2006.4.17SP ――――――――――――――――――――――――――――――――――      5・3記念各部協議会での名誉会長のスピーチ〔中〕 ―――――――――――――――――――――――――――――――――― ◆◆◆ 信心で勝て! 風雪を越えて光れ ◆◆ 白樺のごとく抜苦与楽の指導者に ◆◆≪夫を亡くした女性への御聖訓≫     故人も皆さんといます 冬は必ず春となるのです! 【名誉会長のスピーチ】  一、わが身をかえりみず、友のため、地域のために、広宣流布の道なき道を 開いてきた功労者の方々は、皆、本当に、いい顔をしておられる。不思議なも のだ。  虚栄と我欲(がよく)の心卑しき顔とは、全然、違う。  魂が光っている。  人生の風雪を信心で乗り越えた人ならではの、風格があり、温かさがある。 福徳が満ちあふれている。  何があっても、学会とともに! ── こういう真っすぐな、まじめな信心の 方々がおられるからこそ、学会は勝ってきたのである。 ◆信心とは人間の最極の信念  一、正しき仏法を実践すれば、必ず大難が競い起こる。  その時こそ、信心強く、信念固く、大勇を奮い起こして、難に挑んでいくの だ。  その人に、三世にわたる勝利の栄冠が輝く。  天台大師は、「信力の故に受け念力の故に持つ」と説いた。  日蓮大聖人は、この文を引かれつつ、四条金吾に教えておられる。  「大難が来ても、この法華経を常に思い持(たも)って忘れない人はまれで ある。 法華経(御本尊)を受けることはやさしく、持(たも)ち続けることは難しい。 そして、成仏は持(たも)ち続けることにある」(御書1136ページ、通解)  妙法は、わが生命に、三世にわたる幸福を開きゆく絶対の法則である。  ゆえに「此経難持(しきょうなんじ=此の経は持ち難し)」と説かれるこの 妙法を受持し抜くことこそ、人間として最極の信念の生き方である。  何かあるとすぐ紛動され、動揺する。それでは「信念」ではない。「信心」 ではない。  一、大聖人は、いざという時に、信念を貫き通した門下を、最大に讃え、励 ましていかれた。  佐渡の弟子である阿仏房・千日尼(あぶつぼう・せんにちあま)の夫妻は、 流罪の身であられた大聖人のもとに食事を運ぶなどして、懸命にお守りした。  そのために、所を追われ、罰金に処せられ、家を取り上げられるなどの難を 受けたが、毅然と信心を貫いていった。  大聖人は、千日尼にあてて、こう御手紙を記されている。  「地頭(じとう)という地頭、念仏者という念仏者らが、日蓮の庵室(あん しつ)に昼夜に見張りを立て、通う人を妨げようとしたのに、阿仏房に(食事 などを入れた)櫃(ひつ)を背負わせ、夜中にたびたび訪ねてくださったこと を、いつの世に忘れることができようか。  ただ日蓮の亡き悲母(ひも)が佐渡の国に生まれ変わったのであろうか」(同 1313ページ、通解)  "わが母の生まれ変わり"とまで、讃えておられるのである。  大聖人を慕う夫妻の真心は、大聖人が佐渡を離れられた後も、いささかも変 わらなかった。  阿仏房は、老齢にもかかわらず、何度も御供養の品々を携(たずさ)えて、 身延の大聖人を訪ねている。  そして、夫妻の純粋な信心は、後継の子どもにも、そのまま受け継がれてい ったのである。 ◆"幼いお子は日蓮が見守ります"  一、一方、大聖人が佐渡に流罪されている間、鎌倉の弟子たちにも、大弾圧 の嵐が吹き荒れ、多くが退転していった。  そのなかで、女性の門下である妙一尼(みょういちあま)は、勇気ある信心 に徹し抜いた。  妙一尼は、大聖人の佐渡流罪中に、夫を亡くした。子どもたちも幼く、なか には病弱な子もいた。自分自身も決して丈夫ではない、加えて、生活の糧であ る所領も奪われる難を受けた。  どれほど心細かったことか。  しかし、その厳しさ極まる状況の中でも、妙一尼の信心は少しも揺るがなか った。  佐渡へ、また身延へと御供養をお届けし、自らの大切な従者を遣わし、仕え させるなど、大聖人を真剣にお守りしていった。  このけなげな女性に対して、大聖人は、こう仰せになっている。  「佐渡の国といい、この身延といい、従者を一人つけてくださったお心は、 いつの世に忘れることがありましょうか。  このご恩は、また生まれ変わって、報(むく)いるでありましょう」(同1 254ページ、通解)  「尼御前が生きておられるにせよ、もしくは草葉の陰からご覧になっておら れるにせよ、幼いお子さんたちを、日蓮が見守ってまいりましよう」(同)  「(法華経のために迫害された)聖霊(しょうりょう=亡くなられたあなた のご主人)は、(命を捨てて仏になった雪山童子や薬王菩薩と)同じ功徳があ るのです。  