2006.4.18SP ――――――――――――――――――――――――――――――――――       5・3記念各部協議会での名誉会長のスピーチ〔下〕 ―――――――――――――――――――――――――――――――――― ◆◆◆ さあ戦おうではないか! 大勝利の5月3日へ前進 ◆◆ 〔今〕を勝て! 万代のために      ── 「日興上人」師匠に違背した五老僧と戦い抜く      ── "師弟を踏みにじった輩の堕落を見よ" 【名誉会長のスピーチ】  一、後継者の育成。これが最も重要な課題である。  私は今、若き青年を育てることに全力を挙げている。近代看護の礎(いしず え)をつくったナイチンゲール。彼女もまた、後進の育成に力を注いだ。  ナイチンゲールが創立した看護学校の出身者は、こう振り返っている。  「(ナイチンゲールは)私たちの問題をわがことのように真剣に考えてくだ さるので、この方には私たち以外の関心事はないのかと思ってしまうほどでし た」(エドワード・T・クック著、中村妙子・友枝久美子訳『ナイティンゲー ルその生涯と思想III』時空出版) "人材の育成しか眼中にない" ── 私には、ナイチンゲールの心境が、よく わかる。  このナイチンゲールの心に応(こた)え、教え子たちは、どういう立場にな っても、素直に師匠の教えを求め、真剣に実践していった。 ◆◆ まず自分が変われ     ── さらなる前進のために「革命」を! ◆≪後継者を育てたナイチンゲール≫"人材の育成しか眼中にない" ◆"肝心のあなたはどうするの?"  一、ある病院の婦長に就任した教え子が、病院内の看護業務についての取り 決めの草案づくりを任されたときのことである。  彼女は、自分が考えた草案をナイチンゲールに送り、指導を求めた。  それに対し、ナイチンゲールは、いくつか具体的なアドバイスをするととも に、こう指摘した。  "見習い生や看護主任たちの義務については、十分に述べてあります。  しかし、肝心の婦長である、あなた自身が果たすべき義務については、一言 も書かれていませんね"と。  自分の成長なくして、皆の成長はない。  自分が変わらずして、職場も変わらない。  この中心者の根本の一念を、ナイチンゲールは、厳しくも温かく教えたので ある。 ◆優しい心遣いが力を与える  一、ナイチンゲールは、教え子たちの健康面一つとっても、「これほどまで に」と思うほど心を砕いていった。  看護の仕事は、激務であり、不規則である。  ナイチンゲールは、自らの豊富な経験から、栄養に優れた食事の献立までア ドバイスした。  励ましの手紙とともに、そっと新鮮な卵などを教え子に贈ることもあった。  さらにまた、必ずと言ってよいほど、こう手紙に書き添えたという。  「私が何かの役に立てるなら、どうか遠慮せずに言ってください」(前掲『ナ イティンゲールその生涯と思想III』)  このような心づかいを受けた人は、どれほどうれしく、また、心温まる思い がしたことだろう。  ちょっとしたことでも、こうした真心の配慮があると、皆が安心し、喜々と して活動していける。広布のリーダーである皆さんは、深く銘記していただき たい。  ナイチンゲールの教え子の一人は、感謝をこめて、こうも語っている。  「ミス・ナイティンゲールは私たちに対して、いつも母親が娘に対するよう な、やさしい心遣いを示してくださいました」(同)  「たまたま遭遇している試練について訴えるとき、ミス・ナイティンゲール は高い理想に立って助言し、ともに戦ってくださいました」(同)  教え子たちは、ナイチンゲールの温かく、大きな心に包まれて、困難を一つ 一つ克服し、「もう一歩、前に進む自信」を深めながら、堅実に看護にいそし んでいったのである。  今、全国で、婦人部と女子部の麗(うるわ)しいスクラムが広がっている。  ともに祈り、ともに語り、ともに動く。このリズムの中でこそ、人材は育つ。  皆が功徳を受け切りながら、さらに楽しく、朗らかに、広宣流布の花を咲き 薫らせていっていただきたい(大拍手)。 ◆「五老僧は過去の話ではない」  一、日蓮大聖人の御入滅後、御遺命(ごゆいめい)に背いた五老僧に対し、 日興上人がいかに戦っていかれたか ── きょうは、その一端を語らせていた だきたい。  