2008年9月9日付 聖教新聞 新時代第21回本部幹部会での名誉会長のスピーチ 上−1 青年の時代だ! 青年の力で民衆が輝く「理想の都」を築け 太陽の仏法が全人類を照らす 対話の花を世界中に アメリカの女性詩人 「創価の運動は人間の可能性を開かせる」 一、わが同志が、わが偉大な弟子が、本当に、元気いっぱいに集い合った。  全世界の代表が相まみえ、激励し合う、創価学会の広宣流布の世界、「万歳!」と、まず 私は叫びたい(大拍手)。  創価学会は勝った!  世界一である(大拍手)。  妙法を広めた功徳は大きい。広宣流布をした努力が、すべて自身の功徳にならないわけ がない。皆さんが仏にならないわけがない。  永遠の功徳が、子孫末代まで流れ通っていく。それが日蓮大聖人の仏法である。  仏法を広めた功徳は計り知れない。必ず、因果の法則で、わが身に返ってくる。  「功徳・無量無辺なり」(御書557ページ)。これが大聖人の御約束である。  皆さん方は勝った!  これからも断じて勝とう!〈会場から「ハイ!」と力強い返事が〉  皆が「うれしい」世界をつくれ!  一、きょうの歌も上手であった。音楽隊も満点だ。ありがとう!(大拍手)  〈池田名誉会長のスピーチに先立ち、このほど誕生したドクター部歌「生命の世紀」、新 団地部歌「輝け『幸福の城』」、スポーツ部歌「勇勝の歌」を、各部の代表が、はつらつと 歌い上げた〉  皆、本当によく歌ってくださった。  とくに、ふだん歌など歌わないだろうと思われていたドクター部が(笑い)、よく立ち上 がった。うれしい、うれしい!(大拍手)  ともあれ、皆が「うれしい」と感じられる世界、理想の「民衆の都」をつくるのが、信 心であり、仏法である。  「悲しい」世界をつくるのは、愚か者である。最低の指導者だ。  愉快に進もう! いいね!〈「ハイ!」と元気な返事が〉  一、きょうは、北海道の同志が、真心込めて、1000本のカーネーションの花を届け てくださった。  ありがとう! 本当にありがとう!  御宝前にお供えさせていただいた。  9月9日は「北海道の日」、おめでとう!(大拍手)  きょうは代表の皆さんが、北海道から、よく来てくださった。  皆、仏子である。最高幹部が、心を込めて、見送って差し上げていただきたい。  大満足の人生を  一、今、私は、エマソン協会の会長である、アメリカの女性詩人サーラ・ワイダー博士 と、未来のために、さまざま語り合っている。友情を深めている。  博士は、「SGI(創価学会インタナショナル)の運動は、人間の可能性を開花させる運 動だと思います」と大きな期待を寄せてくださった。  花を開かせていく。幸福を開かせていく。  ちぢこまったり、臆病になったり、苦しんだり、焼きもちを焼いたり──そんな小さな 心の世界ではない。  本当に、人間が人間らしく、最高の人生を生きるための運動である。数えきれないほど の喜びをつくっている教団なのである。  ワイダー博士も、驚きとともに、温かい眼差しをそそいでくださっている。  このように世界は、私たちの前進を熱く見つめているのだ。  これからも、いよいよ朗らかに、生き生きと、「対話の花」を咲かせていきたい。  大聖人は折伏精神を教えられた。折伏というと、難しく聞こえるかもしれないが、要す るに、人を救い、社会を変えゆく「対話」である。強い心で、真実を語るのだ。正義を叫 ぶのだ。  そして「友情の花」「勝利の花」を咲かせて、自分自身が満足できる人生を飾ろう!(大 拍手)  意気地のない人間、焼きもちの人間には、心と心を通わせる対話はできない。  それでは愚かであり、不幸であり、哀れである。  師弟の勝利劇  一、きょうは、日顕宗と戦う僧侶の方々が参加されている。  邪宗門と決別した意義は、後になればなるほど、明確になるであろう。  仏法は、永遠性の次元から見なければ分からない。