票を大幅に 減らしている(笑い)。 宮崎の日南市では、得票を半分に減らしている。 迫本 2月3日の福島県伊達町の町議選でも、トップで当選した公明候補に、大きな票 差をつけられている。 林 厳しいですね(笑い)。小さいことでも、いつもいつも、うるさいですものね。 女性でも嫌になりますよ。 杉山 それに鳥取県の境港市では、一人落選だ。 迫本 最近の共産党は、本当によく落ちるね(笑い)。 佐藤 共産党と言えば、近所の人たちも「うるさい」 「うそつき」「こまかい」  「オニパパみたい」 (笑い)。 あれじゃ世間の人たちも皆、嫌になっちゃうよ。 迫本 まったくだ。「文句」ばかり、「追及」ばかりじゃ、疲れちゃうよ。党員だっ て、もうウンザリしているんじゃないのか(笑い)。 「日本一」の青年集団 中野 ところで、よく聞かれるが、今、青年部員は、どれぐらいいるのか? 迫本 男子部は273万人、女子部は167万人。未来部(高等部、中等部、少年少女部) まで合わせると、全国約500万人の陣容となった。 佐藤 名実ともに、「日本この青年集団だな。 橘元 先日も私の大学の恩師が「学会には、まじめな青年がたくさんいる。だから希 望がある。本当に安心だ」と、しみじみ言っておられた。 杉山 日本だけじゃない。世界120カ国・地域で青年部員が活躍している。平和と文 化の運動を展開している。 佐藤 いや、草創の青年部員だった森田理事長が、「本当に、すごい時代になった。 我々が青年部の時代には、想像もつかなかった発展だ」と、語っていたよ。 豪雨の結成式 中野 青年部も、昨年、結成50周年を迎えた。半世紀前の当時は、どうだったんだろ うか? 迫本 僕もそう思って、ちょっと調べてみた。 男子青年部の結成式が行われたの は、昭和26年7月11日の水曜日。夜6時の開会だった。場所は、東京の西神田にあった 旧学会本部の2階の広間だった。 佐藤 戸田先生が第2代会長に就任されて間もなくのことだ。当時はまだ、戦争で負 けた日本が独立を果たしていなかった。 杉山 記録では、その日は、まだ梅雨が明けておらず、雨が降っていた。しかも会合 が始まるころには、ものすごい豪雨になったそうです。 佐藤 出席者は約180人だった。参加していた森田理事長に聞いたが、今みたいに背 広姿の人は少なかった。みな身なりは貧しく、作業着や仕事着のまま、ずぶ濡れで駆 けつけた若者が多かったという。 林 社会では、誰も注目しないような、小さな会合だったんですね。 橘元 小説『人間革命』にも、「下駄箱には、よい靴はめったに見えず、ほとんど が、いたんだ靴や下駄であって、あたりには破れ傘が散乱していた」とありますね。 杉山 まだ戦後間もない時期で、日本全体が貧しかった。青年部員も、みな、お金が なかった。 迫木 戸田先生の事業も苦境にあった。学会には、今みたいな大きな会館は一つもな かった。 杉山 そもそも当時の学会員数は、数千人だった。大きな会合は、西神田の本部か、 寺院で行っていたそうだ。 林 そうですか。今からは想像もできませんね。 戸田先生"この中に次の会長が" わずか180人で出発した男子部 昭和26年7月11日峻厳なる師弟の「後継の儀式」 「拡大」の歴史を 残した池田班長 佐藤 結成式の最後に、戸田先生が挨拶に立たれた。どれほど烈々たるご指導がある かと、みな緊張していたそうだ。ところが戸田先生は、淡々とした口調で話をされ た。 中野 戸田先生は、「きょう、ここに集まられた諸君のなかから、必ずや次の創価学 会会長が現れるであろう。必ず、このなかにおられることを、私は信ずるのです。そ のかたに、心からお祝いを申し上げておきたいのであります」と、おっしゃったので す。 橋元 すごいですね。もうすでに未来を全部、見通しておられた。 佐藤 森田理事長は、「戸田先生から、そう言われても、みな他人事だった。『本当 に、このなかにいるのかな』 『それは誰かな』くらいにしか思わなかった。 今、 思えば、戸田先生は、池田先生お一人に向かって、そうおっしゃられた」と述懐して いた。 迫本 最高指導会議の和泉議長も、「池田先生だけが、戸田先生の一言一旬を、ご自 身のこととして全身で受け止めておられた」と証言している。 林 まさに「後継」の峻厳な儀式だったわけですね。 佐藤 当時、池田先生は23歳で、最前線の男子部班長であられた。この結成の日から 半年後、全国22班のなかで、先生の班は、当時の全男子部の約1割を占めるという 「拡大」の結果を残されている。 中野 時代は変わっても、青年部の「先駆」「拡大」 「後継」の使命は変わらない はずだ。 池田先生も常々、「今の青年部のなかから、代々の会長が出るんだ」とおっしゃって おられる。どれほど大きく期待をしてくださっているか。 佐藤 いかに我々青年の使命が大きいか。 今世紀こそ、青年部が一切の責任を担 い、未曽有の「勝利、勝利」 「拡大、拡大」の歴史を残すために、立ち上がる時 だ。 杉山 先生は広宣流布の一切の基盤と軌道を明確に作ってくださっている。 あとは 後継の青年が、その道を正しく受け継いでいかなければならない。 迫本 その通りだ。今こそ21世紀の広宣流布のために、心を一つに団結して、スクラ ムも固く前進しようじゃないか! いいかげんな批判・中傷など、歯牙にもかけずに ! 佐藤 日本は島国根性と嫉妬の国と言われる通りだからな。 こんな素晴らしい学会 の姿を見れば、確かに焼きもちやきの連中は頭にきて、作り話でも言いたくなるだろ う(大笑い)。