2006.3.31SP ――――――――――――――――――――――――――――――――――       5・3記念協議会での名誉会長のスピーチ ―――――――――――――――――――――――――――――――――― ◆◆◆ 〔異体同心〕で全ての山を越えよ ◆◆ 『正義』の旗を永遠に! ◆◆≪戸田先生≫     創立者を大切にしていけば栄える     原点を忘れたら分裂と混乱に陥る 【名誉会長のスピーチ】  一、桜花爛漫(おうからんまん)の創価の本陣に、意気軒高(いきけんこう) なる全国の広宣流布の指導者の方々と一堂に会することができ、これほどの喜 びはない。  わが学会も、「希望の春」「勝利の春」の盛(さか)りである。  皆さん、本当にありがとう! 学会創立80周年に向けて、元気に前進しよ う!(大拍手) ◆花盛りの創価城  一、日蓮大聖人は有名な「十字(むしもち)御書」の中で、「我ら凡夫は、 まつげが近くにあるのと、大空が遠くにあるのとを見ることはできない。(そ れと同じように)我らの心の中に仏がおられることを知らないでいたのです」 (御書1491ページ、通解)と仰せになられた。  そして、凡夫の心の中に仏の生命があることの譬えとして、「蓮(はす)は 清らかなものですが、泥から生え出ます。栴檀(せんだん)は香りのよいもの ですが、大地から生じます。桜の花は趣のあるものですが、木の中から咲き出 ます」(同1492ページ、通解)と認(したた)められている。  今年も厳寒の冬を乗り越えて、全国各地の会館で、桜の花が見事に開花して いる。  1月に"日本一桜が早く咲く"名所の沖縄平和記念墓地公園から、5月に満 開を迎える北海道・厚田(あつた)の戸田記念墓地公園まで、全国から桜の便 りが絶えることはない。  学会本部周辺の桜も、一本また一本、大切にしながら、育ててきたものであ る。  桜の手入れをはじめ、会館の整備に当たってくださっている、すべての皆さ ま方に、改めて心から感謝申し上げたい。  私たちが、朝な夕な読誦している寿量品には、こう記されている。  「我が此の土(ど)は安穏にして天人は常に充満せり園林諸(おんりん・も ろもろ)の堂閣は種種の宝もて荘厳(しょうごん)し宝樹は華果(けか)多く して衆生の遊楽する所なり諸天は天鼓(てんく)を撃って常に衆の妓楽(ぎが く)を作(な)し曼陀羅華(まんだらげ)を雨(ふ)らして仏及び大衆(だい しゅ)に散ず」  ここ学会本部をはじめ、わが「創価の城」に大勢の同志がにぎやかに集い、 栄えゆく姿を見るとき、この自我偈の文が脳裏に浮かんでくる。  "花盛りの創価城"の姿は、「平和の花」「友情の花」「幸福の花」を咲か せゆく学会の未来を象徴しているかのようである。 ◆◆ 「5・3」不滅の歴史 〈埼玉が叫んだ!〉〈神奈川が立った!〉 ◆会長推戴(すいたい)の叫び  一、桜花の季節とともに、今年もまた、「4・2」そして「5・3」がめぐ り来る。  私が第3代会長に就任したのは、今から46年前。昭和35年(1960年) の5月3日だった。32歳であった。  戸田先生が昭和33年(1958年)の4月2日に逝去されてから、2年余 りが経っていた。  約2年の間、会長不在の、空白の期間があったのである。  "柱"のない学会は、前進の勢いが衰え、何ともいえぬ佗(わび)しさと複 雑な空気に包まれていった。反学会の評論家たちは「学会は空中分解する」な どと書き立てた。  そのとき、「第3代会長を推戴せよ! 学会の首脳たちは、何をしているの か!」と、決然と立ち上がったのは、埼玉の青年部であった。  「3代会長となる人は決まっている! 推戴を急げ!」と叫ぶ彼らの声に押さ れて、当時の首脳たちも動き始めた。  戸田先生の心を知っていた人ならば、だれが3代会長になるべきかは明白で あった。  理事会は全会一致で、私の会長推戴を決定した。  そして5月の3日、私は戸田先生の弟子として勇敢に立ち、日本、そして世 界を舞台に、猛然と広布の戦いを開始したのである。 ◆海を見つめて世界広布の指揮  一、私が第3代会長を辞任したのは、昭和54年(1979年)4月24日 であった。  その直後の5月3日、創価大学の体育館で行われた本部総会が、私の実質的 な"会長辞任の総会"となった。  私は総会を終えると、東京の本部には帰らず、その足で神奈川へ向かった。  神奈川文化会館に行って、はるかな未来と、広大な海を見つめて、全世界の 広宣流布の指揮を執ろう! ── そう決意していた。  5月5日、私は神奈川文化会館で、大きく「正義」と書いた。  脇書(わきがき)には「われ一人正義の旗持つ也」と綴り、この書を永久に 保管するように言った。  何があろうと、正義は正義である。仏法は勝負である。  正義は、断じて勝たねばならないのだ。  わが人生は、まさしく波瀾万丈であった。  頼みとできる何ものも持たず、ただ一人、戸田先生の後を継いで、「正義」 の旗を掲げて戦い抜いてきた。  ともあれ、埼玉と神奈川には、深い歴史が刻まれているのである。 ◆最高唯一の幸せ  一、私は、御書に仰せの通りの精神で戦っている。  牧口先生、戸田先生の教えのまま、広宣流布のために戦っている。  ほかには、何もない。  私の声は、戸田先生と一体である。牧口先生と一体である。  師弟不二の道を歩み抜いてきた私は、そう確信を持って言いきることができ る。  戸田先生は、こう言われていた。  「創立者を大切にしたところは栄える。創立者をないがしろにし、原点を忘 れたところは、必ず派閥ができ、勢力争いが盛んになって、乱れる。分裂と混 乱と破壊の道へ落ちていく」  創立者を大事にするかどうかで、その団体の未来は決まる。  私は師匠の戸田先生を、最後の最後まで守り抜いた。  自分のすべてを捧げて、先生と学会に尽くし抜いた。  "師匠が健康で、長生きして、指揮を執ってくださる。それが最高唯一の幸 せである"  この一点を胸に、一直線に突き進んだ。だから、今日の学会の大発展がある。  このことを、絶対に忘れてはならない。 ◆◆◆ 世界190カ国に幸福の大道! ◆◆◆ 勇敢なる《責任感》を持て     ── 「師匠ならばどうするか」を常に考え、行動     ── ナポレオン軍は"指示待ち"体質で敗(やぶ)れた ◆シルクロードの地から栄誉  一、戸田城聖先生の祥月(しょうつき)命日である4月2日を前に、はるか シルクロードの要衝(ようしょう)にある都市から、まことに意義深い栄誉を 頂戴した。  私は、皆さまを代表し、謹んで拝受させていただいた。  昨日(28日)は、新疆(しんきょう)ウイグル自治区カシュガル市の「名 誉市民」と、カシュガル博物館の「名誉館長」の称号授与式が、同市で行われ た。  さらに本日(29日)は、トムシュク市の「名誉市民」と、同市「歴史文化 研究会」の「名誉会長」の称号を拝受した。  代理での受章となったが、各市長をはじめ、多くの来賓が出席してくださり、 盛大な式典を行ってくださった。まことに感謝に堪えない。  以前、民音公演(「シルクロード音楽の旅」)の団長として来日された新疆 ウイグル自治区の要人も、区都のウルムチから、白雪の天山山脈を越えて、は るばる祝福に駆けつけてくださったという。厚情に、深く深く御礼申し上げた い。  一流の人は、「信義」を重んずる。  大誠実を貫く。  私たちはこれからも、一つ一つの出会い、一人ひとりとの友情を大事にして まいりたい。 ◆鳩摩羅什(くまらじゅう)の師弟のドラマ  一、今回、称号を贈ってくださった地はいずれも、2000年を超す悠久の 歴史を持ち、ギリシャ・ローマ文明、ペルシャ文明、さらにインド文明、中国 文明が出あった「文明共生(きょうせい)の天地」である。  あのガンダーラで興隆した仏教は、紀元前後に、カシュガルに伝来したと考 えられている。そして西暦4世紀ころ、カシュガルで刻まれた師弟の出会いは、 「仏教東漸(とうぜん)」の推進力となった。  その出会いとは、妙法蓮華経の漢訳者(かんやくしゃ)として、あまりにも 名高い鳩摩羅什と、その師匠・須利耶蘇摩(しゅりやそま)との師弟のドラマ である。  