2008年11月3日付 聖教新聞 新時代第23回本部幹部会での名誉会長のスピーチ 下−1 我らの目的は広宣流布 「強き信心」に福徳は爛漫  「近代日本の哲学者に、西田幾多郎博士がいる。(1870〜1945年)  戸田先生の故郷である北陸・石川の出身である。代表作に『善の研究』などがある。私 たちの青春時代には、多くの人が一生懸命に読んだものだ。  西田博士は述べている。  「死の問題を解決し得て、始めて真に生の意義を悟ることができる」(上田閑照編『西田 幾多郎随筆集』岩波文庫)と。  博士は、愛する家族を、次々と失っている。深い悲しみに耐え、立ち向かいながら、哲 学の道を深めていったのである。  フランスの哲学者デカルトは「私は考える、それ故に私は有る」(落合太郎訳『方法序説』 岩波文庫)という言葉を残したが、西田博士はこう論じている。  「私が行為するが故に私がある」(『哲学の根本問題』岩波書店)と。  また博士は、「宗教はすべてを成立せしめる根本的立場である」(「歴史的形成作用として の芸術的創作」、『西田幾多郎全集第9巻』所収、岩波書店)とも洞察している。  一人も残らず  一、宗教を持った人、なかんずく、最高の法である妙法に生きる人が、どれほど偉大で あるか。  仏が説いた通りに修行するならば、必ず、一生のうちに一人も残らず成仏することがで きる。  御聖訓には仰せである。  「秋の稲には.、早(早(わせ))と中(中稲(なかて))と晩(晩稲(おくて))との(実 りの時期が異なる)3種の稲があっても、いずれも1年のうちに収穫できる。  それと同じように、この仏法においても、衆生の機根に上・中・下の違いがあっても、 皆、同じく(平等に)、この一生のうちに、諸仏如来と一体不二となる(成仏できる)と思 い合わせていくべきである」(御書411ページ、通解)  また、仏法では、物事を見極める眼を「五眼」に立てわける。肉眼、天眼、慧眼、法眼、 仏眼である。  日蓮大聖人は「法華経を持つ者は、この玉眼が自然に具わる」(同1144ページ、通解) と仰せだ。  大聖人は、こうも明言されている。  「法華の行者は、男女ともに如来である」(同737ページ、通解)  広布へ戦う皆様こそ、仏であるとの仰せである。  そして「法華経を持つ者は必ず皆、仏である。仏を謗れば罪となる」(同1382ページ、 通解)と。  尊き皆様方を馬鹿にしたり、いじめた人間は、すべて、厳たる仏罰を受ける。このこと は、私が見てきた体験の上からも、絶対に間違いない。 師弟不二こそ常勝の力 牧口先生への戸田先生の誓い  私が一切をなげうってやります  師匠の喜びが私の喜びです  師を護る志  一、牧口先生のために戦われた、戸田先生の志は、あまりにも深かった。  牧口先生の『創価教育学体系』(1930年=昭和5年)発刊という、大きな仕事の際に も、その編集、出版のすべてを、若き戸田先生が自ら志願された。  "私が一切をなげうってやります。牧口先生の喜びは、私の喜びです"──これが師弟で あり、戸田先生の立派な姿であった。  この「師弟」があったからこそ、今の学会はある。そして、戸田先生と私の「師弟」が あったから、学会は伸びたのである。  戸田先生はおっしゃった。  「魔は、その人の試練のためなので、ちょうど柔道の先生に投げられ、投げられして、 強くなっていく様なものである。  来たか、負けるものかと頑張れば、必ず難局も切り開かれる」  また、「何があろうとも、広宣流布のためには、びくともしない人生であれ」とも言われ ていた。この心を忘れてはいけない。  「この人生を生き抜こう!」  一、韓国最大の通信社「連合ニュース」の金興植(キムフンシク)常務理事は、「思想の 根本ともいえる師匠の存在が徐々に忘れ去られていく現代」において、私ども創価の師弟 の重要性を、高く評価してくださっている。