戸田先生は、厳しく言われた。  「邪悪を放置しておくのは、慈悲などでは決してない。それは、慈(じ)無 くして詐(いつわ)り親しむ姿だ。悪と戦ってこそ、正義なのだ。  広宣流布の最後の敵というのは、内にこそある。城者(じょうしゃ)の裏切 りが、城を破るのだ。あの五老僧を見給え。五老僧は、過去の話ではない」  御本仏が直々に定められた6人の遺弟のうち、5人までが師に違背して和合 僧を破った。  ここに、重大なる歴史の教訓がある。 ◆正しく伝える弟子は誰か?  一、五老僧を破折する「五人所破抄(ごにんしょはしょう)」において、日 興上人は、こう嘆かれている。  「天台大師に三千あまりの弟子がいたが、章安大師一人だけが、明快に誤り なく、その教えのすべてに通達することができた。  伝教大師にも、三千人の弟子がいたが、義真(ぎしん)の後は、真実の弟子 は無きに等しい。  今、日蓮大聖人は、衆生を末法万年にわたって救済するため、六人の本弟子 を定められた。  しかしながら、法門は、すでに正と邪の二つ(日興上人と五老僧)に分かれ、 門下もまた、一つにまとまることなく分派している。  宿習(しゅくじゅう)のゆえに、正しい師匠に会えたというのに、その法を 正しく持(たも)ち伝えている弟子がだれなのかを、わきまえられないでいる のだ」(御書1615ページ、通解)  令法久住(りょうぼうくじゅう)、広宣流布の正しき継承が、いかに至難の 道であるか。  わが創価学会は、その仏法史の宿命的な課題に挑(いど)み、万代に勝ち栄 えゆく永遠の勝利の土台を、今、築き上げているのだ。  だからこそ、一つ一つ真剣である。  だからこそ、細かなことまで厳格である。  だからこそ、すべてを革命していくのである。 ◆正義の旗を高く  一、日興上人は、大聖人の跡を継がれてから、五老僧と戦い、生涯、大聖人 の"正義の旗"を高く掲げられた。  その戦いのなかで、日蓮仏法の真髄を明確に示され、真の弟子を鍛え抜いて いかれたとも拝(はい)される。  「五人所破抄」で最初に破折されているのは、五老僧が、それぞれに「天台 沙門(てんだいしゃもん=天台僧)」を名乗り、真実の日蓮門下の誇りを捨て 去ったことである。  時の権力を恐れる臆病。  世間の時流におもねる保身。  自分だけ"いい子"になろうとする虚栄。  「師弟の道」を踏み外して、彼らは堕落していった。  そして、日興上人を中心に団結していくよう、峻厳(しゅんげん)に戒めら れた蓮祖の御遺命に背いていったのである。  一、正しき師弟の道から外れた五老僧は、もはや「広宣流布の心」を見失っ てしまった。  大聖人が「広宣流布」を進めるために、わかりやすい「かな文字」を使われ て書かれた御書が、どれほど大事であるかも、理解できなかった。  御真筆(ごしんぴつ)の御書を焼いたり、漉(す)き返しをしたりする暴挙 に出る者もいた。  一、五老僧の一人である日向(にこう)の影響を受けた、身延の地頭・波木 井実長(はきいさねなが)は、日興上人の弘教が縁となって大聖人の仏法を知 ったにもかかわらず、その大恩を忘れ、"自分は日興の弟子ではない"とか、 "聖人の直弟子だから同列である"などと、勝手な主張を構え、明らかに道理 に合わない暴論を述べた。  その浅ましい姿は、枝葉を大事にして根を枯らし、流れを汲みながら源を知 らないのと同じであると日興上人は厳しく断じておられる。〈同1615ペー ジ〉  一、また、日興上人は、「原殿(はらどの)御返事」の中で、日向が、仏典 以外の書籍を読むことを禁じたりしたことを記しておられる。  学識豊かな日興上人への卑しい嫉妬もあったであろう。  邪宗門が学会に加えてきた、的はずれの論難にも通ずる。  日興上人は、大聖人が「立正安国論」などを、外典を用いて執筆なされたこ とを通しながら、「仏法の経典にも、仏典以外の典籍にも通じた学識がなけれ ば、国を平和におさめることもできず、正法を立てることも難しいのが道理で ある」(編年体御書1734ページ、通解)と、日向の難癖を明快に論破され た。  社会に開かれた創価の平和・文化・教育の路線は、大聖人、そして日興上入 に直結する「立正安国」の正道なのである。 ◆仏法は永遠に仏と魔との戦い  一、師弟を踏みにじり、広宣流布を忘れ去った輩が、どれほど堕落するか。  