2006.3.14SP  第58回 本部幹部会 全国壮年部幹部会          新世紀第3回九州総会での名誉会長のスピーチ ◆◆◆ さあ青年よ躍り出よ! 新しき時代の星と輝け! ◆◆ 生まれ変わったように光れ      ── 勇気と戦闘力と学会精神で前進、前進!!      ── 人材育成は幹部自身の人間革命から! 【名誉会長のスピーチ】  一、新しい人事の出発、本当におめでとう!(大拍手)  〈席上、副理事長、副会長等の新任人事が紹介された〉  日蓮大聖人は、法華経の虚空会(こくうえ)の会座(えざ)に、無数の菩薩 が集い来る姿を「星の虚空に充満するが如し」(御書1127ページ)と仰せ である。宇宙に充満する星のようだ ── と。  きょうは、日本中、世界中から、使命ある広布の人材が一堂に集ってこられ た。  わが学会には、広宣流布の人材が、満天のきら星のごとく、一段と冴えわた ってきた。世界一の団体と光り輝いてきた(大拍手)。 ◆人材の"爆発"を  一、美しく渦巻く銀河にあっても、巨大な星たちが幾万、幾十万と、一気に 集中して誕生する現象がある。  それが「スターバースト」と天文学で呼ばれる、爆発的な星の形成である。  銀河が鮮烈な輝きを放つ。壮大なる大宇宙のドラマである。  広宣流布の大回転にあっても、新しい人材が爆発的に誕生すべき時がある。  今、新しいその時が来た!(大拍手)  今こそ、全員が「会長」の自覚を持つことだ。広布の全責任を担い立つのだ。 一人ひとりが「勇気」と「戦闘力」と「学会精神」を爆発させていくことであ る。  嫉妬と悪口(あっこう)の輩にさえも「学会はすごい」「かなわない」「今 までの何倍、何十、何百倍も人材が出てきた」と思わせるような戦いをしよう ではないか(大拍手)。  その戦いの根本は何か。  自分自身の人間革命である。  組織をどう動かすか、ではない。自分を革命することだ。自分が生まれ変わ っていくことだ。  新しい自分の光、人間としての輝きを出していくことである。  そして、その新しい輝きを、どこに向けていくべきか。  後輩を育てること、広宣流布の人材を育てることに向けるのである。  あの日あの時 ── ?仙台の青葉城址(あおば・じょうし)での戸田先生の勇 姿を、私は、生涯、忘れることができない。〈1954年(昭和29年)4月 25日〉  「創価学会は、人材をもって城を築け!」  これが恩師・戸田先生の永遠の指針である。  私はもう一度、学会の偉大な前進の原動力となる人材の育成を始めるつもり である(大拍手)。 ◆仏を敬うが如く  一、きょうは世界の50の国と地域から、偉大な同志の皆さまが、おいでく ださった。本当にありがとう!ようこそ!(大拍手)  大聖人は、気高き信心を貫く女性たちを、「釈迦仏が、あなたの御身(おん み)に入られたのでしょうか」(同1393ページ、通解)等と、繰り返し繰 り返し、讃えておられる。  釈尊がその身に入っているがゆえに、広宣流布のために戦ってくださってい るのだろうか。ありがたいことです ── と。  法華経には「当(まさ)に起(た)って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが 如くすべし」(普賢品)とある。  あまりにも尊きSGI(創価学会インタナショナル)の友を、私たちは、「仏 を敬うが如く」大歓迎しましょう!(大拍手)  とくに、ブラジルの皆さま!  乗り継ぎ先のロンドンの豪雪などのため、いつもの倍の長旅、本当にご苦労 さまです。  心配しました。しかし、皆さま、お元気で安心しました。  保険会社から補償も出て、朗らかに「功徳」と受けとめておられることも、 うかがいました(笑い)。  ビバ(万歳)、ブラジル!ピケ、ピケ、ブラジル!(大拍手) ◆女性に威張るな  一、学会においては、男性と女性は、一切、平等である。これを、あらため て申し上げておきたい。  