2004.11.16SP 第29回SGI総会 第43回本部幹部会 第4回四国総会でのSGI会長のス ピーチ ―― 世界一の同志とともに 広宣の人生を生き抜け! ―― ◆《11・18》栄光の創立の日《11・12》女子部の日 おめでとう ◆◆◆大胆に動け 勇敢に語れ ◆◆変化の時代はチャンスの到来 嵐に打ち勝つ「人間」をつくれ 【名誉会長のスピーチ】  一、皆さん、ご多忙のところ、大変にご苦労さまです。きょうは、わが家に いるような、ゆったりとした気持ちで、楽しくやりましょう!  四国の皆さん、遠くから、本当によく来てくださった。  四国総会の開催、おめでとう! (大拍手)  四国の同志は、広宣流布へ、よく戦った。近年、まれに見る前進の歴史をつ くった。  聖教の拡大も見事であったし、正義の対話も大きく広げてこられた。  東京の同志も、四国の活躍を刮目(かつもく)して見つめ、「四国から広宣 の火の手が上がった!」「猛然と四国が立ち上がった! 」と皆さまに惜しみな い喝采(かっさい)を送っている。  本当にご苦労さまです! (大拍手)    一、SGI(創価学会インタナショナル)の各国の同志の皆さま方も、遠く 海外から、ようこそ、お越しくださった。  晴れやかなSGI総会の開催、おめでとう! (大拍手)  SGIの皆さまは、それぞれの国や地域の大発展のため、またSGIの大興 隆のため、休むことなく奮闘してくださっている。大変な環境のなかで信頼と 友情を大きく広げゆく皆さま方に、心から感謝申し上げたい!(大拍手) ◆◆「新潟頑張れ」「中越負けるな」 ◆聖教新聞を友のもとへ 偉大なる『無冠の友』に感謝 ■無事安穏を祈る  一、また新潟県中越(ちゅうえつ)地震の深刻な被害に対して、改めて心か らお見舞い申し上げたい。  本当に大変だった。辛かったことでしょう。  私も一日も早い復旧を祈り、毎日、お題目を送っています。新潟の皆さんの 健康と無事安穏を祈っております。  また、金子信越長、森本信越婦人部長を中心に、救援や復旧の活動に尽力し てこられた尊き皆さま方の労苦(ろうく)を、心からねぎらい、讃えたい。本 当にありがとうございます(大拍手)。  さらに、自ら被災(ひさい)し、避難生活を強(し)いられるなか、わが同 志が厳然と立ち上がり、聖教新聞の配達に懸命に努力してくださったことも、 詳細に報告を受けている。  私は妻とともに、その様子をうかがい、熱い涙があふれた。なんと素晴らし き学会精神か。なんとありがたき同志か。  私は、偉大なる「無冠の友」に「本当にありがとうございます」「毎朝の戦 い、本当にご苦労さまです」と心から感謝申し上げたい(大拍手)。  山古志(やまこし)村や、川口町、小千谷(おぢや)市、長岡市、見附(み つけ)市、十日町(とおかまち)市、栃尾(とちお)市、魚沼(うおぬま)市、 越路(こしじ)町、小国(おぐに)町など、とくに大きな被害に遭(あ)われ た地域の皆さま、どうか、風邪などひかれませんように。私も、妻も、真剣に お題目を送っております。「絶対に風邪をひかない」との祈りが根本です。 ■変毒為薬(へんどくいやく)できる  一、時間が経つとともに、被害の大きさが明らかになった。まだ余震も続い ており、将来への不安や、復興へのご苦労も、並々ならぬものがあるに違いな い。  しかし、何があろうとも、必ず「変毒為薬」できる信心である。  大変なことが起きたときこそ、「大善(だいぜん)きたる」(御書1300 ページ)の大功徳を受けられるチャンスなのである。  <「変毒為薬」とは「毒を変じて薬と為す」の意。日蓮大聖人は、この文を引 いて「災(わざわい)来るとも変じて幸(さいわい)と為らん」(同979ペ ージ)と仰せである>  皆で、新潟の同志に、「新潟、頑張れ! 」「中越、負けるな! 」と声援を 送りたいと思うが、どうだろうか!(大拍手)  〈SGI会長の提案で、全国・世界から集った参加者が、「新潟、頑張れ!」 「中越、負けるな! 」「みんなで健康を祈っています! 」と、大きな声で唱 和。新潟の同志に届けとの、熱い思いを込めた声援に、参加していた新潟の代 表が、「ありがとうございます!」