新・人間革命  羽ばたき 四十 (2935)  正本堂の建設にあたっては、使用するコンクリートは、最も品質の優れたものにするこ とが、基本方針として定められていた。  半永久的に残る建物を建設するうえで、コンクリートの品質こそが生命線となるからだ。  検討を重ねた結果、コンクリートは、建設現場で製造することにした。  担当者には、プラント(生産設備)の設置からコンクリートの製造、施工、品質管理な どのために、二カ月の技術研修も行われた。  砂なども厳選され、富士川の砂と砂利が使われることになった。  プラントが設置されると、コンクリートの品質管理基準も厳格に定められ、製造された コンクリートから、適宜、サンプルを採取し、厳しい品質試験が行われた。  基準値にわずかでも合わないコンクリートは、容赦なく返品された。  皆が妥協を排して万全を期したのだ。  風洞実験や振動実験等々の各種構造実験は、東京大学航空宇宙研究所(当時)などで、 日本を代表する専門家の指導を受け、丹念に行われた。  正本堂の建設で、最も複雑で困難であったのは本堂にあたる「妙壇」であった。  その安全性を追求するさまざまな計算のために国内有数のコンピューターをフル回転さ せた。  また、使用する鉄骨に対しても、加工や溶接後の引っ張り試験や衝撃試験などが厳密に 行われたのである。  さらに、正本堂建立地の一角に大実験室が設けられ、そこに妙壇の十五分の一の大型模 型がつくられた。模型といっても、幅九メートル、高さ四メートルである。  この模型で、起震機を使って、横揺れ、縦揺れで受ける影響や、風、雪に対する強度試 験、妙壇屋根面の梁の強度試験などが繰り返された。  失敗の許されない仕事である。検証がなされずに、あいまいさや不明な部分がわずかで も残っていれば、それが大事故の原因となる。  大事業とは、どんな小さな事柄も疎かにせずに、一つ一つ検証し、確認することによっ て初めてなされる、完璧な小事の集積である。油断、妥協を徹底して排することから、大 事業は成る。 名字の言 2004.11.25 ▼探していた本を古書店で見つけた。写真家、故・土門拳氏の『筑豊のこどもたち』だ。 良質の紙を使うのが普通の写真集としては異例のザラ紙の装丁。当時(1960年)の物 価を考慮してみても、写真集としては安価な100円。一人でも多くの人に見てもらいた かったからと言う ▼各地の炭鉱が閉山になった時代。筑豊で働く人びとも職を失った。貧困、生活苦が襲う。 しかし、子どもたちは、そのなかでも遊びを見つける。腐った畳の部屋で、狭い路地でた わむれ、生きる子どもたちの姿が輝く ▼土門氏は、幼い二女を事故で失うという悲劇に遭遇している。その悲しみが、子どもた ちへの温かいまなざしの奥底にある。氏は子どもたちを「僕たちの仲間」と呼んだ。また 「神の子」とも。未来から預かっている存在。尊敬をもって接すべき存在という意味だ ▼創価学会でも、小・中学・高校など後継の世代を未来部と呼び、育成に取り組んでいる。 未来部は学会の希望だ。先日参加した座談会でも、小学生がピアノを披露。会場が、ばっ と明るくなった ▼尊き「私たちの仲間」として、未来部のメンバーと接したい。彼ら彼女らを支え励ます ことは、未来を、今、確固たるものにしていくことにほかならない。(哉) 北斗七星 2004.11.25 ◆新潟県中越地震から1カ月。今なお6500人余の被災者が避難生活を強いられている。 3b以上の積雪もある過酷な冬を前に被災者の心情を思うと心が痛む ◆24日から仮設住宅への入居が始まった。ほっとするのは、阪神・淡路大震災の教訓を 生かし、同じ地域の人ができるだけ同じ所の仮設住宅に入居できるよう配慮されているこ とだ ◆阪神大震災では、仮設住宅での高齢者の孤独死″が問題となった。要因の一つに、地 域住民が離ればなれに入居し、コミュニティーとしての地域の絆が稀薄になったことがあ げられた ◆災害対策には、「自助」「公助」とともに「共助」が欠かせない。中越地震では、屋根 の下敷きになったお年寄りを近所の住民らが力を合わせて助け出すなど多くの救出ドラマ を通し、改めて共に助け合う「共助」の素晴らしさを教えられた ◆復興は、いよいよこれからである。23日付小紙には、「私たちは負けません!」「心 まで潰されないぞ!」という被災地の党員・支持者の声が掲載されていた。家屋は全壊し ても心まで潰されないというメッセージに胸が熱くなった ◆避難所生活も1カ月を過ぎると、ストレスが限界に達し、心の傷は一段と深くなる。生 活基盤となる自宅の再建支援など手厚い「公助」の支えとともに、「共助」の心を育む血 の通った復興支援を望みたい。(鈴) ☆「わが友に贈る」☆ 本年の総仕上げへ さあ加速を! 完璧な勝利で 「青年・拡大の年」へ 勢いよく!