2008年11月26日 聖教新聞 人間世紀の光 171 スポーツ部と勝利の哲学 上 山本 伸一 心で勝て 汝の最高峰に挑め! 自分を信じよ「信念」 最後まで貫け「決意」 ベストを尽くせ「真剣」を忘れるな  生き生きと     青春走る     勝利かな   君らは英雄     何と嬉しや  古代ギリシャの大詩人ピンダロスは、オリンピックの勇者を祝勝して歌った。  「労苦なしに それ(幸福)は現われない」  労苦と忍耐の彼方に、青年の勝利と栄光はある。  この秋、わが青年部に、「スポーツ部」が発足した。  野球やサッカー、陸上競技、シンクロナイズドスイミング、体操、そして柔道、剣道、 相撲、空手、ボクシングなどの格闘技、競輪、自転車ロードレース、ゴルフ等々、実に多 彩な分野で、若き友は奮闘している。  オリンピックに出場したメンバーもいる。怪我を乗り越えて、堂々とタイトルを勝ち取 った同志もいる。  真剣勝負に挑む青年と会うことは、何よりも嬉しい。  私も折々に、スポーツの世界で活躍する同志たちと出会いを重ねてきた。  試合や大会と聞けば、妻と題目を送り、健闘と勝利を祈るのが、常である。  健康第一で、頑張れ!苦難に負けるな! わが道で、断じて勝ちまくれ!  君は君の戦野で、日本一、世界一をめざしゆけ!  全員が人生の勝利王になるのだ。これが信心である。  わがスポーツ部の誕生は全学会の「健康・勝利」そして「青年・勝利」の希望の瑞相と 喜び合いたい。       ◇  戦争中に少年時代を過ごした私の世代は、スポーツではなくして、軍事教練に明け着れ た。それだけに、新時代の若人には、スポーツという「平和の文化」を謳歌してほしかっ た。  私が若き日、編集長を務めた『冒険少年』『少年日本』でも、スポーツの記事や物語を多 く取り上げた。  野球少年が登場する澤田謙先生の「少年隊の凱歌」も懐かしい。その一節には、「大人の 世界では、悪いものだけがはびこって、善い人がみんな小さくなっているんです。人をお どかし、ごまかし、いじめるものがいばっていて、正直なもの、おとなしいものが、いじ められているんです」と。  だからこそ正義の青年が心も休も鍛えて、強くなり、社会を変えていくのだ。  フランスの行動する作家ロマン・ロランは、学生に「スポーツが名誉とする二つの威厳 ある美徳」について語った。それは何か。  一つは「勇気」であり、一つは「公正」である。  充実の青春を、誉れ高く飛翔そして勝利しゆくための二つの翼が、ここにある。     ◇  人生の   最高峰の     道歩む   誇りと名誉を    子孫に伝えむ  戸田先生のもとで開催した青年部の体育大会も、私が発案した。当初、理事室は反対だ った。だが、先生は「将来のために意味があるだろうから、やりなさい」と任せてくださ った。  第三代の会長になってからも、青年たちと一緒に体を動かし、汗を流す機会を大事にし てきた。  東西の創価学園や創価大学の"運動会""体育祭"にもよく参加した。練習中のクラブの友 を励ましたことも数え切れない。  特に、しばしば試合を行ったのが、卓球であった。卓球は、私の得意競技である。最初、 遠慮がちの学園生、創大生も、私の入魂のサーブやスマッシュを受けるうち、激しいラリ ーの応酬に打って変わる。  「これを受けられるか!」「よし、負けるな!」──私が打ち込む球に、懸命に応戦する 姿が、頼もしい。  その熱戦のなかで、皆が勝利への執念の大切さを実感していったのである。  各地の友好の集いなどでも、飛び入りでラケットを握った。中野区、大田区、群馬県、 長野県、新潟県、兵庫県、北海道......。あの日あの時、一緒に白球を迫った友の顔が、 胸に蘇る。  スポーツには、人と人を結ぶ不思雑な力がある。  訪中の折には、北京大学の英才たちと卓球交流をした。創価大学に迎えた留学生たちと も、幾たびとなく卓球をしたものだ。  未来志向の"ピンポン外交"であった。  