随筆 新・人間革命 306 不撓不屈の宮城 ―― 一人立て! 地域広布の英雄よ ――  「剛毅不屈(ごうきふくつ)、何ものにも動かされないような人物でなければ、 社会の根幹となるに足りない」 (松枝茂夫訳)とは、仙台にゆかりの深い文 豪・魯迅が、日本で綴った一節である。  「剛毅不屈」――これこそ東北人の胸に燃え盛る魂といってよいだろう。  東北には、豊かだが厳しい北国の自然がある。中央政府に抑圧されてきた忍 従と苦痛と悲憤の歴史もあった。  それでも、東北の皆様は、あらゆる苦難を耐え抜き、勝ち越えてこられた。 私もその堅固な魂を尊敬し、また感服してきた一人である。  日本の社会には、いわゆる「中央至上主義」「お上意識」が根深い。それは 「長い物には巻かれろ」といった精神風土にも、色濃く投影されている。  しかし、時代はその変革を求めてやまない。地方分権も趨勢となってきた。  庶民の目は厳しい。  画一的な中央志向によって手に入れたものが、本当に民衆のためになるの か?  自分たちの郷土のなかに、もっといいもの、大事な財産があるのではないか?  賢明な民衆は、その一点を鋭く見極め始めている。 ◇  かつて私は、本格的な「地方の時代」の到来を展望して提言を行った。昭和 五十三年の十一月のことである。  この時、わが胸には、東北の天地で戦う、庶民の英雄の顔が浮かんでいた。  ゆえに私は、翌五十四年の年が明けると、懐かしき同志に会うために仙台へ走 った。  そして、宮城の新年幹部会の席上、「東北こそ『地方の時代』の先駆」と、 明確に宣言したのである。  また、折から『大白蓮華』に寄稿した巻頭言でも、私は、地方にあって独自 の気概を示した実例として、「東北の伊達家」をあげた。  「地方の時代」は、単に、中央と地方の格差を是正するといった次元にとど まらず」地域に生き抜く一人ひとりが主役となる、「地域の時代」であり、「民 衆の時代」でなければならない。 それはまた、民衆が倣慢な権力の魔力に惑わされ、引きずられていくような時 代を変える、深い「意識革命」をともなうものだ。  当時は、第一次宗門事件の渦中である。東北の同志は、宗教が権威を振りか ざす悪坊主の本性を見抜き、理不尽な圧迫に歯を食いしばって耐え抜き、必死 に戦っていた。  日蓮仏法は、民衆を師子に鍛え上げる。その師子と師子が「異体同心」のス クラムを組み、地域にがっちりと根を張ってこそ、創価の東北城は、盤石とな るのだ。  東北に、宮城に、不撓不屈の魂を持った、新たな民衆の大王国を築け!  そのために、私は"各人が一人立つ地域の勇者たれ"と訴え抜いたのである。 ◇  宮城は美しく、豊かだ。  東の海には絶景の松島か浮び、西の山には蔵王連峰が白雪に輝く。  杜の都・仙台には、広瀬川を眼下にして、私たちが忘れることのできない、 あの青葉城がある。恩師?学会は人材の城を築け?と郎野掛鮒を残した城跡であ る。  伊達政宗公が「百万石」の夢を馳せ、「民安国泰」の願いを込めた仙台は、 四百年の歳月を経て、東北六県の中心地として、隆々たる「百万都市」に発展 した。  私も、宮城野の東北文化会館を訪れるたび、仙台の隆昌に目を見張ってきた。  宮城には、近代的なオフィス街もあれば、古い城下町の風情もある。伝統的 な農漁村もある。にぎわう商店街もあれば、新興団地もある。  この人間の大地が、我らの活躍する大舞台である。 ◇  「地域広布」の第一歩は、誰がなんといおうが、自分が 「一人立つ」こと だ。  数世帯の小さな集落でも、マンションの同じフロアでも、あるいは地区やブ ロックのなかでもよい、「自分が地域の幸福の責任者である」との使命感に立 つことだ。  この「一人立つ」決意なくしては、エンジンなしに車を動かすようなものだ。  御義口伝には「此を去って彼に行くには非ざるなり」(御書七八一n)と仰 せである。広布の「使命の道場」とは、他のどこかではなく、自分が今いるこ の場所なのである。  そして、自分が地域の幸福を担うならば、友情の輪を広げることだ。それに は、自ら進んで挨拶を交わし、言葉を交わし、周囲の人びとの「友」になるこ とだ。  「声仏事を為す」である。  笑顔と対話こそ、我らの「心」と「哲学」の表現だ。友情と励ましの、人間 のネットワークを社会に広げることを、私たちは「広宣流布」と呼ぶ。  さらに、「地域広布」は、一個の人間として、信頼を勝ち得ることから始ま る。  それには、日常の振る舞いが最も大事である。一市民として良識ある行動を 心掛けていくことも当然であろう。  その上で、なんでもよい、「あの人は光っている」という実証を、自分らし く示していくことである。  お年寄りであれば、いつもかくしゃくとして元気であることそれ自体が、偉 大な折伏になっているものだ。  学会のなかで培った面倒みのよさで、内外問わず地域の相談役のような存在 になっている方々も多いだろう。  明るい家庭を築くこと、わが子を立派に育てあげること、地域に積極的にか かわること、仕事で勝つこと……見栄や格好でない、誠実に振る舞うその姿が、 揺るがぬ信頼を育んでいくのである。  ともあれ、一時の腰掛けのような姿勢では、本当の友情は築けないし、地域 の善さもわからない。どんと腰を据えてかかわることだ。  蓮祖は「(衆生の)心清ければ土も清し」(同三八四n)と仰せだ。  妙法が栄えれば、その国土も栄える。同志が活躍すれば必ず地域も繁栄する。  これが仏法の法理であり、立正安国の原理である。 ◇  戸田第二代会長が七十五万世帯の広宣流布に立ち上がった時、地方から真っ 先に折伏戦の狼煙(のろし)をあげたのは、仙台支部であった。  仏法は「時」を知らねばならない。戦うべき時に戦い、叫ぶべき時に、勇気 をもって正義を叫ぶ。師と共に戦いを起こした、その東北の福徳は絶大である はずだ。  この勇戦の決心こそ、この戦う青年の息吹こそ、東北の永遠の誓いとし、宮 城の伝統としていくべきである。  忘れずの山――蔵王連峰の「不忘山」のふもとに誕生した白石の東北記念墓 地公園を、私が初めて訪れたのは、平成二年の八月のことであった。  私は、ここで開催した本部幹部会で、不忘山の名にちなみ、「永遠の同志の 誓いを忘れるな!」と語った。  蓮祖は仰せである。  「まことに聞き受くる如くに大難来れども憶持不忘の人は希なるなり、受く るは・やすく持つはかたし・さる間・成仏は持つにあり」(同一一三六n)  まことの時に、信心を固く持ち忘れぬ人こそ、まことの時に断固と戦う人こ そ、人生の英雄であり、勝利者だ。  誓いは、果たしでこそ誓いである。  東北の同志よ、信義に厚き宮城の友よ! 今再び、勇気凛々、戦う時は来た!  偉大な民衆が、永遠不滅の完勝の祝杯をあげるために! 2003.1.31(金)掲載