女性に、ますます広布の重責を担っていただく時代に入っている。  実際、折伏をはじめ、あらゆる活動を支え、学会を守ってくださっているの は、女性である。お世辞ではなく、これが事実である。  何度も拝してきた御文であるが、日蓮大聖人は「此の経を持(たも)つ女人 は一切の女人に・すぎたるのみならず一切の男子に・こえたりとみえて候」(御 書1134ページ)と、厳然と仰せである。  男性が威張り、広布の女性を下に見る ── それは、御聖訓に照らして、ま ちがっている。  また、民主主義に反するし、封建時代のような時代錯誤(さくご)である。  女性は、まじめで、純粋である。まっすぐな正義感がある。  そうした女性を疎(うと)ましく思い、男性だけで物事を決めていくように なれば、学会の将来は危ない。混乱し、壊れかねない。  男性が、心から女性を尊敬していけるか。ここに、永遠の発展への重大なカ ギがある。  私は、根強い男性中心の風土を革命し、新しい「女性の世紀」を開くために 戦っている。  また、リーダーの団結が大事である。リーダーの心と心に距離があれば、そ こに魔がつけ入り、組織は崩れていく。  どこまでも「異体同心」で進んでいただきたい。 ◆良き市民の証明  一、先ほど私は、美しき「宝石の都」と謳(うた)われる中米エルサルバド ル共和国のボリバル協会から、栄えある「名誉会員」の称号と「功労顕彰盾(こ うろうけんしょうたて)」をいただきました。  この協会は1951年の設立であり、わが青年部と同じく55年の歴史を刻 んでこられました。  全世界の青年とともに、私は、この栄誉を受けさせていただきました。  きょう、証書と盾をお持ちくださったロランド・レナト・ソトさん(同協会 理事)は、エルサルバドルSGIの青年部のリーダー。30歳の、若き正義の 検事であられる。  青年からの授与 ── それだけに、この栄誉が本当にうれしい。  私は、貴国の平和と繁栄を、一生涯、永遠に祈りきってまいります。  各国からの顕彰は、すべてSGIの同志の皆さま方が、良き市民として、社 会で信頼と尊敬を勝ち取っておられる証明である。  皆さん方のお力である。あらためて、心から感謝申し上げます(大拍手)。 ◆"政治家の千倍民衆を信じる"  一、壮年部の結成40周年、おめでとう!(大拍手)  一人ひとりが、いよいよ元気に、境涯を大きく開きながら、慈愛をもって青 年を育てていただきたい。  記念に、ラテンアメリカ解放の大指導者シモン・ボリバルの言葉を贈りたい。  まず、「強さがなければ、徳はない」。  弱い人間は、徳を貫くことはできない。強くあってこそ、徳も光る。正義も 輝く。  「強い」とは「偉(えら)ぶる」という意味ではない。あくまで、正義のた めの強さである。  また、「栄光とは命令することではなく、偉大な善徳(ぜんとく)を実践す ることである」(ホセ・ルイス・サルセド=バスタルド著、水野一監訳、上智 大学イベロアメリカ研究所訳『シモン・ボリーバル』春秋社)。  この通りである。  そして、「指導者たる者はいかに厳しい真実であっても、他人の意見に耳を 傾けるべき」であるとボリバルは言う(同)。  とくに、婦人部や女子部の声を、大事にしていただきたい。  ともあれ、「強さ」と「真剣さ」と「大きさ」が、名指揮者、名指導者の要 件である。これらは、ますます必要になってくる。  さらに、ボリバルは喝破(かっぱ)している。  「私は国民に対して、その代表者(政治家)に対するよりも千倍もの信頼を 置いている」(同)  一番大事なのは、民衆である。学会員である。これを、断じて忘れてはいけ ない。  健気な同志を厳護し、連戦連勝の勝ち戦を牽引(けんいん)してきた人、ま た、そうあるべき立場の人が、壮年部である。  私も、壮年部の一員として、いよいよ動きに動いていくつもりである。  荒鷲が飛ぶように、大いに戦っていきたい。  新しい時代を開くために。  全世界の皆さんのために(大拍手)。 ◆◆ 強くなれ! 正義ならば    ── 牧口先生が九州の友に「私は本物をつくりたい」 ◆難攻不落の大九州城!  一、大勝利の九州総会おめでとう!(大拍手)  遠くから、よく来られた。本当にありがとう。  九州は、力強い。  九州と聞けば、元気が出る。  最優秀の拡大が光る女子部をはじめ、九州青年部の皆さんも、生き生きとし ている。本当にうれしい。  婦人部の皆さま方も、女子部と一体になっての前進は、すべてうかがってい る。  ありがとう!(大拍手)  一、ご存じの通り、牧口先生は、九州に何度も足を運ばれた。そして、広宣 流布の永遠の楔(くさび)を打たれた。  九州の重要性に、牧口先生は着目しておられた。しかし、多くの人は、その 意義が分からなかった。  今、九州を一つの起点にして、東洋へ、世界へ、妙法は大きく広がっている。  新しい発展の原動力。それは「先駆の九州」である。皆さま方の功徳は大き い(大拍手)。  牧口先生は、東京から福岡の拠点まで30時間、2日がかりで通われた。  それほどの遠路をいとわず、牧口先生は、なぜ通い続けたのか ── 。  牧口先生は、九州の同志に、その真情を語っておられる。  「私は、本物を作りたいんだ。あなたが本物になるために私は来ているんだ よ」  九州の人々は素朴である。真剣の人がいる。私は、九州を信頼している ── こうしたお心だったのではないだろうか。  本物がほしい!  これが「創価の父」の心であった。私もまた、同じである。  そして今や、本物の人材が光る「難攻不落の九州城」ができあがった。  大九州は、断固と勝った! 大きな拍手を贈りたい(大拍手)。 ◆青年を仲間に!  一、牧口先生が、九州に来るたびに語られていたことがある。  それは「青年はいないか」という言葉である。  青年を折伏しよう。青年を育てよう。将来の学会のために。広宣流布のため に ── そう深く心に期しておられたのである。  今再び、焦点は青年である。  少子化の時代だ。一流の団体は、あらゆる手を尽くして、優秀な青年を集め ている。  学会も、後れをとってはいけない。  時代は今、大きく変わっている。新しい躍進のためには、前途に希望をもつ 無数の青年を、仲間に入れるしかない。  婦人部・壮年部の皆さんも、青年の育成をどうか、よろしくお願いしたい。  とくに、これからの10年は、人材を育て、人材を獲得する熾烈(しれつ) な競争となる。油断していると、取り残されていく。  青年に光を! 若々しいスクラムを!  ここに私は、全魂を注いでいる。  青年部の会含も、草創期のように、猛然たる勢いに満ちた、一段と感動あふ れるものにしていきたい。  青年部こそ、日本、そして世界において、広宣流布の新しい原動力である。  その意味で、先頭を走る青年部は、いわば"師匠"である。未来を頼む側の 壮年部や婦人部は、"弟子"のようなものといっても、過言ではない。  親にとって子どもは、かけがえのない存在である。「息子よ、娘よ、頼む!」 と後を託(たく)す。  同じように、学会にとっては、青年にすべてを託す以外にない。未来部に頼 むしかない。  この点を、あいまいにせず、きちっと明確にしなければいけない。  そこに、誇り高き「正義の道」「師弟の道」「勝利の道」が、厳然と開かれ ていく。  青年の糾合(きゅうごう)こそ、あらゆる団体の発展の方程式である。  心広々とスクラムを広げていきたい。  新しい青年に、最初から完壁に勤行・唱題をといっても、難しいかもしれな い。まずは題目からでもかまわない。  一遍の題目にも無量の功徳があると、大聖人は仰せである。要は、信心の確 信を伝えることである。  青年がいなければ、未来はない。師弟も、正義も、勝利も、すべて観念にな ってしまう。大切な広布の戦(いくさ)に負けてしまう。  青年を仲間に! ── 学会は、これで未来を開こう!〈「ハイ!」と大きな 返事が〉 ◆悪師(あくし)を見抜け!  