随筆 新・人間革命 308 人間共和の理想郷・岩手 ―― 汝の原野に挑め! 時代を開け! ――  「わたしたちは一層新しい、一層力に満ちた世界へ、変化した世界のうえに 進出するのだ」  これは、岩手出身の詩人・富田砕花氏が訳された、ホイットマンの詩である。  「岸辺を下り、隘路を越え、山々の険峻をのぼって、 未知の路をわたした ちは行きながら征服し、占領し、敢行し、危険を冒す、 開拓者たちよ! お お、開拓者たちよ!」  私も青春時代、この詩を、高鳴る鼓動をもって、幾度も詠誦したものであっ た。  立春を過ぎてもなお、今は、北国の同志にとって、最も厳しく、辛い寒雪の 季節だ。  しかし、大変な時にこそ、「さあ来い!」と、満々たる闘魂を燃やして戦い 勝ってきたのが学会魂である。  これが、わが栄光の岩手の同志の心意気だ。 ◇  「岩手は岩手らしく、希望と開拓″をモットーにして進もう!」  昭和四十七年の七月十四日――私は、記念撮影会のために、盛岡の県営体育 館に集った三千六百人の友に、万感の思いで、こう呼びかけた。  風雪に耐え抜いた岩手の天地から、二十一世紀の広宣流布の新しき流れを巻 き起こすのだ。私は、この日、愛する大岩手の新出発が本当に嬉しかった。  「希望」は、いずこより来るか。  それは「必ず勝つ」「必ずこうしてみせる」という強きー念から起こる。自 分の思いこそが未来を創る。「未来の果」は、「現在の因」に納まっているか らだ。  そして「開拓」とは、自分自身への挑戦だ。  人は、誰でも未踏の原野をもっている。それも、どこか遠い彼方ではなく、 ごく身近にあるものだ。  苦手だからと、つい避けてきた課題。先入観から「どうせだめだ」と締めて きたり、「いつかやろう」と思いながら、いつも後回しにして手つかずだった 問題……。  最も手強い壁は、実は心の中にある。ゆえに、勇気をもって自分と向き合い、 「自己拡大の戦い」「人間革命の戦い」を起こすことだ!  「汝自身の原野」に雄々しく挑め! その人こそ、最も勇敢なる開拓者であ る。 ◇  わが岩手の同志は、「団結」の二字で、勝利の道を開いてきた。  岩手には、大いなる「宇宙への窓」がある。  国立天文台「水沢観測センター」では、電波望遠鏡を使って銀河系の三次元 地図を作る「VERA(ベラ)計画」が進んでいる。  望遠鏡のアンテナの直径(口径)は二十メートルと決して大きくはない。だ が、これを、小笠原の父島、鹿児島、沖縄の石垣島に同じく設置されたアンテ ナと組み合わせると、実に直径二千キロのアンテナに匹敵する結果が得られる という。  その威力は、なんと月の上に置いた「一円玉」が見分けられるほどで、これ までの百倍以上の精度で観測できるようになる。  団結の力も、まさに、このようなものではないだろうか。それは、単なる「足 し算」ではない。何倍何十倍にも威光勢力を増す「掛け算」なのである。  蓮祖は「異体同心なれば万事を成し」(御書一四六三ページ)と仰せだ。  決然と立ち上がった勇者の強き結合のなかにこそ、不可能を可能にする、驚 嘆すべき未曾有の歴史も輝きわたる。  自らも悩みと格闘しながら、友の悩みをわが苦として必死に題目を送り、励 まそうと、吹雪のなかに飛び出して行く――これが、岩手の勇者の熱き心意気 であった。この精神こそが、固い固い同志の絆を育んでいったのだ。  仲の良い、和気あいあいとした団結の姿は、それ目体、人間共和の縮図であ る。  この団結のなかにこそ、「境涯革命」がある。利己主義や自分本意の我見で は、皆と心を合わせることができないからだ。ゆえに、団結できるということ は、自身のエゴに打ち勝った人間勝利の証なのである。 ◇  昨年、皆様の祈りに包まれてオープンした、みちのく記念墓地公園″から 望む水沢市一帯には、民衆の「団結」の歴史が眠っている。  時は延暦八年(七八九年)のこと。豊饒なる東北に支配権を伸ばさんと、都 の将軍・紀古佐美の率いる約五万三千人の大軍が集結した。  この時、民衆の抵抗戦を指揮したのが、胆沢地方の族長アテルイであった。 昨年は、彼の「没後千二百年」にあたっていた。  北上川に沿って攻め来る、選り抜きの戦闘部隊を迎え撃ったアテルイ軍は、 わずか二千人。しかし、神出鬼没の猛攻で、敵の精鋭を蹴散らし、圧勝したの である。  史書に名を残す「巣伏の戦い」である。その古戦場は、私たちの水沢文化会 館にも、ほど近いようだ。  当然、地の利を活かした優れた作戦もあろうが、根本の勝因は、郷土を愛す る勇者たちの「鉄の団結」ではなかったか。  御書に引かれた、周の武王が八百人の団結をもって七十万騎の殷軍を破った 故事を目の当たりにするような、赫々たる大勝である。都の傲れる貴族たちを、 あっと驚かせたにちがいない。 ◇  今や「六分県」に発展した岩手は、いわば「六頭の師子王」が一丸となり、 師子奮迅の大力で驀進する。  頑張れ! 全国の友が皆様の前進を瞠目して見つめ、圧倒的な勝利を祈って いる。  妙法の闘将たる我らの武器――それが正義の言論だ。  「日蓮が一門は師子の吼るなり」(御書一一九〇ページ)である。  悪は断じて責めねばならぬ。悪と知りながら目をつぶることは臆病であり、 無慈悲以外の何ものでもない。  「彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり」(同二三六ページ)とは創価の 父・牧口先生が常に語られた一節である。  正義は叫び抜かねばならない。声を大にして、声も惜しまず、内にも、外に も、堂々と語るのだ。いな、師子吼するのだ!  御本尊の大功徳を、広布の使命に生きる喜びを、わが同志の敢闘を、そして 学会の正義と真実を!  「法華経の功徳はほむれば弥功徳まさる」(同一二四二ページ)と、大聖人 は教えてくださっている。  自分が叫んだ分だけ、幸福の拡大、友情の拡大、栄光の拡大があり、わが身 に無量の大功徳が噴き上がるのだ。 ◇  昭和三十五年、第三代会長に就任し、世界広布の戦いを開始した私と共に、 わが岩手の同志たちは、心一つに敢然と立ち上がってくれた。  それが「岩手支部」の晴れの出発であった。  戦う勇気がある限り、不二の磁力で結合した師弟の魂は、常に一体である。  広布を誓った共戦の師子の絆は、誰人も切ることはできない。  「諸君よ 更にあらたな正しい時代をつくれ」(「生徒諸君に寄せる」)と、 岩手が生んだ宮沢賢治は歌った。  今、我らの陣列には、「新しき世紀」を創る、偉大なる熱と力が漲っている。  今日も、また明日も、同志と勝鬨をあげながら、共々に築こうではないか!  強き民衆の岩手城を!  世界第一の理想郷を! 2003年(平成15年)2月20日(木)SP掲載