「仏法の精神を社会に脈動」            2002-3-4  それが王仏冥合の本義 林 ところで、この座談会には、新入会のメンバーから、たくさんの質問が寄せられ ています。 その一つに、「王仏冥合とは、どういう意味ですか?」という声があり ましたね。 館野 たしかに、現代人には耳慣れない言葉ですからね。 「王仏冥合」とは 橋元 この「王仏冥合」という言葉は、もともとは日蓮大聖人の「三大秘法抄」にあ る、 「王法仏法に冥じ仏法王法に合して」との有名な御聖訓に由来する言葉です。 杉山 「王仏冥合」に限らず、御書の一言一句には、大聖人の深遠な哲理が凝縮され ている。仏法を知らない人々には、なかなか理解しにくいかもしれないな。 佐藤 そうだね。御書を拝する場合には「文」「義」「意」の三つの観点がある。 「文」とは文章そのもの。「義」とは、そこに説かれている道理。 「意」とは、そ の元 意、本質のことである。 さらに「五重の相対」「三重秘伝」等々の深義の読み方が あるが、それはそれとして、この「王仏冥合」という言葉も、仏法の視点を知らなけ れば、本当の意味は分からない。 中野 仏法の本義からいえば、「王」とは「王法」であり、政治をはじめ、経済、教 育、学術等々を含んだ、ありとあらゆる社会の営みのことです。 「仏」とは当然、 「仏法」を指します。 館野 「冥合」というのは? 迫本 分かりやすくいえば、仏法の哲理、精神を根底にしていくという ことです。 つまり「慈悲とか、人間主義の精神を、社会のあらゆる次元に脈動させ ていく」 「社会に仏法の精神を開花させていく」という意味にもなりますね。 林 それじゃあ、私たちが普段、やっていることじゃありませんか(笑い)。 中野 そうです。その通りです。 館野 「王法」というのは、政治だけのことじゃなくて、社会全体の、幅広い次元を 含んだ言葉なんですね。 林 政治、文化、社会、平和、教育、科学をはじめ、人間に関わる営みのすべてを含 むということになりますね。 佐藤 そうなんです。日淳上人も、仏法を「出世間法」と呼ぶのに対して、王法は 「世間法」を意味する″と明確におっしゃっている通りだ。 林 そうすると本来、「王仏冥合」とは、壮大なスケールをはらんだ、仏法の文明史 的な理念、ともいえますね。 中野 その通りです。 経典に「無量義は一法より生ず」とある。御書は、万法万般 に通じる「智慧の宝庫」です。 文化、平和、社会の、あらゆる次元に通じていく。 また、それらの真理、原理が全部、御書に含まれているのです。 政党も議員も学者も もっと真剣に仏法を学べ!! 民主社会に「政教一致」はあり得ぬ 林 「王仏冥合」というと、これまで、「政教一致」云々と言われてきましたが、と んでもない誤解なんですね。 佐藤 「誤解」というより、重大な「間違い」だ(笑い)。 杉山 大聖人が言われているのは「冥合」だ。「王仏一致」とか、「王仏一体」なん て、ひとことも言われていないよ(大笑い)。 迫本 第一、この民主主義の世の中で、「政教一致」なんてことは、ありえない。  できっこない(大笑い)。 中野 戸田先生も、「『王仏冥合』は、政治と仏法が制度的に、直接、一体化するこ とでは決してない」「『王仏冥合』の姿とは、世界のすべての国が栄え、それぞれの 国の『社会の繁栄』と『個人の幸福』とが一致することである」と繰り返し断言なさ れている通りです。 佐藤 そもそも仏法を知らない人間が、仏法を批判すること自体、間違いじゃない か。 仏法のことは仏法者に聞いて初めて分かるのが道理だ。 杉山 その通りだ。政治家も、政党も、学者も、もっと真剣に仏法を学んでから発言 すべきだ。