2006.4.7SP ――――――――――――――――――――――――――――――――――   5・3記念最高協議会での名誉会長のスピーチ ―――――――――――――――――――――――――――――――――― ◆◆◆ 勝利の劇を! さあ今日から一緒に ◆◆◆ 人生は戦い!      勝つために祈りを       勝つために団結を 【名誉会長のスピーチ】  一、人と会い、人と語る。そうやって私は、友情を結び、英知を集め、平和 への道を開いた。  イギリスの大歴史家トインビー博士との出会いは忘れられない。  博士は、子息に、こう語っておられる。  「人生は闘争なのだ」「安閑としていてはなにも得られない」(黒沢英二訳 『現代人の疑問』毎日新聞社)  戦いなのだ。  戦う人がいなければ、何一つ、つくれない。  私は、だれよりも、一番、試練を受け、一番、悪人から憎まれ、それを乗り 越えて、今日の盤石な学会を築いた。  死にものぐるいで、恩師・戸田先生に仕えた。  最大の苦境のなか、やっかいな渉外に体当たりでぶつかった。  なかには、「あなたの誠実さには、頭がさがりました」と言って、味方にな ってくださる方もいた。今も心に残る思い出である。  私は、すべてを恩師から学んだ。  「自分なんかは、まだまだだ。仏法の『ぶ』の字もわかっていない。だから 学ぼう。勉強しよう」  ひたぶるに、師を求め、最高の哲学を求めていった。  若き日から愛読してきた武者小路実篤(むしゃのこうじさねあつ)の小説に こういう言葉があった。  「自分は師によつて救はれたものだ。師があつて自分の一生があるのだ」(「幸 福者」、『武者小路実篤全集第4巻』所収、小学館)  これが弟子の心だ。  わが人生は、師とともに! 師のために! ── ここに永遠の勝利の軌道があ る。  反対に、謙虚な気持ちを忘れたら、成長はとまる。立場が上になるほど、厳 しく自身を戒めなければならない。  幹部だからといって、人の意見も聞かない。胸襟(きょうきん)を開いて、 相手の懐に飛び込んでもいけない。  それでは独善だ。  「あの人に本当の大事な話はできない」と思われるようでは、幹部失格とい わざるをえない。  真に広布の責任者としての自覚に立つならば、わが地域の全同志を抱きかか え、勇気と希望を贈っていく。たとえ一人でも、少しでも苦しんでいる人がい れば、駆けつけて支え、励まし続ける。その慈愛がなければならない。  一人も残らず幸福に!  その祈りこそ、仏法の指導者の根幹である。  虚栄や権勢に、とらわれてはならない。  広布の同志を大事にすることだ。自分がどうあれ、学会員が幸福になればい い。こう決めて私は生きてきた。  このことを、若き皆さんは、よく覚えておいてもらいたい。 ◆◆ 全同志を抱きかかえて進め     ── 断じて皆を幸福に! それが広布の責任者 ◆嵐の時こそ!  一、広布の途上には、必ず難がある。法華経に御書に仰せの通りだ。  昭和32年の「大阪事件」も、そうであった。  私は、まったくの事実無根の容疑で投獄された。法廷で4年半、戦い抜き、 師弟の勝利を満天下に示した。  その間、責任ある立場にもかかわらず、卑劣にも、裁判のゆくえはわからな いなどとうそぶいた、臆病な人間もいた。  いざという時に、その人の真価(しんか)がわかる。  昭和54年4月24日。私が会長を辞任した時、驚きと怒りに燃えて、駆け つけた同志がいた。  「先生、会長を辞めないでください!」「どうして辞められるのですか!」 「だれが辞めさせたのですか!」 ── その真剣な紅涙(こうるい)したたる 叫びを、私は生涯、忘れることはできない。  嵐の時こそ、師とともに殉じていこう!  それこそ、真の弟子の道である。そこに魂の劇が光っていくものだ。  正義なるがゆえに迫害される。これが歴史の常であった。人権の世紀、真の 民主主義を築くためには、民衆が、もっと強く、もっと賢明にならなければな らない。 ◆民衆を裏切るな  一、私がお会いした、南米チリの哲人政治家エイルウィン大統領は、こう語 っていた。  