ここにお集まりの皆様、一人一人が 大勝利者なのである。  思えば、学会が、宗門に、どれだけ供養してきたか。  終戦後、農地解放により、大石寺の土地は約5万坪であった。それが、戸田先生の懸命 の働きによって、約17万坪にまでなった。  そして、私の時代に約117万坪へと大拡大したのである。すべては、広宣流布即世界 平和のためであった。  威張りくさった宗門は、少しの恩も感じていない。  しかし、この功徳が、生々世々、皆さん方を包みゆくことは間違いない。  御書には「日蓮を供養し又日蓮が弟子檀那となり給う事、其の功徳をば仏の智慧にても・ はかり尽し給うべからず」(1359ページ)と仰せである。大功徳の因を積んだのである。  戸田先生と私が建立寄進した末寺は、356カ寺にのぽる。  学会の宗門への赤誠の供養は膨大である。学会が本山を護るために行った登山会には、 のベ7000万人が参加した。  しかし、宗門は、もうけるだけ、もうけると、何のまっとうな理由もなく、スパツと学 会を切った。  これが坊主の、邪教の実態である。  これほどの計り知れない大恩ある学会に嫉妬し、恩を仇で返したのが、日顕宗であった のだ。  邪悪な陰謀は、ことごとく失敗した。今や落ちぶれる一方である。  それに対し、学会は、大聖人に直結する世界宗教として、未曾有の大発展を成し遂げた。 皆さんがよく、ご存じの通りである。  きょうも、これほど立派な青年リーダーが世界中から集まった。私はうれしい!  創価の正義の師弟は勝ちに勝った!  おめでとう! ありがとう!(大拍手)  大仏法の「太陽」は赫々と昇った。暗き邪教は消え失せた。  学会が立ち上がり、日本の広宣流布の基礎は完璧に作り上げられた。我らの舞台は今、 世界へと大きく広がっている。  その前進を、各国の識者も、駒待を込めて、注目している。 デンマークの哲学者  迫害が私を創造的にした 創造こそ私の生命なのだ  新鮮な感動を  「北欧デンマークの有名な哲学者に、キルケゴールがいる。  彼の言論闘争に大きな転機をもたらしたのは、「コルサール事件」と呼ばれる出来事であ った。  キルケゴールといっても、皆、あまり知らないかもしれない(笑い)。  しかし、たまには、こういう話をすることも大事だ。  ただ皆がわかりきっている話をするのではなく、少し違った角度から話をしていく。  信心や御書について語るだけでなく、歴史に光を放つ哲学者、文学者について語る。そ うすれば新鮮な驚きや感動がある。  また、若い皆さんが、父母にキルケゴールについて語れば、「わが子ながら、よく成長し たな」と、ひそかに喜んでくれるかもしれない(笑い)。  19世紀の半ばにさしかかるころ、デンマークでは、改革を求める社会の機運に乗じて、 俗悪な週刊紙「コルサール(海賊)」が、著名人を中傷する記事を書き立てていた。  その悪辣な週刊紙の執筆者の中に、キルケゴールのかつての仲間がいた。この男の誤っ た言論に、キルケゴールは真っ向から戦いを挑んだのである。  ここから、「コルサール」によるキルケゴールヘの激しい攻撃が始まった。  そのやり口は汚い。キルケゴールの身なりなどを戯画化して、嘲笑の種にした。繰り返 し罵倒した。  街の人々までもが、こぞってキルケゴールを馬鹿にしたというのである。  〈コルサール事件については、編集部でまとめる際、小川圭治著『人類の知的遺産48  キルケゴール』講談社、工藤綏夫苦『キルケゴール 人と思想』清水書院などを参照した〉  一、私も、これまであらゆる攻撃を一身に受けてきた。しかし、すべてに打ち勝って、 今日の創価学会をつくりあげてきた。  牧口先生、戸田先生は偉大だった。軍部と戦って、牢獄にまで行かれた。大難と戦い抜 かれた。  だから弟子も偉大でなければならない。  反対に、大恩ある師匠の存在を忘れて、自分が立派そうな格好をし、偉そうな顔をする。  さらには、師匠を自分のために利用する。