新・人間革命  羽ばたき 四十四 (2939)  作業員は、息を凝らして、中央リングを見つめていた。  スピーカーから弾んだ声が流れた。 「ただいま、ジャッキダウンが終了しました」  肉眼では、何も変化は感じられなかった。大成功であった。作業員から、歓声があがり、 拍手が沸き起こった。  中央リングの降下量が測定された。  結果は、三十四・二五ミリであった。これはコンピューターが予測した三十八ミリより も少ない数値である。それにともなう柱の傾きもほとんどない。すばらしい技術であった。  正本堂よ永遠なれ――との関係者の強き一念が、大規模で複雑な難工事を可能にしたの だ。  一九七一年(昭和四十六年)の十月十二日には躯体完成式が行われ、工事は、いよいよ 最終段階に入った。 「法庭」の池のタイル工事や「円融閣」の大理石仕上げ、中央ブリッジの取り付け、「思 逸堂」の絨毯張り、また、「妙壇」の縁梁外壁の仕上げや信徒席の設置など、細部に至る まで丁寧に作業が進められた。  正本堂の完成を五カ月後に控えた、七二年(同四十七年)四月二十八日のことである。  この記念すべき宗旨建立の日に、日達法主は訓諭を発表し、再度、正本堂の意義を確認 している。  そこには、次のようにあった。 「正本堂は、一期弘法付嘱書並びに三大秘法抄の意義を含む現時における事の戒壇なり。  即ち正本堂は広宣流布の暁に本門寺の戒壇たるべき大殿堂なり。  但し、現時にあっては未だ謗法の徒多きが故に、安置の本門戒壇の大御本尊はこれを公 開せず、須弥壇は蔵の形式をもって荘厳し奉るなり。  然れども八百万信徒の護惜建立は、未来において更に広布への展開を促進し、正本堂は まさにその達成の実現を象徴するものと云うべし」  つまり、正本堂は大聖人御遺命の戒壇を事前に建立したものであり、広宣流布の暁には、 そのまま、本門寺の戒壇となることを、後世の証明として重ねて明言し、周知徹底したの である。 名字の言 2004.11.30 ▼東京・調布に白血病と闘う二人の男子部員がいる。突然の発病に「なぜ自分が?」との 絶望感が襲う。願兼於業――二人を失意の底から立ち上がらせたのは、この4文字の仏法 哲理であった ▼大難の連続であった日蓮大聖人の御生涯。それは、正しい法を弘めゆく時に障魔が必ず 競い起こるとの法理を証明し、御自身こそが末法の御本仏であることを万人に知らしめる ために、あえて願い受けた業であった ▼池田名誉会長は「開目抄講義」で語る。「願兼於業とは、仏法における宿命転換論の結 論です……人生に起きたことには必ず意味がある。また、意味を見いだし、見つけていく。 それが仏法者の生き方です」 ▼二人の青年は強盛に祈った。宿命を越え、病苦に悩む、まだ見ぬ友の希望になろうと。 一人はこれまでに10人の友に弘教を。まもなく寛解から2年になる。もう一人は、度重 なる再発と闘いながら、骨髄移植に成功し、闘病記を出版。二人の奮闘の陰には、献身的 に支える結婚後間もない妻と、多くの同志の励ましがあった ▼今、二人は、共に男子部の部長として、青年のスクラム拡大の先頭に立つ。いかなる困 難も生命を鍛える跳躍台に変えていく。人間を強くする真の宗教の証が、ここにある。 (扶) 北斗七星 2004.11.30 ◆「災害は忘れたころにやって来る」とは、寺田寅彦の名言だが、今年は忘れる間もなく 災害が猛威を振るった。台風の日本縦断が相次ぎ、そして新潟県中越地震。自然の恐ろし さを嫌と言うほど思い知った ◆中越地震では、東京消防庁の「消防救助機動部隊」が埋まった車から奇跡的に皆川優太 ちゃんの救助に成功したが、危険な現場作業は困難を極めた。復旧作業は容易でなく、今 なお6000人が避難所生活を続けている ◆大規模災害では、人的な救助・復旧には限界がある。新潟ではいま、復旧に遠隔操作す る無人ブルドーザーが活躍している。建設機械のロボット化で、91年6月、大火砕流で 甚大な被害に遭った長崎県雲仙・普賢岳の復興工事で開発された ◆作業現場の安全を確保するには最適で、更なる無人化技術開発が求められている。国か ら「ロボット開発・実証実験特区」に認定された福岡市では、その期待を担い、博多湾の 人工島で来春、災害救助ロボットの実証実験を行うことになった ◆がけ崩れなどを想定し、ロボットを遠隔操作で自由に動かし、岩石の運搬能力や内蔵カ メラで撮影した画像データの送受信などを調べる ◆九州は全国でも屈指のロボット王国。北九州市のベンチャー企業が、世界最大級のレス キューロボットの開発に成功しており、九州の技術力で実用化を、と意気込む。(尚) ☆「わが友に贈る」☆ リーダーの みなぎる勇気が 皆の自信に! 絶対勝利へ 確信の名指揮を!