と〉  この本部幹部会の衛星中継は、被災地の各会館でも行われる。  新潟の友は、今の声援を聞いて、きっと喜んでくださっているだろうと思う。 これが、「同志」なのである。  きょうは、新潟、信越の代表も来てくださっている。地元に帰ったら、皆さ まに、くれぐれもよろしくお伝えいただきたい(大拍手)。  一、現在、私が対談集を進めているイギリスのロートブラット博士からも、 お見舞いの伝言が届いた。  つい先日、96歳になられた博士は、世界的な平和の指導者であり、大科学 者である。 〈パグウォッシュ会議名誉会長。ノーベル平和賞受賞〉  その博士が、新潟の皆さまのことを深く心配され、ただちに、「心からお見 舞い申し上げます」と、真心こもる言葉を贈ってくださった。深く感謝申し上 げるとともに、皆さまに代わって、「新潟の同志は元気です!」と伝えさせて いただきたい。 ■仏法は勝負! 断じて勝て!  一、戸田先生は、青年たちに厳しく言われた。  「世間は評判。国法は賞罰。仏法は勝負」と。  世間は評判である。  評判が良いか悪いか。これに左右されるのが世間である。しかし所詮、評判 など幻にすぎない。信用できない。それに、いちいち紛動(ふんどう)されて、 自分を見失っては、あまりにも愚かである。  国法は賞罰である。  その行為に応じて、ある人は賞を受け、ある人は罰せられる。これも一次元 の評価であり、本当の幸不幸とは直結しない。  仏法は勝負である。  人生の勝負を決するために仏法はある。あらゆる困難に勝ち、試練に勝ち、 宿命に勝つ。そのための仏法であり、幸福になるための信心である。  仏法は、三世永遠にわたる法則である。だれ人も逃(のが)れられない。厳 粛なる生命の勝敗を決する力なのである。  私たちは、この日蓮大聖人の仏法に生き抜いて、断じて勝ちましょう! (大 拍手) ■自分から願って同志になった!  一、きょうはドイツからも、尊き同志が来てくださった。  16世紀 ―― ルネサンスの花咲くドイツで、冶金(やきん)学者、医師と して活躍した人物に、アグリコラがいる。〈1494?1555年〉  とくに鉱物学者として有名であり、「鉱物学の父」とも呼ばれた。鉱業の全 体を網羅(もうら)した書『デ・レ・メタリカ』を著し、後世に大きな影響を 与えた。市長を務めたことでも知られている。  「優れた友人は、金と銀とにまさる」 ―― これは、アグリコラの言葉と言 われている。  多くの哲学者や著名人も、そう述べている。  いわんや、仏法の「同志」のつながりが、どれほど深いものか。  私たちは、広宣流布の誓いを果たすために、自ら願って、「同志」になった。 今いる国に、今いる地域に、それぞれが自分にしかない尊き広宣の使命を持っ て生まれてきたのである。  わが同志の生命のつながりは、三世に永遠である。なによりも深い縁(えに し)の絆なのである。  一、イギリスの誉れの同志も元気に集(つど)ってくださった。本当に、ご 苦労さま!  18世紀イギリスの代表的な作家であり、「文学界の大御所」と讃えられた 詩人サミュエル・ジョンソンを、ご存じだろうか。〈1709?84年〉  幼いころから病気を患(わずら)い、貧困な生活を送った。しかし、困難に 屈することなく、剛毅(ごうき)なる精神で真実を探求した人道主義者であっ たと評価されている。  『英語辞典』の編さんや、洞察力に富んだエッセーでも有名である。  彼もまた謳(うた)った。  「人生には友情よりも気高(けだか)い歓びはない」  わが「創価の同志」の友情ほど、尊いものはない。強いものはない。偉大な ものはない。  ときには、組織の人間関係を窮屈(きゅうくつ)に感じ、自分、一人でやる ほうが、気楽でいいと思うこともあるかもしれない。  しかし、一人きりで仏道修行はできない。それでは、どうしても自分勝手な 方向へと進み、正しい成仏の軌道(きどう)から外れてしまう。  だからこそ、仏法のため、正義のため、平和の実現のために、ともに進んで いく和合(わごう)の組織が必要なのである。  広布の同志とともに生きる人生こそ、最高の「善の道」であり、最極(さい ごく)の「幸福の道」である。 ■語り合うほど生命が躍動  一、私が、20世紀の大歴史学者であるトインビー博士とお会いしたのは1 972年の5月であった。  博士のご自宅は、ロンドンのアパートの5階にあった。妻と一緒にエレベー ターで上がると、博士ご夫妻が両手を広げて迎えてくださった。  私どもの訪問を本当に喜んでくださり、「ようこそ! 」「どうぞ、どうぞ」 と家の中を隅(すみ)から隅まで案内してくださったのである。  当時、博士は83歳。私は44歳であった。しかし博士は、若い私に対して、 最高の礼儀をもって接してくださった。今も忘れられない。  対談は翌年の5月にも行われ、40時間におよんだ。  この対談は、博士から、人類の直面する基本的な諸問題について語り合いた いとの手紙が、私あてに寄せられたのが、始まりだった。しかし博士はすでに 高齢で持病を患(わずら)っており、日本へは行けないので、ぜひ私をロンド ンへ招待したいとのことであった。  実際にお会いし、語り合えば語り合うほど、博士はお元気になられるようで あった。博士の頭脳が、生命が、躍動していくようであった。  現在、トインビー博士との対談集(邦題(ほうだい)『21世紀への対話』) は世界24言語で出版されている。まもなくセルビア語版が発刊の予定である。 ロシア語版などの出版の準備も進められている。 ■熱意で勝て  一、世界の識者にお会いすると、"トインビー対談"への感銘を語ってくだ さる方が多い。  本年、中国の大手書店(三聯書城〔さんれんしょじょう〕)が、「この20 年で、中国に最も大きな影響を与えた100冊」を選んだ。その中にも、この "トインビー対談"が入っていた。  対談が終わった時、トインビー博士は私たちに食事を振る舞ってくださった。 そして、こう言われた。  「私は世界のいくつかの大学から名誉博士を贈られています。あなたは必ず 私以上に、世界中から名誉博士号を贈られるようになるでしょう」  励ましのお言葉と受けとめたが、それから30余年、私はこれまでに、世界 の大学・学術機関から166の名誉博士等の栄誉を拝受(はいじゅ)した。  小さな日本ではなく、世界から、これほどの評価をいただいた。すべて皆さ まを代表しての栄誉である。  一、トインビー博士の言葉に、こうある。  「なにごとも、熱意をもたないかぎり、立派な仕事はできません」(『未来 を生きる ―― トインビーとの対話』毎日新聞社)  博士のモットーは「さあ、仕事を続けよう」であった。   熱意がなければ、何事も成就することはできない。皆さんは、熱意をもって 集ってこられた。熱意をもって、広宣流布のため、友のために進んでおられる。 立派なことである。  こうした皆さんの行動は、福運となり、功徳となって、わが身を飾っていく。 すべて自分自身のためである。皆さんが人生の勝利者となりゆくことは、間違 いない。 ■世界の友が「創立の日」を祝福  一、きょうは、学会の創立記念日(11月18日)の祝賀の意義も込めた集 いである。  幾多の世界の友人たちも、"創立の日、おめでとう"と心から祝福してくだ さっている。  その一人がゴルバチョフ元ソ連大統領である。  ゴルバチョフ氏は、これまで創価大学で記念講演(93年)をしてくださり、 関西創価学園も訪問(97年)してくださっている。  ライサ夫人とも、私たち夫婦は親しくお付き合いさせていただいた。立派な 方であった。  5年前、夫人が亡くなられた時には、友人として最大の励ましを送らせてい ただいた。氏は、ご家族にも支えられ、世界を舞台に厳然と活躍されている。 これ以上の喜びはない。  ゴルバチョフ大統領との最初の出会いは、1990年7月27日の朝の10 時30分。場所は、モスクワのクレムリンにある最高会議幹部会会館の会見場 であった。  この前年の89年に、ゴルバチョフ大統領は米ソの冷戦を終結させた。〈1 2月、地中海のマルタ島でアメリカのブッシュ大統領とともに、「冷戦終結」 を宣言〉  当時は、ゴルバチョフ大統領の訪日が本当に実現するのか、また、実現する とすれば、それはいつなのかが、日本にとっても、国際的にも重要な問題とな っていた。