結局は、自分一人のことしか考えない。  これは人間にとって最低の生き方である。悪へと通じてしまう。 新時代第21回本部幹部会での名誉会長のスピーチ 上−2に続く 2008年9月9日付 聖教新聞 新時代第21回本部幹部会での名誉会長のスピーチ 上−2  迫害の方程式  「キルケゴールは述べている。  「嘘と中傷と厚顔と邪悪で固めた言葉を吐き散らす──すべてこれ人を傷つける喜び、 卑しむべき金銭欲のため」(田淵義三郎訳「わが著作所動の視点」、『キルケゴール著作集1 8』所収、白水社)  鋭い青葉である。  私も、こう見抜いてきたから、平然としている。  また、彼は綴った。  「ひとりの人間に向かってほとんど必然的に社会の二大勢力たる嫉妬と愚劣とが同盟し て対抗し、彼にあびせかける虚言と誹謗」(松浪信三郎・泉治典訳「瞬間」、『キルケゴール 著作集19』所収、白水社)  これは、迫害の一つの方程式を示したものといえようか。  釈尊も、日蓮大聖人も、正義ゆえに誹謗された。  牧口先生、戸田先生もそうだった。私も、そうである。  一、ともあれ、戸田先生は牧口先生に仕えた。私は戸田先生に仕え切った。先生を護り 抜き、「弟子の道」をまっとうした。  これは、私の永遠の誇りである。  これが「創価の師弟」である。 君よ正義の言論で勝て 哲学者 「嫉妬と愚劣が同盟して正しい人を誹謗する」 大難と闘う師匠を守るのが弟子  関西には気取りや要領がない  一、きょうは、関西婦人部長の山下以知子さんも参加されている(大拍手)。  山下さんのお父さんは、白木義一郎さん。背が高くて、プロ野球の東急フライヤーズな どで名ピッチャーとして活躍した。有名な選手だった。  〈白木さんは大阪支部の初代支部長、妻の文さんは同初代婦人部長。白木さんは、池田 名誉会長が指挿を執った、昭和31年(1956年)の「大阪の戦い」で参議院選挙の候 補者となり、当選を果たした)  その娘の山下さんが、関西の婦人部の中心として頑張っている。先ほどの見事なあいさ つも、妻と一緒にうかがった。  お父さん、お母さんも、心から喜んでおられると確信する(大拍手)。  〈ここで山下関西婦人部長が、関西同志とともに頑張ってまいりますと力強く決意を述 べた〉  ありがとう! 私はうれしい。  どこの組織も、関西を見習っていくことだ。関西には気取りがない。要領もない。  断じて勝利を!──この一点で戦っている。私はだれよりもよく知っている。  あの「大阪の戦い」の時、東京は勝つが、大阪は負けるだろうと言われた。  むしろ大阪が負ければいい。そう思っている、意地の悪い人間もいた。  しかし、私は関西で徹して一人一人の友を励ました。各地を回りに回った。そして、「" まさか"が実現」と言われるほどの勝利を収めたのである。  ともあれ、立派な人を立派な人として尊敬していく。守っていく。これが本当の人間の 世界だ。仏法の世界である。  反対に、ずるい人間、悪い人間は、だんだん駄目になっていく。仏法の因果の理法は厳 しい。  一、キルケゴールは当初、良識ある人々から、自分を擁護する声が上がると思っていた。 しかし、現実は、まったく逆であった。  キルケゴールの友人たちは、臆病にも沈黙していた。さらに、彼を妬んでいた学者や知 識人たちは、誹謗中傷に喝采さえ送った。  真実を守るべき知性の使命と責任を、自ら裏切った姿であった。  ここで屈服すれば、人間の真実と尊厳は失われてしまう──。  事件が起きる前には、もうこれで著作活動から身を引こうとしていたキルケゴールであ ったが、毅然と一人立ち、言論の暴力に猛然と反撃していったのである。  「大聖人の仰せの通りですね」  一、キルケゴールに対する誹誘は続いた。悪意の毒は、社会に広がった。  来る日も来る日も中傷。どこへ行っても、侮蔑の目──。  その残酷さは、経験した者でなければ分からないであろう。  