新・人間革命  羽ばたき 二十六 (2921)  世界中の同志が待ちに待ったその日は、天高く見事な快晴であった。  一九七二年(昭和四十七年)十月十二日――。  総本山大石寺に建立寄進される正本堂の、完成奉告大法要が行われたのである。  富士の山肌は青紫に映え、頂の白雪が王冠の如く輝いていた。  その富士を背景に、堂々とそびえ立つ白亜の正本堂は、今まさに羽ばたかんと翼を広げ た、鶴の英姿を思わせた。  正面には大理石の巨大な円柱が立ち並び、妙壇(本堂)に入ると、美しい羽模様の天井 が広がっていた。  荘厳であった。雄大であった。誰もが、その威容に目を見張った。  正午前、開式が告げられ、読経が始まった。  六千人の参列者の声が一つになつて、力強く堂内に響いた。  どの顔も、晴れやかであった。どの顔も、歓喜に燃えていた。  参加者のなかには、飛行機をチャーターするなどして来日した、海外五十カ国・地域の メンバーの姿もあった。  読経、日達法主の「慶讃文」に続き、臨華講総講頭で正本堂建立の発願主である山本伸 一の「慶讃の辞」となった。  モーニングに身を包んだ彼は、大御本尊が安置された須弥壇の下まで進み出た。  そして、大御本尊を見上げると、「慶讃の辞」を語み始めた。 「我等一同、唯今、凡愚の六根を整え、六千一会の信徒同心に襟を正し、此処妙壇宝塔に 安置し奉る、事の一念三千、一閻浮提総与、本門戒壇の大御本尊を拝し……」  伸一の声が、朗々と響き渡った。  満座の参列者は、しわぶき一つせず、じっと耳を傾けている。 「……抑も正本堂建立の念願は、二代戸田城聖会長に由来して、真の遺訓を汲みて山本伸 一是れを構想、去る昭和三十九年五月三日創価学会第二十七回総会に於て此れを発議。大 方の讃同を得て御法主日達上人睨下に誓願申し上げ、その欣諾を賜わりて決定致せし所の 願業なり……」  伸一は、感慨無量であった。  彼の胸には、恩師である戸田の遺言を、実現することができた喜びが満ちあふれていた。 名字の言 2004.11.9 ▼「建前なんか捨てて、本音で生きよう」と、人はしばしば口にする。それに対して、ジ ャーナリストの花森安治は「建前と本音というが、建前は通すべきである。本音とは弱音 のことだ」と指摘した ▼花森のいう「建前」とは、自らの日常を律する規範。「本音」とは、ついポロリとこぼ れ落ちるグチや不満……。日本人のそんな心の内側を、花森は鋭く見抜いたのだろう ▼本音が弱音″になってしまうのは、心が後ろ向きだからにちがいない。逃げ腰ならば、 ちょっとした困難もグチの種になりがちだ。建前が窮屈に感じられるのも、いやいや従わ ねばならぬ外的規範″と受け止めているからだろう。そもそも、建前と本音に二極分解 している心の状態こそが、問題なのではないか ▼学業にしろ仕事にしろ、人は責任をもって成し遂げねばならぬ課題がある。それに全魂 をもって、真正面から立ち向かうとき、人は思いも寄らぬ新しい力″を、自らの内に発 見することだろう ▼「君の眼差を内側に向けたまえ、そうすれば君の心の中に/未発見のあまたの領域が、 /きっと見つかるはずだ」(W・ハビングトン、酒本雅之訳)――。新しい自分″を目 指して、弱音を吹き飛ばし、心のパワー全開の日々を! (順) 北斗七星 2004.11.9 ◆「読み聞かせ」を行う時に大人が注意しなければならないのは、子どもに@「この本ど うだった?」などと感想を求めないA余計な説明や勝手な解釈を加えないBしつけや説教 のために用いない ◆先日、公明党女性委員会「子ども読書運動プロジェクトチーム」が開いた講座での、東 京都足立区立中央図書館児童係長の山口ふみ子さんのアドバイスである ◆いずれも良かれと思い、ついやってしまいそうな過ちである。これを間違えると、せっ かくの「読み聞かせ」も、子どもは大人からの押し付けや強制と受け取ってしまう。それ が因となり、その先、本嫌いになってしまう子どももいるからご用心 ◆学校現場で「朝の読書運動」を推進している全国朝の読書連絡会会長の林公さんが教師 や親に注意を喚起している点も、@子どもに本が読めるように教え込むことが朝の読書で はないA子ども自身が選んだ好きな本を自由に自分のペースで読むのが大事B子どもにと って読みたくもない本を強制されるといった事態は絶対に避けること、である ◆「読み聞かせ」も「朝の読書」も主役は子どもたち。さし絵を見つめ話に真剣に聞き入 ったり、胸をワクワクさせて筋書きを追っている時に、情感や夢が育まれているのだろう ◆本は心の栄養源。大人の不注意で、子どもの心を栄養不足にしてはならない。 (流) ☆「わが友に贈る」☆ 「年は・わかうなり 福はかさなり候べし」 挑戦の人は いよいよ若々しい! ますます生き生き!