〈ゴルバチョフ大統領が91年に訪日する意向であることは日本側 に伝えられていたが、その時期は明確になっていなかった〉  若い皆さんは、当時の状況は、よくわからないかもしれない。しかし、未来 のために、ありのままに伝えておきたい。  私との会談の席上、ゴルバチョフ大統領は、91年春に日本を訪問する意向 を明確に表明された。"ゴルバチョフ大統領、来春、訪日" ―― これは世界 的なニュースとなり、日本の夜7時のNHKニュースも大きく報じた。各局の テレビも報道した。  今でもゴルバチョフ氏とは深い友情で結ばれている。  〈SGI会長とゴルバチョフ氏は、これまで8度の出会いを重ねてきた。二 人の語らいは対談集『20世紀の精神の教訓』に結実。世界の7言語で発刊さ れている〉 ■「ソ連は中国を攻撃しません」  一、ソ連のコスイギン首相との会見も、思い出深い。  〈1974年、SGI会長の初訪ソの最終日である9月17日、クレムリン で〉  当時、私は46歳。首相は70歳であった。  コスイギン首相は私に、「あなたの根本の思想は何ですか」と聞いてこられ た。  会見には、大勢の人が同席していた。私は、間髪(かんぱつ)を入れずに答 えた。  「平和主義であり、文化主義であり、教育主義です。その根底は人間主義で す」  仏法の思想を、仏法の言葉を使わずに申し上げたのである。  首相は、"なるほど"と納得した様子であられた。〈コスイギン首相は、「こ の原則を高く評価します。この思想を私たちソ連も実現すべきです」と応じた〉  また私は、コスイギン首相に率直に質問した。  「ソ連は中国を攻めるつもりがあるのですか」  じつは、このソ連訪問の直前、私は中国を訪れていた(74年5、6月)。 人々は、地下に防空壕を掘っていた。  "ソ連が攻めてくるかもしれない"と、脅威を感じていたのである。中国の 10億近い民衆が、中ソ対立の影に不安を抱いていた。  私の問いに、コスイギン首相は答えた。  「ソ連は中国を攻撃するつもりも、孤立化させるつもりもありません」  「それを中国の首脳に、そのまま伝えてよろしいですか」  「結構です」  そして私は、このソ連の意向を中国の要人に伝えた。  私の両国訪問に対しては、さまざまな批判や中傷があったが、何と言われよ うと、世界の平和のために行動する信念であった。  〈コスイギン首相の令嬢・グビシャーニ女史は後年、こう振り返っている。  「会見の日、父は『今日は非凡で、非常に興味深い日本人に会ってきた。複 雑な問題に触れながらも、話がすっきりできてうれしかった』と語ってくれま した」  SGI会長は74年12月に中国を訪問し、周総理と会見。さらに翌75年 5月には、コスイギン首相と2度目の会見を行った〉  一、ともあれ、対話は、率直に、明快に語ることだ。  どうか皆さまは、"対話の達人"となり、模範のリーダーとなっていただき たい。  機転が利かない。知恵がわかない。愛情がない。話がおもしろくない。信用 できない ―― そうしたリーダーでは、皆が、かわいそうである。  いわんや学会のリーダーは、本来、最高の賢者であらねばならない。  どんな人とも、立派に対話し、納得させ、喜んでもらう。理解と共感を広げ ていく。そうでなければ、真の指導者とは言えない。  どうか、リーダーの皆さんは、打てば響くような反応と、人々の心をつかむ 名指揮をお願いしたい。 ■女子部こそ「学会の宝」  一、きょうは、各地から花の女子部が集合された。あす11月12日は「女 子部の日」。おめでとう!(大拍手)  井桁(いげた)SGI女子部長、館野(たての)女子部長をはじめ、女子部 の皆さんは、本当によく戦っておられる。きょうも遠くから集ってこられた。 折伏に、学会活動にと、懸命に走る皆さんの姿は、本当に尊く、健気(けなげ) である。  一家も社会も、国家も世界も、その将来は、女性で決まる。  男性を聡明にリードし、次の世代を育(はぐく)んでゆくのが女性であるか らだ。この方程式は、学会も全く同じである。  女子部は「学会の宝」なのである。  戸田先生は、徹底して女子部を大事にされた。私も、同じ心で女子部を励ま してきた。  一人も残らず、絶対に幸福になってもらいたい。  