この日向は、信徒の邸内で、一日一夜の説法をして布施を得たばかりか、酒 に興じた。  その家の妻子に酌をしてもらい、酔ったあまり、大声をあげるなどして、そ の一族から嘲(あざけ)り笑われる狂態を示した。  日興上人は、厳しく仰せである。  「(師匠の)日蓮大聖人の御恥(おんはじ)として、これ以上のものはない ではないか。このことは、世間では隠れもなく、人々が皆、知っていることで ある。  このことは、これまで、ただ波木井入道殿(はきいにゅうどうどの)には言 わないでいたけれども、このような事態が起こったからには、もはや、あの阿 闍梨(あじゃり)の尊称をもつ日向が大聖人の御法門を後継することなどでき ない事実が明らかである。  ゆえに、日興が、あの日向を切り捨てたことを(あなたに)知らせるために 言明(げんめい)するのである」(同ページ、通解)と。  この御手紙をいただいた原殿は、波木井実長と関係の深い人物であったと推 測される。  日興上人は、波木井実長をそそのかした日向の邪悪に、原殿までもが染まる ことのないように、日向の悪事を暴き、厳しく責められたと拝される。  この方程式は、今も変わらない。  広宣流布は、永遠に仏と魔との戦いである。  魔は徹底して責め抜き、打ち破っておかなければ、その毒が残って、蔓延(ま んえん)してしまう。  ゆえに、妥協することなく戦い抜くのである。 ◆不二の道を!  一、思えば、日興上人の御生涯は、常に富士と共にあられた。 「閻浮(えんぶ)第一の富山(ふざん)」(御書1613ページ)を誇りとさ れながら、富士のごとく、厳然と堂々と、大聖人と「不二の道」を歩み抜かれ たのである。  日興上人は遺誠置文(ゆいかいおきぶみ)に、「折伏の人を最大に尊敬せよ」 と戒められた。〈「弘通の法師(ほっし)に於ては下輩(げはい)為りと雖も 老僧の思(おもい)を為す可き事」(同1618ページ)〉  広布のリーダーは、弘教の拡大、聖教新聞の拡大、人材の拡大に励んでくだ さる同志を心から尊敬し、大切にしていくことだ。  ともあれ、この遺誠置文には、「未だ広宣流布せざる間は身命(しんみょう) を捨て随力弘通(ずいりきぐつう)を致す可き事」(同ページ)と仰せである。  これこそ、我ら創価の師弟の魂であり、学会精神なのである。  一、学会のリーダーは、会員一人ひとりに心を配っていける人であっていた だきたい。  会合を開くにも、「皆がお腹をすかせていないか」「体調を崩している人は いないか」 ── そういう細かいところにまで配慮できてこそ、一流の指導者 である。  そして、「どうすれば同志が元気になるか」「喜んで広布に励んでいけるの か」といつも考えていく。  それが、幹部の責任である。真剣に戦ってくださる皆さまへの礼儀である。 ◆人材を愛せ!  一、戸田先生のご指導を確認しておきたい。  「真の英雄は人材を愛する。人材を愛さねば英雄とはいえない」  「学会の広宣流布ということに対しても、要は、人材の城でなくてはならな い」  上に立つ人間が、困難から逃げない強さを持ち、愛情深く、正義の人である ならば、それに触発(しょくはつ)されて、人材というのは絶対に立ち上がっ ていくものだ。  人材育成といっても、幹部の成長で決まる。  一、戸田先生は言われた。  「人材とは、特別な人間ではない。要は、その磨き方にある」と。  その言葉の通り、戸田先生は、平凡な一青年であった私を、磨きに磨き、鍛 えに鍛えてくださった。  恩師のお心に、何としてもお応えしたいと、私も、死にものぐるいで戦った。  挫折しかかった先生の事業を最後まで支えたのは私である。先生への誹誘・ 中傷も断じて許さなかった。  私自身、肺病で、月給ももらえず、最も苦しい時代であった。  しかし、戸田先生がいたから私は幸せだった。  戸田先生もまた「大作がいるから安心だ」と若き私に全幅の信頼を寄せてく ださったのである。 ◆自身を鍛えよ! 新しい熱と力を  一、大聖人は、「各各(おのおの)・随分に法華経を信ぜられつる・ゆへに 過去の重罪をせめいだし給いて候、たとへばくろがね(鉄)をよくよくきた(鍛) へばきず(疵)のあらわるるがごとし」(御書1083ページ)と仰せである。  広布のために戦い抜いた人は、過去世の罪を責め出し、消して、わが生命を 金剛の剣(つるぎ)のごとく、光り輝かせていくことができる。  