「権力には『倫理』が伴う必要があります。  権力は人々を『善』に近づけるためにあります。『悪』に近づけるためでは ありません」  その通りだ。  軍事独裁を倒し、民主化を成し遂げた大統領ならではの警句(けいく)であ る。  大統領が師と仰ぐ、フランスの哲学者ジャック・マリタンは言う。「善い政 治の第一の政治的要件として、政治が正義にかなうものでなければならない、 ということは真理である」(久保正幡・稲垣良典訳『人間と国家』創文社)  正義といい、倫理といい、善といい、要するに「深い精神性」がなければ、 よき指導者にはなれない。  権力欲に毒され、堕落してしまう。もう、そこには、信念も、理想もない。 良識のかけらもない。  本来、指導者は民衆に尽くすためにいるのだ。  それに反して、自己の名声や一家の栄華(えいが)のみを追いかけ、尊い同 志を小バカにし、最後には裏切る。そういう非道な忘恩の人間は、絶対に許し てはならない。  民衆を蹂躙(じゅうりん)する者とは断固、戦い抜く。  これが創価の三代の会長の魂である。  「悪は悪」だと叫び切る。全知全能を注いで、民衆を守り抜く。気迫みなぎ る智勇の人こそ、真の仏弟子である。  「猛然たる祈り」と「勇気の師子吼」で邪悪を打ち砕くのだ。 ◆≪スペインの哲学者≫    ── 生きるとは「仕事をすること」 立ち上がらなければ道は開けない ◆悪を根絶する火は強い精神から  一、ロシアの教育学の父ウシンスキーは述べている。  「悪人を根っ子から焼きつくす火は、強い精神のなかにのみ生まれる」(柴 田義松訳『ウシンスキー教育学全集IV』明治図書出版)  悪をどう打ち破り、改俊(かいしゅん)させるか。それは、強い精神がある かどうかで決まる。結局、問題は、自分自身である。  弱くてはいけない。意気地なしではいけない。  卑怯者ではいけない。  悪に対しては、強く責め抜くことが、慈悲である。それが、その人を救うこ とになるからだ。  一、スペインの哲学者オルテガは言った。  「生きるためには、常にわれわれは、何かしていなければならない、さもな ければへたばることになろう。さよう、人生は仕事である」(会田由訳「司書 の使命」、『オルテガ著作集8』所収、白水社)  大事なのは格好ではない。「何をしたか」だ。実力がどうかである。  人からよく見られよう ── そんなことばかり考えるのは、虚飾の世界だ。 我らは革命の世界、正義の世界、戦いの世界である。  とくに青年は、「勝利こそ使命」と決め、敢然と、先頭を切って、戦って戦 って戦い抜くのだ。  その覇気がなければ、心はすでに老人である。  悪人が吹き飛ぶような闘魂をもつのだ。 ◆新しい時代を!  一、創価の青年を温かく見守ってくださった、ゴルバチョフ元ソ連大統領の ライサ夫人が、こう述べていた。  「建設的であることでしか人間は幸せになれない、と私は確信します」(山 口瑞彦訳『ゴルバチョフとともに』読売新聞社)  破壊は一瞬。建設は、苦闘また苦闘の連続だ。  しかし、建設に挑(いど)んでこそ、何があっても微動だにしない強い自分 になれる。  青年が本気になって立ち上がるのだ。そうでなければ道は開けない。  一、広宣流布の新しい時代をつくるのは、今である。  新しい決意で、異体同心でがっちりと団結し、学会の発展のために尽くし抜 く。大切な同志を守りに守る。それがリーダーの使命である。  我らの前進は、一部の人間のためではない。  慈悲。共生。生命の尊厳。人間革命 ── そうした仏法の哲理を、広く社会 に開花させるのだ。  すなわち、立正安国のためであり、世界平和のためである。  新しい前進は、もう始まっている。  戦いには、遠慮があってはならない。  好き嫌いで人を見たら、戦いはできない。  「断じて勝つ」という一点に立ち、同じ目的に向かって呼吸を合わせ、心を 一致させるのだ。  勝つために祈りを!  勝つために団結を!  痛快なる勝利のドラマを、きょうから一緒に、楽しく、堂々と開始しようで はないか!(大拍手)             (2006・4・5)