亡くなったご主人は、大月輪(だいげつりん=月)の中か、大日輪(だいに ちりん=太陽)の中か、天の鏡の中にあなたがた妻子の姿を浮かべて、一日中、 見守っておられることでしょう。  あなたがた妻子は凡夫ですから、これを見ることも聞くこともありません。 (中略)しかし、決して疑ってはなりません。(成仏したご主人は)必ず(あ なたがたを)守っておられることでしょう。それだけではなく、さぞかし、あ なたがたのもとへ来られていることでしょう」(同)  まさに、心のひだの奥深くに染み込むような、一言一言である。  この、こまやかな励ましが、どれほど妙一尼の支えとなったことか。  「冬は必ず春となる」(同1253ページ)との有名な御聖訓をいただいた のは、まさに、この妙一尼であった。 ◆「悪から守る木」「心身を癒(いや)す木」  一、きょうは、いつも私どもが大変にお世話になっている、女性の看護者の 「白樺会」「白樺グループ」の皆さまも出席されている。  「白樺」の名前は、まことに美しく、意義深い。  私は、ロシア最高峰のモスクワ大学から丁重な招聘(しょうへい)を受け、 1994年の風薫る5月、同大学を訪れた。そこで2度目の講演を行った。  講演のあと、サドーヴニチィ総長が案内してくださり、私と妻は、校内の植 物園で、記念の植樹をさせていただいた。  それが、ロシアで最も愛されている「白樺」の苗木であった。  私は感謝し、総長に申し上げた。  「木を植えることは、いのちを植えることです。心の『根』と『根』を結ぶ ことです」と。  当時、腰の高さほどであった苗木は、うれしいことに、今や見上げるばかり の大樹と育った。  なお、たっての要請を受け、モスクワで本年、私の「自然との対話」写真展 が開かれることをご報告申し上げたい(大拍手)。  一、ロシアでは、白樺は、5月になると、みずみずしい緑の葉を生い茂らせ る。秋には、鮮やかな黄金色の葉に変わる。  白樺はまた、寒さや暑さに強く、荒涼とした大地にも、たくましく根を張る 「パイオニア(開拓者)の木」としても知られる。  ロシアでは、「太陽のエネルギーを蓄え、そのエネルギーを与えてくれる木」 「側に立つと、心身ともに癒される木」「成長と蘇生の象徴の木」、そして「悪 から守ってくれる幸福の木」などとされ、「ロシアの心の象徴」として、親し まれている。  こうした白樺の特質は、いずれも、わが妙法の看護者の皆さま方が、日々、 体現されている「抜苦与楽(ばっくよらく)」の力用(りきゆう)に通ずる。  私たちも、白樺の木のごとく、強く、やさしく、人々の苦しみを癒し、慈愛 を注ぐ存在でありたい。  「白樺会」「白樺グループ」の皆さまの献身の姿に、私も妻も、全同志を代 表して、改めて感謝申し上げたい(大拍手)。 ◆白樺の世紀、万歳  一、以前もスピーチしたが、「白樺」の皆さまにちなんで、ナイチンゲール (1820?1910年)の話をしたい。  ナイチンゲールの教え子たちが、それぞれの職場で活躍することによって、 師の偉大さが証明されていった史実は有名である。  教え子たちは、イギリスの主要な病院や療養所の「総婦長」「婦長」などの 要職に続々と就任した。  さらに、その足跡は、カナダやアメリカ、ドイツ、スウェーデン、インド、 スリランカ、エジプトなど、世界各地へと広がっていった。  そうした教え子の活躍を、ナイチンゲールは、何よりも喜んだ。  たとえば、教え子の一人、レイチェル・ウィリアムズについて、こう綴って いる。  「彼女は嫉妬・けちくささなどを超越した高貴な性格をそなえ、特記すべき 知性の持ち主である。……自分を監督する立場の人たちとも、自分の監督下に ある人たちとも、ひとしくすぐれた人間関係をかちえている女性がここにある のは、たぐいまれな事例であろう」(Z・コープ著、三輪卓爾訳『ナイチンゲ ールと六人の弟子』医学書院)  ナイチンゲールの教え子たちを、勤め先の病院の側も非常に高く評価してい た。  教え子のアリス・フィッシャーが病院を移る時、それまでの勤め先は、こう 決議して彼女を送り出した。  「フィッシャー嬢が病院の婦長として在職した五年間、よく職務を遂行せら れ、諸委員に完全な満足がゆく成果を収められた旨の証言をすることを深い喜 びとするものである」(同)  うれしいことに、白樺の皆さま方も、日本中、世界中で、それぞれの職場、 地域で、信頼され、感謝され、「なくてはならない人」「いてもらいたい人」 として、厳然と光り輝いておられる。  「白樺会、万歳!」「白樺グループ、万歳!」「白樺の世紀、万歳!」 ── そう私は、声を大にして叫びたい(大拍手)。              (〔下〕に続く)