恋愛や結婚についても、落ち着いて自身を、相手を見つめ、両親や信頼でき る先輩・友人と、よく相談していただきたいと思う。  両親を悲しませ、自分自身も傷つけるような生き方であってはならない。自 分で自分を守らなくてはいけない。女子部の皆さんは、どこまでも賢明に、自 分を大切にしていっていただきたい。  一、あす(12日)はいよいよ、待望の新・創価女子会館の起工式である(大 拍手)。  皆が伸び伸びと、誇りに満ちて集い合える。だれを招いても、「どうです!」 と胸を張れる。そういう立派な「幸福の王国の城」をつくりたい。  完成は2006年春の予定である。それを楽しみに、元気に進んでください。  その時には、もう婦人部になっている人もいるかもしれないが(笑い)、き ょう集われた代表の方は、ぜひ見学に来ていただきたい(大拍手)。 ■殉教60年の栄光  一、全国、全世界の尊い同志の皆さま!  私たちの、勝利と栄光の「創立の日」は目前である。  学会は、御聖訓の通りに戦ってこられた皆さま方の「勇敢なる闘争」と「真 剣なる努力」によって、今や世界一の団体となった。ありがとう!(大拍手)  きょうは世界65カ国・地域から、偉大なる広宣流布の指導者が集まり、大 変に意義ある、祝賀の儀式となった。本当にうれしい。  一、私が対話を重ねてきたアメリカの大経済学者、レスター・サロー博士は、 鋭くこう論じておられる。  「偉大な変化の時代、つまり人類の歴史における過渡期は、多くの未知なる 領域、そして、多くの新しいチャンスを提供する」  「(未知の航海に挑(いど)む時)最も重要な問題は、計り知れないほど獰 猛(どうもう)な嵐にも耐える船を造ることである」(島津友美子訳、『経済 探検 未来への指針』たちばな出版)  嵐にも揺るがぬ船を! ―― 私どもも、どんな人生の波浪にも耐え得る自分 自身をつくることだ。  たとえばスポーツの世界でも、厳しい訓練に耐えてこそ、一流の選手となれ る。簡単なことではない。人生も、仏法も、同じである。ただ漫然と生きるだ けでは、偉大な勝利者にはなれない。  三障四魔、三類の強敵に耐えて戦ってこそ仏になれると、仏法では教えてい るのである。  大事なことは、「異体同心」に徹することである。 「体同異心(たいどう いしん)なれば諸事成ぜん事かたし」(御書1463ページ)と仰せの通りで ある。  一、今月は、牧口先生の殉教から満60年。  きょうは、牧口、戸田両先生のご家族も出席されている。  牧口先生は、老齢の身でありながら、迫害に耐え、戦われた。厳然と創価学 会を守ってくださった。  〈1943年7月6日、治安維持法違反、不敬罪(ふけいざい)の容疑で戸 田第2代会長と同じ日に逮捕。特高(とっこう)刑事、思想検事の厳しい尋問 に対しても、堂々と仏法の正義を主張し、看守をも折伏した。44年11月1 8日午前6時過ぎ、東京拘置所の病監(びょうかん)で逝去。享年73歳であ った〉  そして、牧口先生、戸田先生が創立された学会は、今や、いかなる「獰猛な 嵐」にも微動だにせぬ、金剛不壊(こんごうふえ)の「人類の希望の大船」と なった。「城」となった。「要塞」となった。  創価学会は勝ったのである(大拍手)。  ともあれ日本は、順調な時代を過ぎ、乱世に入ってきた。かつて繁栄を誇り ながら、衰亡していった組織・団体も多い。  そうしたなか、創価学会は、厳然と発展し、前へ進んでいる。  変化の時代にあって、大胆不敵に、勇気と智慧で、新しいチャンスをつかみ、 幸福の道をつかみとっていく根本の力は何か。それが御本尊であり、福運を積 みゆく信心であることを忘れてはならない。 ◆◆仏法の人間主義を人類は待望 ◆《「ガンジー・キング・イケダ」展を提唱したカーター所長》    「創価の宝の思想を世界に広めたい」 ■世界を覆う(おお)"国家主義の毒"に対抗  一、現在、"ガンジー・キング・イケダ展"が、世界各地で開催されている。  同展は3年前、アメリ力公民権運動の指導者であるキング博士の母校、アメ リカの名門・モアハウス大学キング国際チャペルのカーター所長が企画された ものである。  