一、ここで御聖訓を拝したい。  「師弟契約御書」と言われる「最蓮房御返事」の一節である。  「今の時代は、師に正師(しょうし)と邪師、善師と悪師がいる。その違い があることを知って、邪悪の師を遠ざけ、正善(しょうぜん)の師に近づき親 しむべきである」(御書1340ページ、通解)  師匠といっても、正義の師匠もいれば、邪悪の師匠もいる。  正義の師を求めよ!  邪悪の師を避けよ!  その違いを、鋭く見抜け!決して、だまされるな! ── これが、蓮祖の峻 厳なる戒(いまし)めである。  邪悪な師には、従ってはならない。従えば、皆が悪に染まってしまうからだ。  日顕がそうである。  宗門が、あれほど腐敗し、堕落したのも、誤った指導者に従ったゆえである。  邪悪な人間は、たとえ師であっても、それを遠ざけ、叩き出していかねばな らない。  どこの世界でも、同じことである。  わが学会も、断じて油断してはいけない。  役職や立場を利用してインチキをしたり、同志を苦しめる人間が出たならば、 絶対に許してはならない。  「あなたは、まちがっている!」「おかしいではないか!」と厳しく貴め抜 いて、その悪を暴いていくのだ。  そうでなければ、学会を破壊し、同志を不幸にしてしまうからだ。  その点を厳しく見極めていかねばならない。  これが大聖人の厳命であり、私の遺言であると申し上げておきたい。 ◆「日蓮こそが正義の師匠」  一、それでは、求めるべき「正義の師」とは、だれか?  それは、三類の強敵と戦い、身命を惜しまず、妙法を唱え広めている人であ る。  つまり、法華経の通りに「難」を受けているかどうか。  それを大聖人は、最大の眼目(がんもく)とされた。  そして、「自分こそ法華経を知り、法華経を修行している者である」と思い 上がっている輩に対しては、「日蓮が受けたような難にあっていないではない か」と厳しく切り返し、責め返しておられる。  〈「最蓮房御返事」のなかで、大聖人は「先に挙げた諸宗の人々は、自分こ そ法華経の意を心得て、法華経を修行する者であると名乗っているけれども、 日蓮が受けたような難にあっていない」(同1341ページ、通解)と仰せに なっている〉  大聖人の御生涯は、まさしく、迫害の連続であられた。  卑劣な讒言(ざんげん)などによって、2度、流罪された。  頸(くび)の座にもつかれた。  種々の難は、数知れない。  すべて経文通りであられる。  ゆえに、大聖人は、「難を受けていない格好だけの者は、ことごとく、邪(よ こしま)な師である。難を受け切ってきた日蓮こそが、正義の師である」と厳 然と宣言されたのである。  〈「日蓮は弘長元年には、伊豆の国に流され、文永8年には、佐渡の島に流 され、あるいは竜の口で頸の座にすわる等の難を受け、このほか種々の難は数 え切れないほどである。  経文の通りであるならば、自分こそ正師であり、善師である。諸宗の学者は、 ことごとく邪師であり、悪師であるとお考えなさい」(同ページ、通解)〉 ◆◆◆ 三代の師弟は永遠の礎(いしずえ)     ── 大難と戦った人こそ真の師匠 ◆初代、2代3代の闘争  一、それでは、御本仏であられる大聖人に直結して、「猶多怨嫉(ゆたおん しつ)」「悪口罵詈(あっくめり)」の難を受けながら、末法の五濁悪世(ご じょくあくせ)の現代に、世界広宣流布の道を開いてきたのは、一体、だれか?  初代、2代、3代の創価の師弟しかいない。  初代の牧口先生は、大聖人の正法正義(しょうほうしょうぎ)の命脈を守ら れて、牢獄につながれた。  そして、獄中で、殉教である。  第2代の戸田先生も同じく牢に入った。  そして、圧迫に耐え、寿命を削りながら、2年間に及ぶ獄中闘争を生き抜か れたのである。  第3代の私も、広宣流布のゆえに、無実の罪で牢獄に入った。  反逆者に乗せられた、売らんがための卑劣なマスコミのウソ八百によって、 数限りない悪口罵詈を浴びせられた。  すべては、法華経の通り、御書の通りである。  