「鉄(くろがね)は炎打(きたい・う)てば剣となる」(同958ページ) と仰せの通りである。  磨かなくては人材は光ってこない。鍛えなければ本物は育たない。  戸田先生は青年に強く訴えていかれた。  「広宣流布の大事業は、新しい時代に応じた、新しい熱と力が、不可欠なの だ!  それには、青年が立つことだ。青年の力を信ずることだ」  「青年は、問題をはね返して、伸びていくことが大切だ」  そして、「闘争の源は、鉄の肉体であり、生命力であり、健康体である」と。  青年の中には、無限の可能性の宝がある。  その無上の宝を、社会の荒波のなかで、広布の最前線で、徹して磨き抜いて もらいたいのだ。 ◆決着をつけよ!  一、さらに箴言(しんげん)を贈りたい。  大聖人が大事にされていた中国の帝王学『貞観政要(じょうがんせいよう)』 に、こうある。  「すべて始めを善くする者はまことに多いですが終りまで善くしおおせるも のは極めて少ない」(原田種成著『新釈漢文大系95』明治書院)  仕事も、闘争も、人生も、すべて「仕上げる」「決着をつける」ことが大事 である。 . 最後の最後まで、油断なく、執念を燃え上がらせて戦い切ることだ。  「さあ、やろうじゃないか! 戦おうじゃないか!」と意気軒高に励まし合い ながら、全員が「わが目標」を断固として完遂し、大勝利の姿で晴れ晴れと「5 月3日」を迎えたい(大拍手)。 ◆◆ 真実の声を! 勇気の声を!     ── 虚偽がはびこれば民主社会の危機 ◆≪大思想家モンテーニュ≫ 「嘘をつくことは下劣な悪徳だ」 ◆支持者の恩に全力で報(むく)いる  一、16世紀、フランス・ルネサンス期の大思想家モンテーニュ。  彼は文人としてだけでなく、ボルドー市長として活躍するなど、公的な活動 を行ったことでも知られる。  彼は単なる、"書斎の人"ではなく、"行動の人""実践の人"の側面も持 っていたのである。  私がお会いした、統一ドイツのヴァイツゼッカー初代大統領は、かつてこう 述べた。  「私は、精神に対して政治を、政治に対して精神を開き、それぞれを有効に 働かせることに貢献したいと思っています」(永井清彦訳『歴史の終りか幕あ けか』岩波書店)  モンテーニュもまた、「政治」と「精神性」の間に橋を架けた人であった。 世界には、そういう指導者が必要である。とくに今、「精神性なき政治」を憂 える人は多い。  モンテーニュは、ボルドー市長に再選されているが、これは大変、まれなこ とであったという。  彼は、自分を支持してくれた市民の恩を忘れなかった。  「最初の選挙の時以上に骨を折ってくれた市民諸君に対して、感謝を欠き恩 義を忘れるものと考えてはいけない。わたしはこれらの市民諸君のために、あ りうる限りの幸(さいわ)いを願っている」(関根秀雄訳『モンテーニュ全集 随想録』白水社)と述べている。  さらにまた、「実際その機会さえあったら、わたしは彼らのためにどんな苦 労をもおしまなかったであろう」(同)と綴っている。  応援してくれた人々の恩に報いる。これは、人間として当然の道である。こ の道を踏み外した者は、人間の道を踏み外した者といってよい。  モンテーニュは『随想録』の中で、「自惚(うぬぼれ)は我々の持って生れ た病いである」(同)、「高慢からはあらゆる罪悪が生れる」(同)などと、 人間の傲慢に警鐘(けいしょう)を鳴らしている。  一、モンテーニュは真実をこよなく愛した。真実を愛するがゆえに、それ以 上の強さで虚偽を僧んだ。  彼は「嘘をつくことは下劣な悪徳だ」「言葉を偽(いつわ)る者はおおやけ の社会を裏切る者だ」(荒木昭太郎訳『世界の名著19モンテーニュ』中央公 論社)と、激しい言葉で虚偽を責めている。  「言葉」を通して、私たち人間は心を通わせ、意思を表し、生活を営んでい る。我々の社会は、言葉によって成り立っているといっても過言ではない。  だから、ウソがはびこるようになると、その社会の基礎は、大きく揺らいで しまうことになる。  「もしそれ(=言葉)がわれわれをあざむくならば、それはわれわれの交わ りのすべてを断ち切り、われわれの国家のつながりのすべてを解いてしまう」 (同)と、モンテーニュが喝破(かっぱ)した通りである。  