随筆 人間世紀の光 111 ◆本門の師弟の出発 ―― 三世永遠に晴れ晴れと指揮を執れ! ―― ―― わが同士たちよ一人も残らず勝ちまくれ! ――   諸天が喜んでいた。  我も、わが友の心も、勝利の歓喜に晴れ渡っていた。  五月三日、私は、八王子の東京牧口記念会館で、青空にそびえる王者の富士 を嬉しく見つめた。  私には、初代会長・牧口常三郎先生という偉大な先師がある。第二代・戸田 城壁先生という永遠の恩師がある。  そして、第三代の私には、日本中、世界中に、宿縁深き弟子がいる。わが後 継者である本門の青年がいる。  私は、無上の幸福を感じながら、永遠の勝利のために、新たな闘争を決意し た。  フランスの思想家ボーブナルグは、「すべての計画のなかで最大の計画は決 心することである」と言った。  さあ、近くは創立八十周年へ、さらには百周年、百五十周年へ、私と共に、 創価学会と共に、怒濤の大前進を開始する時は来た。      ◇  大聖人は、「日蓮が慈悲曠大ならば南妙法蓮華経は万年の外・未来までもな がる(流布)べし」(御書三二九ページ)と仰せである。  末法万年尽未来際まで一切衆生を救いきっていく、永遠不滅の妙法を一閻浮 提に広宣流布するのだ!  この尊き仏意仏勅の使命を誓願し、勇んで戦乱と苦悩に満ちた現代に出現し たのが、偉大な創価学会である。  ある時、戸田先生は、その「創価」の誉れを、私に語ってくださった。  「『創価学会仏』――木来の経典には、こう学会の名が記されるのだよ」  五体に感動が走った。  法華経の不軽品に、「威音王仏」という名前の仏が登場する。実は、この仏 は"一代限り"ではない。  最初の威音王仏の入滅後、次に現れた仏も威音王仏と言った。そして「是の 如く次第に二方億の仏有し、皆な同一の号なり」と。  つまり、二方億もの仏が、みな同じ「威音王仏」という名前で、長遠なる歳 月、衆生を救済してきたことが説かれているのだ。  先生は、これは、威音王仏の名を冠した「組織」「和合僧団」とはいえまい か――と鋭く洞察されていた。  個人の今世の寿命は限られている。しかし、広宣流布に戦う根本精神をば、 師匠から弟子へ脈々と受け継ぎ、一つの組織体として活動し続けるならば、そ れは「民衆を救済し続ける」恒久的な仏の生命力をもつことになる。  わが創価学会には――  民衆の苦悩の暗闇を破り、勇気と希望を与えゆく慈悲の大光がある。  敢然と邪悪を打倒し、正義を叫び抜く師子吼がある。  宿命を転換し、自他共の幸福を築きゆく、信心の大確信がある。  そして、いかなる三障四魔の大難にも打ち勝つ、異体同心の和合があり、金 剛不壊の師弟の大城がある。 我ら創価の師弟に、三世永遠に途切れることな き「仏に成る血脈」が滔々と流れ通うことは疑いない。  ゆえに戸田先生は、もしも未来に仏が経典を作られるならば、大聖人に直結 した広宣流布遂行の和合僧団――創価学会に、「仏」の名を冠されることは当 然であろうと断言されたのだ。  かくも崇高なる使命と大偉力をもった、創価学会なのである。  大聖人はある門下に、もし亡くなったら、梵天・帝釈等に「日本第一の法華 経の行者・日蓮房の弟子なり」と名乗りなさいと、教えられた(同一四九八ペー ジ)。  私たちもまた、日蓮大聖人の末弟として、偉大な創価学会の師弟として、一 生涯、いな三世永遠に戦い抜くのだ。晴れ晴れと指揮を執るのだ!      ◇  ところで、大聖人の御在世当時、「日蓮」の御名前は、「悪名一天に弥れり」 (同九三六ページ)と仰せの通り、あろうことか、あたかも"悪僧"の代表のご とく日本中に喧伝された。  大聖人一門も、悪意と偏見の標的となった。  竜の口の法難の直後、「日蓮の弟子たちが放火した!」