2008年10月24日 聖教新聞    随筆 人間世紀の光 169 勇んで人間の中へ! 上??? 山本 伸一 新たな価値創造は「対話」から! 恩師「真実を語れ それが学会発展の原動力だ!」  天までも ?  響きゆかなむ  ?  君の声 ?  勝利と栄光   ?  諸天も護りて  「仏法は勝負」である。  これが、日蓮大聖人が峻厳に教えられた一点だ。  生命の因果は厳しい。  勝つか負けるか、その人自身が生命で感ずる勝敗は、ごまかせない。  信心において、勝った人は、仏になる因を、深く深く積んでいくことができる。 ? 心の底から、「私は勝った!」と言い切れる戦いをすれば、その大福運が永遠につながっ てくる。  これが、仏の境涯だ。仏の力だ。仏の生命力だ。  負けた人は、福運を積めない。哀れな人生の因を刻んでしまう。  ゆえに、君たちよ、断じて勝て! 勝ちまくれ!  これこそ、仏の力の実在を知る直通である。  これ以上の「歓喜の中の大歓喜」はないのだ。      ◇  「はじめに対話ありき」──新たな価値を創造しゆく第一歩は「対話」である。  私たちが、毎朝毎夕、読誦する法華経の方便品も、師匠が弟子に決然と語り始める生命 の護歌である。  「爾の時、世尊は三昧従り安詳として起ちて、舎利弗に告げたまわく」(創価学会版法華 経一〇六ページ)  それは、霊鷲山、更に寿量品が説かれる虚空会へと広がり、全宇宙をも包みゆく生命の 究極の会座である。  御本尊に向かう時、この会座に、私たち自身が連なっているのだ。三世十方の仏天が見 守るなか、荘厳に繰り広げていく、御本仏との「師弟の対話」の儀式こそ、勤行なのであ る。  大聖人が妙法尼に送られた御聖訓には仰せである。  「口に妙法をよび奉れば我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給ふ、梵王・帝釈の仏性はよ ばれて我等を守り給ふ、仏菩薩の仏性はよばれて悦び給ふ」(御書五五七ページ)  妙法に勝る大音声はない。  この妙法を唱え私めゆく師弟の朗らかな対話の前進は、いかなる権勢をもっても絶対に 阻むことなど、できないのである。     ◇  日蓮仏法の根幹である「立正安国論」も、「屡(しばしば)談話を致さん」(同一七ペー ジ)と、対話が始まる。  釈尊、そして日蓮大聖人が示された対話の大道が、そのまま一分のずれもなく、わが創 価の信念の進路である。  御書には、繰り返し経文を引かれている。  「よくひそかに一人のためにでも、法華経を、そして、その一句だけでも説くならば、 まさに、この人は仏の使いであり、仏から遣わされて、仏の仕事を行ずる者と知るべきで ある」(同一三五九ページ、通解)  来る日も来る日も、広宣流布のため、立正安国を願い、勇気を奮って、一人また一人と、 対話を積み重ねていく──わが学会員こそ、崇高な仏行に生き抜いているのである。      ◇  恐るるな   また恐るるな     学会の   正義の歴史を     万世に残せや  それは、昭和三十二年の六月、あの懐かしい豊島公会堂で、本部幹部会が行われた時の ことであった。戸田先生が、「今日は、質問会をしよう」と言われると、さっと何人もの手 があがった。  一方通行ではなく、いつも率直な対話を大事にされる先生であられた。  ある幹部が聞いた。  ──組座談会(現在のブロック座談会)では参加者が少なくて寂しい。もっと大規模な 景気のいい座談会をやりたいのですが、と。  先生は答えられた。  「やってもいい。ただ、そればかりでは駄目だよ」  戸田先生は、こう諭されながら、少人数の「膝詰めの対話」がいかに大事か、草創期に、 自ら座談会に通った思い出を語られた。  ──神奈川の横浜では、狭い二階の、傾き加減の会場に何度も行った。  東京の定立区にも通った。まだ、交通の不便な時代で、トラックに乗せてもらって、帰 ってきたこともある......。  先生は、豪快に呵々大笑されながら、確信に満ちた口調で断言された。  「座談会で、三人か五人が集まる。そのなかから、今日の創価学会は出来上がってきた のです!」  