政教一致云々と「事実無根」のデマで中傷               2002-3-5 この宗教弾圧こそ「憲法違反」 王仏冥合とは「社会の繁栄と個人の幸福の一致」 杉山 前回は、「王仏冥合」について論じ合った。 迫本 当然、国民主権の現代では、民衆が「王」であり、社会が「王」である。 そ のうえで、池田先生も、さまざまなご自身の著書で、「王仏冥合」とは、「あくまで も宗教に よる『人間革命』を根本とするものである。宗教が直接、政治権力に関与したり、政 治権力で特定の宗教を強制するものではない」と明確に論じておられる。 中野 実際、どこにもしてないじゃないか(爆笑)。具体的に何もないじゃないか。 橋元 誰だって国民には、政治に意見を言う権利がある。参加する権利がある。 佐藤 それを強制だとか支配だとか(笑い)。的外れの批判というものは狂気だね (大笑い)。この宗教弾圧こそ「憲法違反」だ。 杉山 池田先生は、ジャーナリストの田原総一朗氏との対談人1995年)でも「仏法の 説く慈悲の心をもって政治をしようという意味です」「『慈悲』 『生命尊重』『福 祉』の理念を政治に反映させるということです」と明言しておられましたね。 館野 学会が政治に意見し、参加してきたのも、仏法者としての当然の社会的使命か らですね。 迫本 そうだよ、その通りだよ。「王仏冥合」− 「社会の繁栄と個人の幸福の一 致」という、仏法の壮大な理念の上からの活動なんだ。 中野 素晴らしいことじゃないか。誰びとも大賛成する法則だ。 こんなことが分か らな いのは、やっぱり「邪見」と「嫉妬」があるからなんだろうな。 学会は壮大な運動を世界に展開 佐藤 それに学会が進めているのは、ご存じの通り、政治活動だけではないよ。平 和、文化、教育の運動を世界的に展開していることは、有名な事実じゃないか。 迫本 政治活動は主に選挙の時だけじゃないか。学会員でも、政治家に呆れて、何も やらない人間も、ずいぶんいるよ(爆笑)。 杉山 「王仏冥合」が政治への関わりだけを意味するんだったら、政治活動だけやれ ばいいことになる(笑い)。 あとは勤行も、文化活動も、宗教の布教も、教学も、 何もする必要がないじゃないか。 中野 学会は、あらゆる社会的次元の活動を進めている。この壮大な運動の実態その ものが「政教一致」ではない、何よりの証拠じゃないか。 杉山 それを、何を今ごろ、間抜けなことを言っているんだ(笑い)。 こんなこと を言っている政党は伸びないよ。深い精神性のない日本の文化も、世界的なものにな らないよ。 もっと謙虚に仏法を学べ! 佐藤 そもそも、社会の分野を問わず、世界の偉大な人物は、宗教の精神性を最大に 大事にしてきている。これは歴史が明確に証明している。 中野 その通りだ。たとえば政治。あの20世紀のインドのガンジーの有名な言葉。 「宗教なき政治は国家の首を吊るロープ」と喝破しているじゃないか。 人間は感情 的になったり、嫉妬に狂ったりして、真実を見極められない場合が多い。 それは非 常に不幸なことであり、真理を破壊することになる。これほど恐ろしいことはない。 館野 その通りですね。社会のあらゆる分野において、いかに宗教の精神性が大切 か。 中野 科学についても、あのアインシュタイン博士も、「宗教なき科学は欠陥であ る」と断言していたじゃないか。 世界の偉人は、「宗教的精神」を最大の尊重 マハトマガンジー 宗教なき政治は国家の首をつるロープ アインシュタイン 宗教なき科学は欠陥である バッハ 私の音楽は宗教とともにある 林 そういえば芸術も、そうですね。 中野 私の音楽は宗教とともにある″としたバッハの音楽、またミランジェロの絵 画等々、多くの偉大な芸術も、宗教性を土壌とし、滋養としてきたことは、歴史的 な、峻厳な事実だ。 世界の誰びとたりとも認めていることではないか。 佐藤 よく分かります。 それらも、次元は違うが、仏法の「王仏冥合」の理念を志 向したものともいえますね。 中野 そうだよ、その通りだよ。 杉山 それを、ことさら「王法」を「政治」に限定する。まったくの「ナンセンス」 だな。 迫本 仏法の内容を読みもしない。信仰もしない。それで仏法の本義が分かるはずが ない。そんな連中の「ためにする」中傷なんか、後世の歴史家から弾劾されるだろ う。 佐藤 もっともっと謙虚に、すべてのことについて、なかんずく仏法のことについ て、真剣に学んでもらいたいな(笑い)。