と、事実無根のデマ が流されると、「彼らならやりそうなことだ」と、世間は何ら検証もせずに信 じ込み、門下を重罪の者のように迫害したのである。  うち続く大難のなかで、臆病な弟子たちは、「自分は日蓮の弟子ではない」 と裏切り、次々、脱落していった。「千人のうち九百九十九人は退転した」と さえ言われたのである。  だが迫害に屈せず、「わが師は大聖人なり」と叫び抜いた弟子たちは、七百 数十年後の今まで、真実の偉大な門下として不朽の名を残した。  仏法の因果は峻厳であり、苦難の嵐は、本物と偽物を明確に峻別した。  真実の弟子と、忘恩の裏切り者、邪悪な迫害者どもの、勝敗は明白である。  極善は不滅の太陽と輝き、極悪は無間の堕獄の末路を晒した。  ともあれ、昭和二十六年五月三日、戸田先生が第二代会長に就任されてより、 この五十五年間も、学会が真実であるがゆえに、経文通り、御書通りに三障四 魔、三類の強敵を呼び出してきた。  「暴力宗教」だの「ファッショ」だの、学会はあらゆる悪名のレッテルを投 げつけられた。  私も、無量の誹謗中傷の集中砲火を受けてきた。  しかし、何を恐れることがあろうか。  大聖人は仰せである。  「過去の宿縁追い来って今度日蓮が弟子と成り給うか・釈迦多宝こそ御存知 候らめ、『在在諸仏土常与師倶生』よも虚事候はじ」(同一三三八ページ)  「かかる者の弟子檀那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮と同じく法華 経を弘むべきなり」(同九〇三ページ)  我らは、甚深の宿縁ありて師弟となり、広宣流布の庭に集った同志である。  尊い地涌の菩薩の使命を覚知すれば、受難もすべて正義の誉れである。  創価学会が、そして三代にわたる会長が、大聖人直結の「法華経の行者」で ある証なのだ。  文豪ゾラは、自らの"分身"といわれる作中人物に、こう語らせている。  「ぼくは、世間から浴びせられる侮辱なんて問題にしない。それはぼくを不 快にするどころか、むしろいい刺激だ。よく見れば、世間には、攻撃されると 完全にまいってしまう連中、そして、共感を得ようと汲々としている連中が多 くいるものだ」  「だがな、非難・中傷というものは、けっこういい薬だ。いわば人をたくま しくする学校だ。ばか者どもの野次以上に人を強壮にする薬はないよ」  ちょっと叩かれたぐらいで「まいってしまう」、信念なき弱虫など必要ない。 学会は最強の師子王なのだ。      ◇  「牧口先生を、必ず世界に認めさせてみせる!」  獄死された先師の『価値論』を補訂・発刊した折、号泣なされた恩師の姿を、 私は絶対に忘れることはできない。  私もまた、世間に悪口罵詈され続けた恩師を、世界中に認めさせると誓った。  そして、今や、あらゆる下劣なウソ、デマの遠吠えを圧して、正義は勝った。 創価の師弟は勝った。  全世界で、「創価学会」と「初代・二代・三代の会長」の名が、人類の希望 の光として、晴れ晴れと賞讃される時代になった。  「創価学会は名実ともに『平和の新世紀を築く希望のシンボル』です」と、 声を大にして讃える識者がいる。  創価学会員は「『素晴らしい人』の代名詞」と絶讃してくださる文化人もい る。  創価の「師弟の精神」に、二十一世紀を開きゆく勇気と智慧を見出した感動 が広がっている。  私が師弟不二の戸田門下生として、「第三代」の今世の法戦を始めて四十六 年。  いよいよ、わが直弟子である本門の池田門下生が、偉大な指導者として、社 会と世界へ躍り出る時代である。  「力を自覚することは力を大きくする」と、かのボーブナルグは言った。  尊き使命をもつ、君たちの夜明けが来たのだ。  偉大な力を涌現させて、戦おう、わが同志たちよ! 一人も残らず、断固と 勝ちゆけ! 勝ちまくれ! 2006年(平成18年)5月10日(水)掲載