「相手に真面目に真実を語る。そして心にあるものを訴えていく。これが創価学会の発 祥の原理であり、発展の原動力である」  ──実は、この本部幹部会の日、私は、電光石火、北海道を訪れていた。  「夕張炭労事件」で苦しめられていた健気な同志を護り抜くために、師子奮迅の力で奔 走していたのである。  師の指導された通り、私は庶民のど真ん中で対話し、真実を語り切る戦いを起こしてい った。だから勝ったのだ。      ◇  わが友と   親しく語り    見上げれば   友情の虹     天下に微笑む  ともすれば、大きいところや目立つところに、人の意識は向かうものだ。  だが、仏法が焦点とするのは、あくまでも一人の「人間革命」である。  一人、真剣に広宣流布の戦いを起こす人がいれば、一切がダイナミックに変わり始める。  だから、どんなに地道であっても、最前線の一人を励まし抜くのだ。  人と人との距離が近ければ近いほど、共感も、歓喜も、勇気も、いち早く波動となって 広がっていく。そして心の奥深くにまで響いていくのである。  広宣流布の前進は、人と会い、人と語りゆく行動のなかにしかない。  日蓮大聖人も、弟子への御手紙に──  「面にあらずば申しつくしがたし」(同一〇九九ページ)、「委細は見参の時申すべし」(同 一三九〇ページ) 等と記されている。  どれほど「直接、会うこと」「顔を見て、語り合うこと」を大事にされていたか。  そして、だからこそであろう。眼前に会っている人だけでなく、その背後にいる人びと ──留守の家族や会えない同志にまで、実にこまやかな配慮を尽くされている。仏法の人 間主義の極意は、この心遣いにあるのだ。  日蓮大聖人のもとへ、夫の阿仏房を送り出し、佐渡で留守を護る千日尼には、「お顔を見 たからといって、それが何でしょう。心こそが大切なのです」(同一三一六ページ、通解) と、慈愛で包み込まれている。  通い合う心と心には、壁はない。距離を超え、会えなくとも会っている。  これが、深き師弟共戦の精神でもある。      ◇  この一生   語り戦う    思い出は   功徳となりて     三世に光らむ  私は、あの未曾有の広宣流布の拡大を実現した大阪の戦いでも、小さい単位の友の輪の 中に勇んで入っていった。  活動の力点を小さな単位に置けば、当然、激励に行くべき場所も増える。その分、多く の地域を自分の足で回れる。  ある朝は、一人で堺方面に向かった。  南海本線の堺駅で降りると、若き紅顔の好青年の友が待ってくれていた。  南海本線、阪堺線、南海高野線、阪和線──堺の町には、南北に何本もの鉄道が走って いる。  ただ、東西に動くには、自転車が便利だった。  用意してもらった中古の自転車に乗り、地元の男子部や婦人部の方に案内していただき、 路地から路地へと懸命にべダルをこいだ。  「こちらです」「あのお宅です」......婦人部の方の元気な声が飛ぶ。  わが街を愛し、それこそ地を這うように、地域を回りに回られていることが、痛いほど 伝わってきた。  行動だ。行動が大事だ。  今も、わが地域を一番よくご存じなのは、支部婦人部長や地区婦人部長、白ゆり長をは じめ、婦人部の皆様方である。  この方々の祈りと行動あればこそ、わが創価の城は盤石なのである。  感謝は尽きない。  私は、心で題目を唱えながら、愛する庶民の渦に飛び込んでいった。  一瞬の出会いも逃さず、一人でも多くの同志に会い、全力で励ますために!  そして、まだ見ぬ友と、新しい絆を結ぶために!  この心の絆が、永遠不滅の常勝関西を築き上げていったのである。  大科学者アインシュタイン博士は言った。  「隣人の身になっての理解、事を処するに当っての正義、進んで同胞を援助する熱意と いったもののみが、人間社会に永続性を与え、個人のために安全を保障しうる」  ゆえに我らは進む。  友のもとへ!  勇んで人間の中へ! (下は明日付に掲載予定)  アインシュタインの言葉は『アインシュタイン選集3』井上健・中村誠太郎編訳(共立 出版)。 ??????? 随筆 人間世紀の光 169 勇んで人間の中へ! 上〔完〕