この初代、2代、3代の会長だけが、御聖訓に、いささかも違わず、一切の 矢面(やおもて)に立って、三障四魔、三類の強敵と戦い抜いてきた。  それは、だれよりも、皆さんがご存じの通りである。 ◆不二の師弟  一、戸田先生が、どれだけ、私を訓練したか。どれだけ、私を大事にしてく ださったか。  戸田先生が事業に失敗され、生きるか、死ぬか ── その時も、私が一人で 奔走して、先生をお守りした。莫大な借金もすべて清算した。  先生を誹謗中傷する人間がいれば、ただ一人で飛んでいった。  相手がだれであろうと、青年らしく、勇敢に、誠実に、まっすぐに語り抜い て、師の真実を認めさせていったのである。  難と戦う師匠を、断じて守る。その祈り、その行動に、「仏法の師弟」の真 髄がある。  牧口先生と戸田先生は「不二」であった。  戸田先生と私もまた「不二」であった。  「生死不二(しょうじふに)」の師弟であった。  戸田先生の本当のご精神を受け継いで、私は、三類の強敵と戦い、創価学会 を、ここまでつくりあげてきた。  創価の師弟は、牧口先生、戸田先生、そして私で決まったのである。  根本は、三代の師弟である。  三代の「師弟の精神」を守り抜いていくかぎり、創価学会は永遠に発展する。 世界広宣流布は、必ず実現できる。  この三代の広宣流布へ「戦う魂」を、後継の青年部は、断じて受け継いでい っていただきたい。勝っていただきたい。  よろしく頼みます!  私自身のことにもなって恐縮だが、万年の未来のために、本当のことを残さ せていただきたい(大拍手)。 ◆会員のために!  一、創価学会は広宣流布の団体である。  ゆえに、広布に励む同志が一番尊い。  会員のために幹部は存在する。どこまでも会員に尽くしていくのが、幹部の 役目である。  それを自分が偉くなったと錯覚して、会員を手段にしたり、犠牲にする幹部 が出たならば、絶対に許してはいけない。  また、断じて、そのような傲慢な幹部になってはいけない。  一瞬たりとも、油断なく、会員のために働いて、働いて、働き抜いていく。 それが創価学会の指導者であることを忘れないでいただきたい。  一、私自身は、御本尊に守られて、また、会員の皆さまが祈ってくださって いるおかげで、大変に健康である。何の心配もいらない。  皆さま、本当にありがとう!(大拍手)  私は、尊き皆さま方のために、真実を語り残しておきたい。真実の師弟の道 を、真実の学会の世界をつくっておきたいのである(大拍手)。 ◆≪レオナルゴ・ダ・ヴィンチ≫    苦悩なくして才能の完成はない 金は火によって精錬されるのだ ◆≪アインシュタイン≫    真に偉大になる道は一つ 何度も苦難にあうことだ ◆この世で」番強い人間とは  一、"人類の頭脳"アインシュタイン博士は、次のように述べている。  「真に偉大な人間になる道は一つしかない。それは、何度も苦難にあうこと である」  深い言葉だ。  私も、この何十年間、中傷と迫害の連続であった。試練の連続であった。  ルネサンスの巨人レオナルド・ダ・ヴィンチは述べている。  「純金は火によって精錬される」(杉浦明平訳『レオナルド・ダ・ヴィンチ の手記』岩波文庫)  「大なる苦悩なくしては、如何なる完成せる才能もあり得ない」(カール・ ヤスパース著、藤田赤二訳『リオナルド・ダ・ヴィンチ』理想社)  苦悩なくしては、立派な才能も完成できない。立派な人間にはなれない ── こう言うのである。  この言葉通りの人生を、牧口先生は歩まれた。戸田先生も、そうであった。  そして私もまた、そうである。戸田先生から、徹底して厳しく鍛えられた。 幾多の苦難を乗り越えてきた。  だからこそ、学会は世界的になったのである。  これまで、苦難を避ける、ずるい人間もいた。自分の利益しか考えない。そ のくせ威張る。揚げ句は師匠さえも"飾り"にして利用する。それは全部、信 心なき、陰謀の人間たちであった。  