アメリカのカリフォルニア州では現在、約70の公立の小・中学、高校で、 "100万人のガンジー・キング・イケダ展"として巡回展示されている。  これまでにも、展示を行った学校からは、「いじめや暴力が、半分に減りま した」「子どもたちの平和への意識が、格段に向上しました」などと、喜びと 感謝の報告が寄せられてきた(大拍手)。  カーター所長は、私どもの進めている人間主義の運動に対して、次のように 強い信頼を寄せてくださっている。  「池田会長が進める運動は、人間の尊厳を尊び、平和と地域社会の価値を宣 揚(せんよう)するものです。その地球規模の運動は今や、あらゆる社会のす みずみにまで広がっております。それは前代未聞の規模であり、まさに世界を 覆う孤立主義・排他主義・国家主義の毒に対抗するために、人類が最も必要と する"解毒剤"といえましょう」と。  創価の運動こそ、人類が求める"良薬"だと言うのである。  さらにカーター所長は述べておられる。  「(同展に対して)世界がこのように高い関心を払うのは、(ガンジー、キ ングという)二人の平和の巨人とともに、池田会長の思想を世界が求めている 証左(しょうさ)でありましょう。この高貴にして最も貴重なる"宝の思想" を、今後とも世界の民衆のために広めていきたいと、私は熱願(ねつがん)し ております」(今年の5・3「創価学会の日」に寄せたメッセージ)  過分な評価であるが、皆さまの励みになればとの思いで紹介させていただい た。  これが"世界の眼"であり、"本物の良識の声"である(大拍手)。 ◆「悪口罵詈」は正義の証! 難があるから仏になれる ■雨のごとく 雷(いなづま)のごとく  一、きょう11月11日は、文永元年(1264年)、大聖人が「小松原の 法難」に遭われた日である。  740年前の、この日の夕刻。  安房の国、東条の郷の松原大路(まつばらおおじ=現在の千葉県鴨川市)で、 大聖人と10人ほどの弟子たちに対して、地頭の東条景信(とうじょうかげの ぶ)と、武装した暴徒たちが襲いかかった。その数は御書に「数百人」(14 98ページ)と記されている。  「い(射)るや(矢)はふ(降)るあめ(雨)のごと(如)し・う(討)つ たち(太刀)はいなづま(雷)のごとし」(同ページ)という、すさまじい襲 撃であった。  弟子の一人がその場で殺され、さらに二人が重傷を負った。  大聖人ご自身も斬りつけられ、「もはや、これまで」(同ページ、趣意)と 仰せの状態であった。左腕を骨折され、右の額に四寸(約12センチ)の傷を 負われたといわれている。  しかし大聖人は、法難のわずかーカ月後に、病気で苦しんでいる、南条時光 の父を励ますために、長文の御手紙を送られたのである(南条兵衛七郎殿御書)。  同書のなかで大聖人は、この法難が、「猶多怨嫉 況滅度後」(ゆたおんしつ・ きょうめつどご=仏の滅後に法華経を弘めると、在世よりもさらに多くの怨嫉 が起こる、という意味)との法華経の経文に符合していることを示され、さら に、「日蓮は日本第一の法華経の行者なり」(御書1498ページ)と高らか に宣言された。  広宣流布の途上において罵詈・罵倒(めり・ばとう)される人が、仏になれ るのである。  広布の戦に徹し抜く人は、永遠に福徳豊かで、健康な、仏と同じ生命で生き ていくことができる。そのための信仰である。  いかなる迫害も恐れず、生きて、生き抜くための信仰である。  リーダーである皆さんは、大勢の人を励ましながら、勇敢に広布の指揮を執 って、最高の幸福の道を生き抜く人生であっていただきたい。 ■強敵と戦って人は成長する  一、また大聖人は、迫害を加えた者たちについて、次のように仰せである。  「釈迦如来のためには、提婆達多こそ第一の善知識であった。今の世間を見 ると、人を良くするものは、味方よりも強敵が人をよく成長させるのである」  「日蓮が仏になるための第一の味方は、(大聖人を憎み、命をねらった)東 条景信であり、僧侶では(権力と結託し、大聖人を陥れようとした)極楽寺良 観、建長寺道隆、道阿弥陀仏であり、また(権力を発動して大聖人を迫害した) 平左衛門尉、北条時宗殿である。  