私も数知れぬ中傷を受けてきた。"あなたほど迫害された人はいない。よく耐えられまし たね"と、心ある人は驚いていた。  嵐の中でも妻は、いつも、にっこりと笑って、「大聖人の仰せの通りですね。牧口先生、 戸田先生への中傷に比べたら、どうってことありません」と明るく語っていたものだ。  優れた人がいじめられるのを見て喜ぶ。それが、狂った社会の現実である。  若い皆さんは、人を頼ってはならない。頼る必要もない。皆さんが、聡明に、理想的な 世界をつくっていくのである。  一、迫害の日々にも、キルケゴールは一歩も引かずに言論闘争を繰り広げた。徹底して 反撃した。  俗悪週刊紙「コルサール」は、ついに、キルケゴールヘの中傷から手を引くことを余儀 なくされる。  発行者が、週刊紙を人手に渡して国外へ去った。主な執筆者も去った。やがて「コルサ ール」そのものが存続できなくなったのである。  一、キルケゴールは綴っている。  「生産が私の生命だった」(大谷長訳『キェルケゴオル選集第13巻』人文書院、現代表 記に改めた)  生産し、創造する。そこにこそ、生き生きとした生命の脈動がある。我らの運動は、創 造的生命を開花させていくのだ。  キルケゴールは、深い憂いも、激しい苦悩も、何もかも、乗り越えることができた。新 しい創造に打ち込んだゆえに。  さらに、キルケゴールは「世間が私に襲いかかった、虐待、恐らくそれは外の人ならば 不生産にされてしまっただろう──所が私はそのため一層生産的になった」(同)と。  まるで学会員の心意気のようだ。  迫害をも創造のバネにして、キルケゴールは、人生の最後の最後まで、熾烈な言論戦に 身を投じていったのである。  一、私もまた、逆境の時こそ、智慧をわかして、「こういう指針を示そう」「こうやって 味方を広げよう」と、人知れず手を打ってきた。ただ一人、悩み抜き、祈り抜きながら。  皆が苦しんでいる時に、自分は、すずしい顔をして、高みの見物を決め込む。そんな卑 劣な傍観者になってはならない。  無責任な人間は、敵よりも始末が悪い。  これからは、若き君たちの時代だ。後継のあなたたちの時代だ。  先輩の皆さんは、最敬礼する思いで、後輩に未来を託し、心から応援していかねばなら ない。  上に立つ人間は、威張るためにいるのではない。逆である。  上に立ったら、後輩のため、皆のために、命を捨てる覚悟で尽くしていく。そうやって 私は戦ってきた。  一、真実の師弟の道は、立場では決まらない。心で決まる。行動で決まる。  私は、第3代の会長になったころ、大田区小林町の小さな家に住んでいた。ある時、大 嵐の日があった。  吹けば飛ぶようなわが家である。一人の同志が、安否を気遣い、嵐の中を駆けつけてき てくれた。  「先生、大丈夫ですか! 私が守ります」と。その真剣な心を、今もって忘れることが できない。  正義の魂を守る、必死の一人がいれば、学会は大丈夫だ。  本物の弟子がいるかどうかで、一切は決まるのである。  使命の天地に勝利の旗を!  一、青年の時代だ。未来はすべて、青年部にかかっている。  何をしているか、わからない。どんな決心か、わからない。そういうリーダーでは、多 くの友を立ち上がらせることはできない。  真実の弟子ならば、結果で示すのだ。  師弟直結で勝ち進むのだ。  私は青年部の時、戦って戦い抜いた。戸田先生は、何があっても「大作!」と私を呼ば れた。打ち合わせは、時に深夜まで及んだ。1から100まで、急所に手を打ったのは、 私であった。  これが弟子である。  今この時に集われた男子部の諸君! 女子部の皆さん! 男女学生部の皆さん!  一人一人が、使命の天地に勝利の旗を、晴れ晴れと打ち立てていただきたいのだ。  広宣流布の将の将たる、わが青年部に、後継の印綬を、今こそ託したい(大拍手)。     (下に続く) 新時代第21回本部幹部会での名誉会長のスピーチ 下に続く