海外からの温かい声である。  師匠の存在があるということ。師の理想を護り、大切にするということ。この点が揺る がなければ、学会は盤石である。  昭和54年(1979年)、会長を"勇退"した時、私は最も力がみなぎった時期であった。 国内で、また国外で、学会に対する社会的な信頼が高まっていた時期でもあった。  その時に、学会を壊そうとする嫉妬の動きが起きたのである。「猶多怨嫉」「悪口罵詈」 との経文通りの大難であった。  戸田先生は、だれよりも仕えた私に対して、ある時は「おれが死んでもお前は長生きし ろ」と言われ、ある時は「大作には本当に苦労をかけた」と涙ながらに言われた。  だからこそ私は、「この人生を生ききろう!」と決めた。そして今日の学会がある。  迫害の中、恩師の偉業を実現へ  一、人知れぬ苦労を重ねて、尊き学会を護り抜いてきた。"これだけの仕事をできる人は いない"と言われるほど戦おうと、心に決めて進んできた。  折伏が進まなければ、戸田先生の仰せのままに、「私がやります」と約束し、当時、低迷 していた文京支部へ、また「大阪の戦い」へと、勇んで飛び込んでいった。  先生の財政難の時には、「私がいます」と申し上げてご安心いただき、護り抜いた。  今、学会の会館は、国内で約1200を数えるようになった。今後も、全国、世界の会 館を整備していく予定である。 「青年を育てよ」「友情を世界へ」 陰であらゆる手を打つのが真の指導者  戸田先生の当時は、海外への拡大など想像もつかなかった。しかし私には、先生と約束 した「世界広宣流布」という目標があった。全力で手を打ち続けた。気の休まる日は、一 日もなかったといってよい。  真の仏法者は、「難こそ誉れ」である。激しい迫害を受けながら、ただ、戸田先生の偉業 を、戸田先生とともに成し遂げようと戦い続けた。  妻は、ニッコリと笑って一言、「祈っています」と言うこともあった。毎晩のように丑寅 勤行をする日々もあった。病弱であった私を気遣い、「あなたが倒れたら、学会は危うい」 との心で、支えてくれたのである。  私自身のことになって恐縮だが、そうした状況の中で、世界各地に広がる創価の連帯を つくりあげたことを、皆さんには知っておいていただきたいのである(大拍手)。  あとは、世界のため、世界の広宣流布のために、何としても人材が必要だ。青年である。 青年の育成に全力を注ぐ時である。  師と弟子が同じ心で前進を  一、折に触れて申し上げてきたが、戸田先生は、軍国主義と戦った牧口先生の大恩に感 謝され、「あなたの慈悲の広大無辺は、わたくしを牢獄まで連れていってくださいました」 と語られた。  "これこそ、本物の師弟である"と、私は感動したのである。  学会の最高幹部は、  「一生懸命、師弟の精神を守り、皆さんのために尽くします」との思いでなければなら ない。  わが学会は「師弟不二」が根本である。  師弟が同じ心で──私はこの精神を保ち、戸田先生とともに、きょうまで進んできた。  ゆえに、怖いものはない。何があろうと、悠然と指揮を執ることができたのである。  中国でエジプトで忘れ得ぬ会談  「私はこれまで、一人の市民として、民衆の代表として、世界の指導者や識者と会談を 重ねてきた。  アメリカのキッシンジャー国務長官とは、何度も語り合った。 戸田先生の指導  魔は試練のために現れる。  柔道の先生に投げられて強くなっていくようなものだ。  "来たか!"と立ち向かえば必ず難局も切り開かれる。 エドワード・ケネディ上院議員を聖教新聞本社にお迎えしたことも、思い出深い(197 8年1月)。兄のケネディ大統領とお会いする予定もあったが、さまざまな事情で実現しな いうちに、大統領が暗殺されてしまった。 新時代第23回本部幹部会での名誉会長のスピーチ 下−2に続く 2008年11月3日付 聖教新聞 新時代第23回本部幹部会での名誉会長のスピーチ 下−2  中国の周恩来総理と語り合ったことも忘れられない。  