難を乗り越えて、仏になれる。「難こそ誉れ」。これが仏法者である。  その深き魂を忘れて、"口先でうまく言っておけばいい"と要領に走り、格 好だけつける ── そんな惰弱(だじゃく)な学会をつくりたくない。いな、 断じてつくってはならない。  ホール・ケインは、小説『永遠の都』の中で綴っている。  「苦しみを甘んじて受け、耐え忍んで強くなってきた人間こそ、この世でい ちばん強い人間なのだ」(新庄哲夫訳『永遠の都』潮出版社)  苦難に打ち勝った人が真の勝利者である。これが真実の学会の同志の姿であ る。  ともあれ、学会には、ありとあらゆる試練と苦難を勝ち越えてきた、金剛不 壊(こんごうふえ)の三代の「師弟」がある。この「師弟」があったから、広 宣流布の土台ができた。  異体同心の学会には、1000万の同志がいる。学会は強い。うれしいこと だ。  そして、世界190力国・地域の連帯がある。すごいことだ。  この中にこそ、最高にして有意義な、「所願満足(しょがんまんぞく)」の 生命の軌道がある。これを、壊されてはならない。 ◆≪トルストイ≫他者のために生きる人が幸福! ◆◆ 女性を先頭に希望の大革命を     ── 「女性の成仏」を証明した竜女(りゅうにょ) ◆「苦悩の衆生をすく救っていきます」  一、法華経では、竜女の成仏が説かれている(提婆達多品(だいばだったほ ん))。  その中で、若き竜女は、師と仰ぐ釈尊に感謝を込めて言う。  「私は大乗の教え(法華経)を開いて、苦悩の衆生を救つてまいります」 ── そう誓願する。  広布の青春を駆ける、わが尊き女子部の皆さんの姿をほうふつさせる。  そして竜女は、自分をバカにして、女人成仏を信じない舎利弗たちに対し、 「汝が神力を以て、我が成仏を観よ」と言って、実際に自分が成仏して衆生を 教化する姿を見せたのである。  日蓮大聖人も、御書のなかで、この竜女の成仏と誓願について述べておられ る(1348ページ)。  大聖人は、女性を最大に大切にされた。女性の門下の健気(けなげ)な信心 を、深く讃嘆された。  法華経以前の経典では、女性は成仏できないとされていた。  竜女の成仏は、一切の女性の成仏に通じていく。  他の多くの衆生にとっても、大いなる喜びであった。  竜女が、こんなに立派になった。このように衆生を救っていく素晴らしい存 在となった ── 。  いわば、竜女は、人間革命の偉大なる"勝利の実証"を示した。  そして、多くの人々に喜びを送る"希望の大革命"を起こしたのである。 ◆遠慮なく声を  一、だれにでも、平等に、最高に尊い「仏の生命」がある。それを仏法は教 えている。  民衆が強くなり、賢くなり、幸福になっていく ── それが、全人類の幸福 のために立たれた大聖人の願いであった。  21世紀こそ「民衆が主役」の時代にしたい。  もっともっと、「下」が強くなって、「上」を動かしていくのだ。これは、 牧口先生が言われていた方程式である。  もちろん、学会においては、役職は「責任職」であり、上も下もない。広宣 流布のための組織であり、尊き使命は、皆、全く同じである。  「地涌の菩薩」の誇りに燃えて、むしろ第一線の同志が、幹部以上に、広宣 流布の拡大に尽くしてくださっている。  そうであるのに、幹部だからと威張るような人間がいたならば、皆が、どん どん意見を言っていくべきである。  いわんや、学会のおかげで社会的に偉くなりながら、信心を忘れて、広布の ために戦わない。増上慢になって学会を見下す。そういう忘恩の人間は、容赦 なく責めるべきである。それが本人を救うことにもなる。  同志の間に、余計な遠慮などいらない。また、あってもならない。  大事なことは、皆が喜び勇んで、広布のために進んでいくことである。 ◆名誉称号は全同志の栄誉  一、これまで、私が皆さん方を代表していただいた、世界からの名誉学術称 号は「186」となった。決定通知を含めると、「210」となる(大拍手)。  