彼らがおられなかったならば、日蓮はどうして法華経の行者になれたであろ うかと悦(よろこ)んでいる」(同917ページ、通解)  迫害を加える者がいるから、信心に磨きがかかる。難に勝ってこそ、成仏で きる。  この、大聖人が身命を賭して体現してくださった、厳粛な仏法の道理を、心 に深く刻んでいただきたい。  一、「悪口罵詈」「猶多怨嫉」。これは、法華経の行者の証明である。  広宣流布に邁進(まいしん)しゆく我らは、この方程式に則(のっと)って いるわけなのである。  御聖訓通りに前進するなかにあって、難は仏になりゆく瑞相(ずいそう)で あると、勇気をもって受けとめていただきたい。  大聖人は「難来(きた)るを以て安楽と意得可(こころうべ)きなり」(同 750ページ)と教えられた。  永遠の勝利の生命である「仏」という大境涯を勝ち取るために、「悪口罵詈」 「猶多怨嫉」の難との戦いがあるのだ。 ◆◆明年はSGI発足30周年 未知な君地を開いた功労者を顕彰 ◆広島の中国平和記念墓地公園に銘板を ◆ SGIの若き指導者の皆さん ―― 21世紀の『勝利の歴史』を綴れ ■広布の英雄  一、明年は、SGI(創価学会インタナショナル)が発足して30周年であ る。  このほど、海外の功労者の代表のお名前を、広島の中国平和記念墓地公園に ある「世界顕彰之碑」に永久に留めていくことになった(大拍手)。  SGIの特別委員会で選考され、お名前とともに、生年と没年が銘板に刻ま れる予定である。まず第1期として刻まれるのが、イギリスのリチャード・コ ーストン理事長、ブラジルのシルビア・サイトウ婦人部長、ペルーのケンセイ・ キシモト理事長、アメリカのテッド・オオサキ副理事長、同じくアメリカのパ スカル・オリヴェラ芸術部長、マレーシアの柯廷龍(コーテンロン)本部長、 フランスの山崎鋭一欧州議長、シンガポールの高健文(こうけんぶん)理事長 など、27人の方々である。  〈ほかに、アメリカのハリー・平間さん、イギリスの越子・リンチさん、イ タリアのアマリア・ミリオニコさん、金田喜美子さん、オーストラリアのマツ ヨ・ハンソンさん、韓国の金東鉉(キムドンヒョン)さん、趙大?(チョーデチ ョル)さん、タイの潘鏗鏘(ばんけんしょう)さん、ニュージーランドのユキ・ ジョンストンさん、ネパールのケシャブ・シュレスタさん、フランスのトシ・ ハセガワさん、フローレンス・ウストン=ブラウンさん、ブラジルのカルロス・ ウノさん、ボリビアのヒロシ・マエダさん、ベルギーの宇田川栄作さん、香港 の高木平一さん、周徳光(しゅうとっこう)さん、メキシコのテイキチ・イワ ダレさん、エイゾウ・ミズキさん〉  こうした方々の不惜の激闘によって、広布の大河は世界に広がった。そして 今や、いずこの国にも、後継の人材が陸続(りくぞく)と育っている。世界広 宣流布の、道なき道を開いてこられた先駆の皆さまの功績は、あまりにも大き い。  どうか皆さまも、それぞれの国、それぞれの地域にあって、最高に名誉ある 広宣流布の指導者として、一つ一つの戦いを断じて勝ち抜いてほしい。そして、 「勝利の歴史」と「栄光の名前」を残し、輝かせていただきたい。  これ以上の素晴らしい人生は、どこにもないからである。  一、芸術部の皆さん、きょうは、本当にありがとう! (大拍手)  元気そうな皆さんにお会いでき、私は、本当にうれしい。  芸術部の人気は、すごい。芸術部の皆さんの姿、皆さんの活躍は、大勢の人 に喜びを与え、希望を与え、感動を広げている。芸術部の発展は、学会の発展 である。私どもは、芸術部を大事にしたい。  高らかに「芸術部、万歳! 」と申し上げたい(大拍手)。 ■元気に、楽しくねばり強く!  一、ともあれ、くれぐれも、風邪をびかないように。帰ったら、同志の皆さ んに、よろしくお伝えください。  先輩も、後輩も、お互いに守り合い、尊敬し合いながら、仲の良い団結で進 んでまいりたい。  私たちには、日本中、世界中に素晴らしい同志がいる。それだけでも、世界 一幸せなのである。  元気に、健康で、ねばり強く、楽しく、朗らかに、一生を送りましょう!  きょうは、本当にありがとう! (大拍手)              (2004・11・11)