ともあれ、「黄金が精錬される時 ありとある光輝を放つ」と大詩人ピンダロスは歌った。 打って出て、心身を練磨することは、人生の光となり、爽快な歴史と輝くものだ。     ◇  私が交友を結んだ世界の多くの指導者も、スポーツマンシップを体現されていた。ヨー ロッパ統合の父クーデンホーフ・カレルギー伯爵は言われた。  「紳士にとって最善の教育者は競技である」  「競技者は勝って傲らず、負けて怯まぬことを学ぶのである」  人は誰もが勝利者になるために生まれてきた。ひとたび敗れても、次は必ず勝つ。一切 は、最後を勝利で飾りゆく訓練となるのだ。  フィリピンでご挨拶したスペインのフアン・カルロス国王は、スポーツによって青年が 「帖り強さ」を鍛える重要性を強調されている。スポーツマンらしい風格は、先日来日さ れた時も、変わっておられなかった。  あれは一九八五年、晴れわたる青空の関西創価学園の「健康祭」の折であった。  マラソンで、体調を崩し、皆から遅れながら、最後まで完走した中学生がいた。皆が大 拍手で迎えた。  私は、つけていた白薔薇の胸章を贈って、健闘を讃えた。その負けじ魂の走者が、今、 正義の弁護士として力走している姿も、後輩たちの希望だ。      ◇  太陽と   共に昇れや      輝きて   わが信仰は    宇宙が庭なば  私が対談集を発刊した、ロシアの宇宙飛行士のセレブロフ博士は、もともと体が弱かっ た。しかし恩師に励まされて、スポーツに挑戦を始めた。  その鍛錬によって宇宙飛行の通が開けたと、最大に感謝されていた。  私も幼少から病弱であった。その中で、新聞配達をやり通したことが、のちに世界を走 り回る体力の基盤になったと実感している。  いわんや、世界広宣流布の機関紙である聖教新聞を配達してくださっているのが、最も 尊き「無冠の友」の皆様方である。  三世永遠に頑健な生命となり、自由自在に世界を乱舞しゆく境涯となっていくことは、 因果の理法に照らして、絶対に間違いない。  寒さが厳しくなってきた。日の出も遅い。あたりは暗く、一番、冷え込む早朝の配達と なる。  風邪を引かないように! 絶対に無事故で! と、真剣に妻と共に題目を送らせていただく日々である。      ◇  大宇宙  この一念に     ありとせば    無量の珍宝     無辺に出でなむ  御義口伝の法門には──「我等が頭は妙なり喉は法なり胸は連なり胎は華なり足は経な り」(御書七一六ページ)と明かされている。  題目を唱え、広宣流布に生きゆく私たちの身休が、いかに尊貴であるか。この身が、そ のまま「妙法蓮華経の五字」(同)の当体なのだ。  それは、大宇宙を動かしゆく根源のリズムと、深く融合していくのである。  三世諸仏総勘文抄には、「鼻の息の出入は山沢渓谷の中の風に法とり」「口の息の出入は 虚空の中の風に法とり」「脈は江河に法とり」(同五六七ページ)等と、我即宇宙、宇宙即 我の法理が示されている。  題目を朗々と唱える時、大宇宙の息吹を伸びやかに呼吸し、大宇宙の律動を、わが血潮 に脈打たせながら、満々たる生命力を漲らせることができる。  そして、この命を使って、人のため、法のため、社会のため、未来のために、思う存分、 貢献していくのだ。  世界的な心臓外科の名医であるウンガ一博士と深く一致した一点がある。  それは、健康と長寿には、「身体面の運動」が大切である。とともに、信仰や信念という 「精神面の運動」が、絶対に不可欠であるということであった。  まさに、一日また一日の学会活動そのものである。  (下は明日付に掲載予定)  ピンダロスの言葉は『祝勝歌集/断片選』内田次信訳(京都大学学術出版会)。澤田謙は 『少年日本』昭和24年11月号(日本正学館)所収=現代表記に改めた。ロランは「革 命によって平和を」(『ロマン・ロラン全集18』所収)蛯原徳夫訳(みすず書房)。クーデ ンホーフ・カレルギーは『自由と人生』鳩山一郎訳(鹿島研究所出版会)。 人間世紀の光 171 スポーツ部と勝利の哲学 下に続く