私は、大学に満足に通えなかった。  戸田先生を守り、支えるために、夜学を断念せざるを得なかった。  しかし、戸田先生は、逝去(せいきょ)されるまで、私に勉強を教えてくだ さった。  日曜に先生のお宅にうかがい、先生自ら食事をつくって、ふるまってくださ ったこともあった。  "申し訳ない、おれのために" ── こういう思いで、先生は私に対して徹 底的に学問を打ち込まれた。  あまりにも偉大な師匠であった。  その師匠のために私は戦う ── こう決めたのである。  そして、師弟不二の道一を歩んできた。  また、歴史学者のトインビー博士は、私との対談を終える際に、「あなたは、 私より多くの名誉博士号を受けるでしょう」と言ってくださった。これも忘れ られない思い出である。  今、創価の平和・文化・教育運動に対する賞讃が、世界から寄せられている。  トインビー博士も喜んでおられると思う。  これらの名誉称号は、創価学会の誉れであり、師弟の勝利の証であり、全同 志の栄誉である(大拍手)。  一、今、創価教育の同窓生が、世界各地で、また各界で活躍している。  創価学園出身の国会議員は、現在11人である(東京校=10人。関西校= 1人)。  この点、先日、東京の創価高校が、慶応・麻布とともに"御三家"として紹 介された。昭和以降に創立された高校では、創価高校が第1位の数になる。〈「読 売ウィークリー」の年末年始合併号(1月8?15日号)〉  真剣な教員の先生方、職員の皆さま方にも、心から感謝し、讃えたい(大拍 手)。 ◆「芸術部の日」おめでとう!  一、芸術部の皆さん、いつもいつも、本当にありがとう!  また「芸術部の日」(3月8日)、おめでとう!(大拍手)  今年で生誕250周年を迎えるモーツァルトの言葉に、こうある。  「心こそ人間を高めるものです」(海老沢敏・高橋英郎訳『モーツァルト書 簡全集V』白水社)  「心こそ大切なれ」(御書1192ページ)である。皆さんの存在は、最も 美しく、最も誠実な心が光る、尊極(そんごく)の"芸術の太陽"である。  多くの友が、応援しています!(大拍手)  一、最後に、いくつか箴言(しんげん)を紹介したい。  ロシアの文豪トルストイは、「人生にはただひとつだけ疑いのない幸福があ る ── 人のために生きることである」と記した(中村白葉訳「家庭の幸福」、 『トルストイ全集3』所収、河出書房新社)。  これがトルストイの結論だったともいえよう。  永遠の幸福のために!  他人のために生きよ! ── 学会の正義、仏法の正しさは、この生き方の中 に輝く。  学会活動に励む私たちこそ、最も幸福な道を歩んでいるのである。 ◆奮闘せよ!  一、また、中国の作家・魯迅(ろじん)は綴った。  「最後の勝利は、喜ぶ人々の数にあるのではなく、どこまでも進撃する人々 の数にある」(須藤洋一訳「滬寧(こねい)奪回祝賀のかなた」、『魯迅全集 10』所収、学習研究社)  「光明はかならずや訪れる。あたかも夜明けをさえぎることはできないよう に」(伊藤虎丸訳「寸鉄」、同)  決心するかぎり、奮闘するかぎり、我々は必ず成功し、勝利する ── 虐(し いた)げられてきた民衆を鼓舞(こぶ)する、魯迅の叫びであった。  次元は異なるが、御本尊を持(たも)ち、日々、題目をあげて奮闘する人は、 最後に必ず勝つ。  今、学会は、新しい太陽が昇りゆくように、成長と拡大と前進の時を迎えた。  晴れわたる我らの永遠の記念日である「5月3日」に向かって、新たな勝利 への大攻勢を、はつらつと開始してまいりたい。  きょうはありがとう!  ちょうど時間となりました(笑い)。皆、体を大切にしてください。  壮年部、男子部の皆さんは、女子部、婦人部の活躍を支え、守っていただき たい。同志として、お互いに切磋琢磨し、一生涯、信心を貫いていくことであ る。  海外からの皆さま、本当にありがとう!  朗らかに進みましょう!(大拍手)            (2006・3・9)