ゆえに私たちは、恐れることなく、どんどん「真実」を語ってまいりたい。 勇気の「声」を上げることだ。  御書には「声仏事を為す」(708ページ)とある。「声」には偉大な力が あるのだ。  黙っていてはいけない。沈黙すれば、その分、ウソが浸透し、社会が蝕(む しば)まれてしまう。  私は、ありのままに、真実を語る。  戸田先生はよく、「大作は、なんでも本当のことを言うからいいな」と、お っしゃってくださっていた。  率直に、オープンに、真実を語るから、皆が安心してついてこられる。  "秘密主義"や"密室主義"はよくない。  「虚偽」の支配する世界は腐敗する。  「真実」の君臨する世界は繁栄する。  いかなる国であれ、組織・団体であれ、同様である。 ◆≪行き詰まったら動け! マータイ博士の信念≫     ── 私は常に「行動」に希望を見いだします。         問題にぶつかっても決してあきらめないで! ◆悪を助長するな  一、モンテーニュは「残忍と不誠実こそ、わたしの考えでは不徳の中で最も 悪いやつである」(前渇、関根訳『随想録』)との一節も残している。  広布の歴史にあっても、民衆を食い物にする残忍な人間、私たちの信頼を裏 切った不誠実な人間が現れた。  そうした輩(やから)が、無残な結末を迎えていくことは間違いない。  ベルギーの作家メーテルリンクは言った。  「悪行(あくぎょう)の結末は張り裂ける叫びを伴う破局である」(山崎剛 訳『限りなき幸福へ』平河出版社)  悪に対して怒る。それは、当たり前のことだ。この当たり前のことをやらな ければ、悪を助長してしまうことになる。  悪を責め抜く、勇気と闘争心を失ってはならない。  学会は、どこまでも正義の団体である。未来永遠に、そうであらねばならな い。  私利私欲の卑しい人間に学会が利用され、純粋な学会員が苦しむようなこと は、絶対にあってはならない。  正義と真実の世界を築いていくには、絶えざる革命が必要である。  さあ、革命していこう!今までの百倍、千倍の勢いで! 戦おうじゃないか! (大拍手)  私は、人生のすべて、生活のすべてを捧げて、皆さんのために戦ってきた。 世界のために戦ってきた。  いかなる権威・権力に対しても一歩も引かず、ただ一人、一切の迫害の矢面 (やおもて)に立って、学会を護り抜いてきた。  だれが何と言おうと、「真実」は、絶対に揺るがない。  一、ノーベル平和賞の受賞者で、アフリカ大陸に広がる植樹運動を推進され たワンガリ・マータイ博士は、わが創価大学で語ってくださった。  「私は常に、行動することに希望を見いだします。私が行き詰まったときは、 穴を掘り、木を植えてきました。なぜなら、その行動が、私に希望を与えてく れるからです」  「創価大学の創立者も、また学会の歴代の会長も、おそらく私のように、茨 (いばら)の道を歩いてこられたと思います。皆さん方も、そんなとき、決意 をし、忍耐を身につけ、どんな大きな問題にぶつかっても、けっしてあきらめ ないでください。自分のできることを精いっぱいして、自分の決めた道を歩み 通してほしいのです」  だれしも、壁にぶつかることはある。その苦しみは、前に進もうとしている 証である。しかし、そこであきらめて歩みを止めてしまえば、おしまいである。  マータイ博士の言う通り、「行動」こそが行き詰まりを打開するカギである。 ◆未来の人類が我らを賞讃!  一、苦境のときこそ、真の友のありがたさがわかるものだ。  19世紀スペインの人権活動家であるアレナル女史は「孤立した人間は無力 である。事実、弱い」と言った。  同志とともに生き抜く人は、必ずや苦難の壁を乗り越えていける。また私た ちは、苦しみ悩んでいる人に、勇気と励ましを贈り続ける人生でありたい。  結びに、池上兄弟への御聖訓を拝したい。  「未来までの物語として、あなた方の団結の姿以上のものはないでありまし ょう」(御書1086ページ、通解)  我ら「創価の同志」の団結を、未来の人類は、必ずや賞讃をもって語るであ ろう。私は、そのことを確信している。  全同志が、ますます健康で、最高に晴れやかな5月3日を、ともどもに飾り ゆくことを心から祈って、私の記念のスピーチとしたい。  きょうは、本当にありがとう!(大拍手)             (2006・4・13)