周総理は、74年5月から6月の私の第1次訪中の時から、私との会見を希望しておら れたようだ。しかし、総理の病気のために実現できなかった。  そして同年12月の第2次訪中の際、周総理からの申し出で、北京市内の病院でお会い したのである。  周総理が亡くなられた後、●穎超(とうえいちょう)夫人とも何度もお会いした。  夫人は、私の妻のことを娘のように思い、大事にしてくださった。  また、エジプトを訪問した際には、ムバラク大統領と会見した(92年6月)。  地中海に面したアレクサンドリアの宮殿で語り合ったのだが、会見が始まってまもなく、 大統領は「バルコニーヘ出て、話を続けませんか」と言われた。  扉を開けると、そこには美しき地中海の大パノラマが広がっていた。  海が見えるところで、二人で語り合いたい──そういう思いを持っておられたのであろ う。※●(とう)=登+こざとへん  一人の人間として堂々と!  一、ともあれ、私は平和のため、未来のために世界を舞台に対話の波を起こしてきた。  一人の人間として、だれとでも堂々と語り合ってきた。  皆の気づかないところで、一つ一つ手を打ち、世界広宣流布の盤石なる基盤を築いてき たのである。  世界の指導者や識者と平和のネットワークを結ぶ団体。そして、世界の良識が最大の賞 讃を贈る団体。それが創価学会である。  今の学会の大発展の姿を見たら、戸田先生が、どれほど喜ばれることか。  私は、すべて先生がおっしゃられた通りにやってきた。  皆様もまた、私の後に続いていただきたい。幾重にも、友情の絆を広げていただきたい のである(大拍手)。  〈名誉会長が語り合ってきたのは、国家元首や指導者では、中国の●小平(とうしょう へい)氏、胡錦涛(こきんとう)国家主席、温家宝(おんかほう)首相、韓国の李寿成(イ スソン)首相、フィリピンのラモス大統領、インドのラジブ・ガンジー首相、インドネシ アのワヒド大統領、タイのプーミポン国王、南アフリカのマンデラ大統領、ナイジェリア のオバサンジョ大統領、ガーナのクフォー大統領、フランスのミッテラン大統領、イギリ スのサッチャー首相、チェコのハベル大統領、スペインのカルロス国王、スウェーデンの グスタフ国王、ドイツのヴァイツゼッカー大統領、ポーランドのワレサ大統領、トルコの オザル大統領、ソ連のゴルバチョフ大統領、コスイギン首相、キューバのカストロ議長、 コスタリカのアリアス大統領、チリのエイルウイン大統領、ブラジルのフィゲイレド大統 領など。  また国連では、デクエヤル事務総長、ガリ事務総長、チョウドリ事務次長ら歴代の指導 者。  文化人や平和活動家では、欧州統合の父・クーデンホーフ・カレルギー伯爵、核廃絶を 目指す科学者の連帯であるパグウォッシュ会議会長のロートブラット博士とスワミナサン 博士、アフリカの環境の母・マ一夕イ博士、アメリカ公民権運動の母・パークスさん、現 代化学の父・ポーリング博士、ブラジル文学アカデミーのアタイデ総裁、アルゼンチンの 人権の闘士・エスキベル博士、ローマクラブの創設者ペッチェイ博士とホフライトネル名 誉会長、フランスの美術史家ユイグ氏、作家のマルロー氏、ヨーロッパ科学芸術アカデミ ーのウンガー会長、中国の文豪・巴金氏、金庸氏ら。  また日本でも、井上靖氏、山岡荘八氏、有吉佐和子さん、遠藤周作氏などの作家・文化 人、松下幸之助氏などの実業家や各界の識者・指導者と出会いを重ねてきた〉  自ら打って出よ  一、仏法の慈悲の精神を社会に広げるために、だれよりも民衆が守られるように、私は 一人、ありとあらゆる手を尽くしてきた。  これが創価の指導者の戦いである。  指導者が、自ら打って出て、どんどん人と会い、真実を語り、味方をつくる。その勇猛 果敢な行動があってこそ、正義の学会は守られ、ここまで進んできたのである。  