鳩摩羅什は、若き日、カシュガルの地を訪れ、師から薫陶を受けた。そして、 その師から、法華経を「東北」へ弘通することを託された。  この逸話については、大聖人も、繰り返し、御書に記しておられる。  たとえば「曾谷入道殿許(そやにゅうどうどのもと)御書」には、こう仰せ である。  「僧肇(そうじょう)の法華翻経(ほっけほんきょう)の後記には、こうあ る。  『須梨耶蘇摩という鳩摩羅什の師匠は、左手に法華経を持ち、右手で羅什の 頭をなで、羅什に法華経を授与して言った。  "太陽が西に沈むように、仏(釈尊)が西(インド)に入滅されて、その残 光が、まさに東北に及ぼうとしている。この経典(法華経)は東北に縁がある。 あなたは心してこの法華経を伝え弘めよ"』と。  私(日蓮)は、これを拝見して、両眼から滝のごとく涙が流れ、喜びが体に あふれるのである。『この経典は東北に縁がある』というのは、西天のインド は西南の方角であり、東方の日本国は東北の方角である。インドにおいて『東 北に縁がある』とは、日本国のことではないだろうか」(同1037ページ、 通解)  まことに、厳粛な仰せである。  鳩摩羅什は、師弟誓願(せいがん)のままに、法華経をインドの東北に位置 する中国へ伝え、さらに、東北の日本への流通(るつう)の道を開いた。  そして、日蓮大聖人は、日本に御聖誕(ごせいたん)なされ、あらゆる迫害 と戦い、末法広宣流布という法華経の未来記を実現していかれた。  今回、いただいた名誉称号は、仏法史上、まことに意義深い地からの栄誉な のである。 ◆仏法西還(ぶっぽうせいかん)を学会が実現  一、さらに大聖人は、羅什(らじゅう)の足跡を踏まえながら、こう仰せで ある。  「正像二千年には、仏法は西から東へ流伝した。ちょうど暮れの月が西の空 から始まるようなものである。〈夕方、月が出る方向は、新月が西で、月齢が 増すにしたがって東へ移り、満月は東に出る〉  末法のはじめの五百年には、仏法は東から西に返るのである。ちょうど朝日 が東の空から出るようなものである」(同1038ページ、通解)  この大聖人の「仏法西還(ぶっぽうせいかん)」、そして、「一閻浮提(い ちえんぶだい)広宣流布」の仏意仏勅(ぶつい・ぶっちょく)のままに立ち上 がったのが、わが創価学会なのである。  昭和26年(1951年)5月3日。  晴れわたる青空のもと、第2代会長に就任された戸田先生は、高らかに「東 洋広布」を宣言された。  昭和35年(1960年)の5月3日。  私の第3代会長就任式の会場には、戸田先生のお歌が掲げられていた。  いざ往かん   月氏の果まで    妙法を     拡(ひろ)むる旅に           心勇みて  今、世界広宣流布の連帯は、190の国々・地域に広がった。  アジア、北米、中南米、オセアニア、ヨーロッパ、アフリカ ── SGI(創 価学会インタナショナル)の友は、今や地球のありとあらゆる場所で、仏法の 人間主義を基調に、平和・文化・教育の運動を広げている。 ◆各国で光る信頼  一、アジアでは、戦乱に苦しんだカンボジアでも、オセアニアでは、太平洋 に浮かぶパラオやミクロネシア連邦でも、また中南米では、エルサルバドルや ベリーズなどでも、メンバーが活躍している。  ヨーロッパでは、ナポレオンの誕生の地コルシカ島や、民族紛争の悲劇から 復興を進めるセルビア・モンテネグロでも、わが同志の存在が希望の光を放っ ている。  さらに、アフリカでは、南アフリカ、トーゴ、カメルーンなどで、立派な女 性理事長が誕生し、異体同心の前進をされている。  私が皆さま方を代表して、世界の各都市からお受けした「名誉市民」称号の 数も、430を超えた。  また、ブラジルの各都市で、5・3「創価学会の日」を祝賀する慶祝議会(け いしゅくぎかい)が開かれるのをはじめ、南米各国でも、SGIへの共感の輪が 広がっている。  これらは、すべて、わが同志の方々が、各国・各地域の模範の市民として勝 ち取ってこられた信頼の結晶なのである(大拍手)。 ◆ナポレオンの尽きない魅力  一、さて、「栄光の大ナポレオン展 ── 文化の光彩と人間のロマン」は、 おかげさまで、東京展、九州展、四国展を大成功で飾り、現在、神戸市の関西 国際文化センターで開かれている。〈5月7日まで〉 25日の開幕式は、関西を代表する約300人の来賓が出席され、盛大に開催 された。  フランス学士院芸術アカデミーのアルノー・ドートリヴ終身事務局長も、は るばる駆けつけられ、祝辞を述べてくださった。  このフランス学士院芸術アカデミーに招かれて、1989年6月、「東西に おける芸術と精神性」と題して講演を行ったことは、私の忘れ得ぬ歴史である。  高名な画家であられるドートリヴ終身事務局長は、3回目となる今回のナポ レオン展について、次のように、温かく、そして深いご理解の言葉を寄せてく ださった。  「池田会長が、3回にわたってナポレオンを表現されようとしたことは、大 変に卓越したお考えであると思います。  ナポレオンという人物は、掘り下げれば掘り下げるほど、どんどん深くなっ ていく人物です。計り知れない底の深さをもっています。ナポレオンは何回や っても尽きない魅力と深さを持っています。果てがないのです。  1回目が13年前の1993年。そして2回目が、その6年後の1999年。 さらに6年おいて、3回目となる今回の展覧会を開かれた。この開催のリズム も、まことに絶妙です。  今回は『文化』をテーマとして開催されましたが、わかりやすく、内容が教 育的で、選ばれた作品、資料が大変に質が高く、一級のもので構成されていま す。  フランスに、この展覧会をもっていっても、十分成功する内容だと思います。 展覧会に確かな思想的な柱のあることがよくわかりました。  この展覧会は、私の想像を超える完壁なものです。創立者・池田会長の深い 文化的、教育的な見識、ナポレオンへの理解力に敬服しました」  私への過分な評価はともあれ、関係者の方々のご尽力に、重ねて感謝申し上 げたい。  ドートリヴ終身事務局長が指摘されるように、ナポレオンは、たしかに奥が 深い。  その「光『と「影」、「栄光」と「悲劇」、「勝利」と「敗北」から、実に 多くの教訓を引き出すことができる。 ◆受け身の心が前進を阻(はば)む  一、たとえば、「ワーテルローの戦い」で、ナポレオンは、なぜ敗れたか?  当然、さまざまな角度から分析できるが、一つの要因として、ナポレオンの 側近や部下たちの多くが、"命じられなければ動けない、動かない"という、 いわば「指示待ち」の体質になってしまっていたことが指摘される。  一人ひとりが"ナポレオンだったら、どうするか"を考え、責任を担って行 動する、一騎当千の獅子の集団ではなくなった。「保身」と「事なかれ主義」 が横行する、硬直した組織になってしまったというのである。  ある将軍は、こう記している。  「ナポレオン補佐の将軍たちは、ナポレオン直接指揮のもとに二万五千の部 隊を動かすときは優秀であるが、自分たち自身の着想で大軍を指揮するだけの 力量はなかった」(長塚隆二著『ナポレオン』読売新聞社)  著名な作家ツヴァイクも、そうした視点から「ワーテルローの戦い」の敗因 を論じている。  すなわち、ナポレオン軍の勝敗の帰趨(きすう)を握った将軍(グルーシー) が、他人の命令に従うことに慣れ、自分で決断できない人物だったために、い たずらに命令を待つだけで、突入する時を逸し、勝てるチャンスを逃してしま った。  肝心の、ナポレオンの"突入せよ"との命令も、伝令が遅れ、その将軍のも とに届いたときには、一切が手遅れになっていたというのである(片山敏彦訳 『人類の星の時間』みすず書房)。  もしも、その将軍が、ナポレオンと同じ責任感に立って、決断し、行動しゆ く勇気をもっていたなら、歴史は変わっていたかもしれない。  これは、あらゆる組織に当てはまる示唆をはらんでいるといえよう。  いわんや、広宣流布の組織において、指示待ちや受け身の心があれば、前進 を阻(はば)んでしまう。  その行き詰まりを打開しゆく根本の力が、「師弟」なのである。 ◆文化運動の源泉  一、私は、若き日から、常に"戸田先生なら、どうされるか"を念頭に置き、 先生と同じ責任感に立って、思索し、動き、戦っていった。  三障四魔、三類の強敵と戦い、難を受けきられながら、広宣流布の指揮を執 られる先生の「境地(きょうち)」を、私は信じ抜いて、先生にお仕えした。  私が音楽隊や鼓笛隊をつくり、文化祭を推進し、新しい文化運動の流れを起 こしたのも、戸田先生の遠望(えんぼう)を拝察して、その具現化のために、 絶対に必要であると着想したからである。  当時の幹部はだれもが、反対したが、戸田先生は、「大作がやりたいように、 やってみなさい」と、応援してくださった。  今日の創価学会の「平和」「文化」「教育」の世界的な運動の広がりは、す べて、この「師弟不二」の一念によって成し遂げられてきたものである。この ことを、深く知っていただきたい。 ◆≪英国の詩人シェリー≫「肩書きは虚飾」「権力は堕落」 ◆魔を打ち破れ「信心の剣」で!  一、戸田先生は、「戦いは、あくまでも攻撃だよ。攻撃精神だよ」とおっし ゃった。  また、人材育成について「大事にするのは、そっとして置くこととは違う。 うんと働かせる方がいいぞ」とも訴えられた。  学会の師弟の世界が、心ない中傷にさらされ、同志が馬鹿にされた時、「本 気で怒る人」「死に物狂いで戦う人」こそ、本物のリーダーである。  それを、真剣に怒らず、高みの見物をしているような人間は、偽物である。 絶対に信用してはならない。  特に、未来のために、若い世代を育てるために、本当のことを言っておきた いのである。  純粋な学会員の皆さまのおかげで、創価学会は世界に広がった。大発展した。  だからこそ、最高幹部の責任は重い。  懸命に広布に励んでくださる、大切な同志が苦しむようなことがあってはな らない。  尊き民衆の城を護りゆくために、リーダーは自らが矢面に立って邪悪と戦っ ていくのだ。  イギリスの詩人シェリーは、「肩書は虚飾、権力は堕落」と綴った(阿部美 春・上野和廣・浦壁寿子・杉野徹・宮北恵子訳『飛び立つ鷲 ── シェリー初 期散文集』南雲堂)。  外から、内から、和合の団結を破壊しようとする動き。  慈愛のかけらもなく、己の醜い欲のために、麗しい世界を食い物にしようと する魔性 ── 。  そうした魔の蠢動(しゅんどう)嶺動を打ち破るのは、「信心の剣(つるぎ)」 である。  戸田先生がおっしゃっていた「攻撃精神」なのである。  一、今、学会も、学会をめぐる環境も、大きな潮(うしお)のように動いて いる。変化している。  広布を進めゆく「三代の師弟」の精神を、永遠たらしめることができるかど うか。その重要な節目を迎えている。  これまで学会は、数限りない非難中傷を浴びてきた。  また、仏法を軽んじ、尊き仏子をあごで使い、のさばった増上慢の反逆者も いた。  しかし学会は、すべてを乗り越えてきた。  なぜか。  それは、「信心」で勝ったからだ。「異体同心」で戦ったからである。  「異体同心」を貫く限り、仏法に行き詰まりはない。  私は今、永遠に学会が栄えゆく軌道を厳然と敷いておきたい。この軌道を絶 対に踏み外してはならない。  仏法は勝負であり、厳しい。甘く考えてはならない。  私は、戸田先生を馬鹿にした人間とは、すべて戦った。学会の師弟をせせら 笑った人間を、絶対に許さなかった。  この信心は、仏になるための、永遠の幸福の大道である。  ゆえに、仏道修行が必要であり、信心の世界において、臆病の心にとらわれ てはならない。  ましてや、「名聞名利(みょうもんみょうり)」で動けば、人間の生命に具 わる魔性を見破ることができなくなる。そして、必ず自分自身が損をする。  広布のために戦えば、必ず難が起こる。  あらゆる中傷や謀略を寄せ付けず、むしろ、苦難をもチャンスに変えて、善 の勢力を大きくしていくのが、指導者の使命である。  リーダーの皆さんもまた、全員が「広布の責任者」との自覚に立って、勇敢 に、全魂の指揮を執っていただきたい。              (〔下〕に続く)