新・人間革命  前進 四十一 (3319)  坂田益男は、病室にあって、小声で懸命に題目を唱え続けた。 絶対に社会復帰をして、みんなに恩返しをするんだ!″  彼の祈りは、驚異的な回復力をもたらし、二カ月半で退院することができた。医師が 「見立て違いをした」と言うほどであった。  退院してみると、勤めていた自動車部品の製造・販売の会社に、坂田の居場所はなくな っていた。結局、会社を辞めざるをえなかった。  だが、唱題の力を実感していた坂田は、もはや狼狽することはなかった。かえって、不 思議に闘志がわいてくるのだ。 それなら、自分で自動車部品を扱う仕事を始めよう″と思った。  フロアに机と電話が幾つも置かれた「貸し机」の一つが、彼の事務所″であった。  朝から夕方まで営業に回り、夜は、どんなに忙しくても学会活動に出るようにした。  彼には俺は御本尊によって、同志の題目によって、命を救われた。一度は死んだ人間 だ。ならば、自分の人生は広宣流布に捧げよう″との強い思いがあったのである。  自動車部品の製造は、近所の町工場を借りたり、立体交差する道路の下を使って行った。  作業にかかれるのは夜中である。納期が近づくと、徹夜になることもあった。  医師からは、絶対に夜更かしはしないように、強く言われていた。  また、足を棒のようにして歩いても、注文が取れない日も多かった。泣きたい思いだっ た。  しかし、坂田は笑顔を絶やさなかった。 不景気な顔をしていては、顧客は元気が出ない。会うと明るくなると言われるような営 業をしよう″と、心に決めていたのである。  彼の祈りの根本は、常に広宣流布であった。 仏法の力を証明するために、仕事に勝たせてください!″と祈った。  また、顧客が繁栄し、幸せになれるようにと、題目を送り、依頼のあった仕事は、難し い注文もすべて引き受けた。  彼のそうした姿勢は、次第に、顧客から高く評価されていった。 「坂田さんなら、必ずやってくれる」  信頼とは、誠実を積み上げてつくる、黄金の城壁である。 名字の言 2006.4.1 ▼桜前線が北上中だ。開花の基準は、ほとんどがソメイヨシノ。日本の桜の中で一番多い。 すべて接ぎ木や挿し木で増えたものだ ▼桜は、同じ木に咲いた花の雄しべの花粉を雌しべに付けても実を結ばない。オオシマザ クラとエドヒガンの交配で一本だけ作られたソメイヨシノからも、その種は取れず、人の 手で枝を接ぎ、植えて増やしていった。明治の初め、ソメイヨシノは、こうした人の手の 温もりとともに各地に広まった ▼先日、行われた福岡総県の女性大会。一人の地区婦人部長の体験発表が印象に残った。 女子部時代は、信仰に消極的だった。若くして結婚するも数年後、離婚。その時、人生の 土台を築く女子部の活動の大切さに、改めて気付いたという ▼目先のことにとらわれがちな若い女性を見ると、昔の自分と重なる。過去のつらい経験 から「女子部員を絶対に幸福の軌道から外さない。それが私の使命」と。彼女の励ましで 今年、地区に5人の新しい女子部員が誕生した ▼人が関わってこそ、桜は一段と美しく咲く。御書に「夫れ木をうえ候には大風吹き候へ どもつよきすけをかひぬれば・たうれず」(1468ページ)と。創価の花・女子部を皆 で応援し、わが地域に喜びの笑顔を咲き薫らせたい。(正) 北斗七星 2006.4.1 ◆人が生を終える時の医療、「緩和的医療」や「看取りの医療」などをめぐる問題が改め てクローズアップされている。富山県射水市の市民病院で明らかになった事例では「延命 治療の中止」が問われている ◆回復の見込みのない「終末期」の患者の延命治療の中止が許されるのはどんな場合か、 患者7人が人工呼吸器を外されて死亡した問題で、医師は「家族の同意を得ていた」と説 明しているという ◆ただ本当に死は避けられなかったのか、家族に治療の効果や容体の見通しの十分な情報 を提供していたのか、家族が患者の価値観を知り、その意思を的確に推定できる立場にあ ったかなどが問われている ◆日本で安楽死は認められていないが、同時に「治療の中止」の在り方を定めた法律や公 的な指針もない。1995年に横浜地裁が判決で示した要件が一つの目安になっているに すぎない ◆「終末期」が訪れるのは、大人だけではない。新生児医療の現場でも、延命行為だけの 医療を中止することの是非が議論されている。医学の進歩で助かる命が増える半面、新た な課題を社会に投げ掛けている ◆川崎厚労相は28日、同省研究班が続けている延命治療の中止基準などの論議を急ぐよ う指示したことを明らかにした。拙速な議論は困るが、いつまでも医師個人に判断を委ね る状態が続いてよいはずもない。 (健) ☆「わが友に贈る」☆ さあ出発だ! 「5月3日」へ 勢いよく! まずは 異体同心の祈りから! ―4月1日―