来る日も来る日も、どれほど心を砕き、祈り、戦ってきたか。  戦えば、疲れる。しかし、億劫の辛労を尽くさなければ、襲いかかる大難を勝ち越える ことはできない。  後世のために、あえて語り残しておきたい。  無責任な人間は、難を勝ち越えても、当たり前と思う。それどころか、忘恩の輩は、真 の功労者に嫉妬する。それが人間社会の冷厳なる現実であろう。  未来に生きる皆さんは、自ら苦労を買って出る、恩を決して忘れない、賢者であってい ただきたいのだ。 幸福 健康 勝利の人生を 深く語り合え!それが土台に  一、どれだけ動いたか。  どれだけの人と会ったか。  どういう人と、何を語り合ったか。  これが土台になる。これで未来が決まる。決意して動いた「一人」で決まるのだ。  私がこれだけ幅広く、立体的に、数多くの識者と会い、語り、動いてこられたのは、す べて若き日の、戸田先生の薫陶のおかげである。  戸田先生にお会いして61年。私は、まっすぐに、弟子の道を歩み抜いてきた。  戦後の混乱で、先生の事業が挫折した時、私は、一切を捧げて師をお守りした。  "広宣流布のために、先生に、もっともっと、長生きしていただきたい!"──私と妻の 願いは、ただ、それだけだった。  師匠に思う存分、広布の指揮を執っていただくために、決然と立ち上がった。常に師と 不二の心で戦った。  これが、ただ一つの弟子の道である。創価の師弟の大道である。あとは何もない。これ ほど尊い、無上の道はないのである。 我らは永遠に、師とともに戦い、師とともに勝つ!一関西の友の美しき心が薫る 「大勝利 懸崖(けんがい)菊」。京都東総県の友から届けられた。目にも鮮やか な花の王が、創立の秋を彩(いろど)る(東京。新宿区の信濃平和会館近くで) 創立の月おめでとう 真心の菊花が同志を祝福  真実の大功徳  一、きょうは長時間、ありがとう!  自分のために、一家のために、全同志のために、幸福のために、正義のために、頑張ろ う!  健康で、健康で、どこまでも健康で、わが使命の道を進んでいっていただきたい。  人生には、さまざまな時がある。  ある時には、価値的に要領よく。ある時には、誠実に、着実に。また、ある時には、疲 れをためないよう休息をとることが大事な場合もある。賢明なる前進をお願いしたい。  ただ、どんなことがあっても、「広宣流布」と「信心」──これだけは、断じて忘れては ならない。  約束しよう! 頼むね!〈会場から「ハイ!」と力強い返事が〉  大変な時に、頑張った分だけ、ぐーっと功徳が増していく。  功徳は、さまざまな形で表れる。  その時には罰のように思える試練によって、幸福の道が開けていく場合もある。  たとえば、手術や注射は痛みを伴う。しかし、それによって健康な体になることができ る。  絶体絶命の窮地に思えても、強盛なる信心に立てば、それによって真実の大功徳をつか むことができる。  甚深の法理を大聖人は教えられている。  〈「聖人御難事」では、法難と戦う門下に「我等 現には此の大難に値うとも後生は仏に なりなん、設えば灸治のごとし当時(=その時)はいた(痛)けれども後の薬なればいた (疼)くていたからず」(御書1190ページ)と仰せである)  真の功徳は、長い目で見なければ、わからない。途中に何があろうとも、信心しきった 者は、最後は必ず勝利する。これだけは間違いない。  皆さん方のご健康とご健闘、そしてご一家の繁栄を祈ります。  〈ここで名誉会長の導師で唱題を行う〉  重ねて、本当にご苦労さまでした。  朗らかに、朗らかに前進していってください! お願いします!  ありがとう!(大拍手)  (2008・10・28)  ※編集部として、名誉会長の了承のもと、時間の都合で省格された内容を加えて掲載し ました。  新時代第23回本部幹部会での名誉会長のスピーチ 下〔完〕