2008年11月27日 聖教新聞 人間世紀の光 172 スポーツ部と勝利の哲学 下 山本 伸一 心で勝て 汝の最高峰に挑め!  「信 念」    「決 意」    「真 剣」 自分を信じよ 最後まで貫け ベストを尽くせ を忘れるな  幸福は   努力 努力の     積み重ね  アメリカの野球の大選手ベーブ・ルースといえば、年間六十本のホームランの大記録、 そして病気の少年を励ますために打った"約束のホームラン"など、心躍るドラマに事欠か ない。  この名選手の『自伝』の第一章に綴られているのは、いったい何か。不良少年だった彼 を、野球に導いてくれた、師マシアス先生への心からの感謝である。  恩師は、常にルース少年に語ったそうだ。  「どんなことでもベストを尽し、社会の立派なメンバーになってくれよ」と。  師は、ありがたいものだ。  毀誉褒貶の吹き荒れる世界で、ルースには、師匠こそ、正しき「心の羅針盤」であった。 「ベストを尽くせ」「立派な社会人になれ」との言葉に応えゆく、師への報恩の心が勝利の 力となったのだ。     ◇  偉大なる   歴史を残せし    創大の   君らの闘魂    未来に続かむ  この秋、わが創価大学の硬式野球部は、関東の大会で、見事に優勝を果たした。  「二回目の関東制覇を 池田先生に捧ぐ」と記されたウイニングボールを、私は胸を熱 くして見つめた。創大野球部と交流の深いグラスゴー大学のマンロー博士など、世界の教 育者の方々からも祝福のメッセージをいただいた。  続く全国大会では、強豪を相手に接戦の末、惜敗したが、清々しい健闘に大拍手が送ら れた。  勝っても、負けても、その闘魂には栄光が輝いている。いな、彼らは、「朗らかに前進だ!」 と、今再びの挑戦を開始した。  何があろうが、朗らかに前へ!新たな力を蓄えて、前へ!──その心が嬉しい。その心 が勝利者だ。  「心で勝て  次に技で勝て  故に  練習は実戦  実戦は練習」 以前、私が贈った指針である。  創価の球児は立派に応えてくれている。控えに回った選手たちも、心を一つに一丸とな ってチームを支える。グラウンドの整備だけではなく、大学の近隣の清掃にも勇んで取り 組む英姿に、どれほど深い感動の声が寄せられていることか。  今年は、創価大学柔道部の女子チームが「三人制」の部で、日本一に輝いた。  さらに、創価大学の「フルコンタクト空手道部丈夫(ますらお)会」も、キックボクシ ングの大会で、二回目の全国制覇を果たしてくれた。  このほかにも、多くのクラブが、創大・女子短大、東西の創価学園、そして、アメリカ 創価大学で大活躍してくれている。  わが母校のために!  創価の師弟のために!  大いなる目的観、使命感、責任感をもって、大情熱を燃え上がらせた青年の力ほど、尊 く強いものはない。  その名誉ある魂は、常勝の伝統となって滔々と流れ、受け継がれていくのだ。     ◇  「困難や侮辱に会えば、今こそたたかいの時であり、すでにオリンピアの競技は始まっ て、もう一刻の猶予も許されぬと考えよ」とは、スイスの哲人ヒルティの言葉である。  いかにして、プレッシャーをはね返し、いざという時に自らの力を最大に発揮していく か。スポーツ心理学等でも、そのためのメンタリティー(精神性)が多角的に探究されて いる。  勝負の決め手は「心」だ。御聖訓にも、「身つよき人も心かひなければ多くの能も無用な り」(御書一二二〇ページ)と説かれる通りである。  名門カイロ・アメリカ大学のアラム副総長は、エジプトを代表する、水泳の飛び込みの 選手であった。戦後初のロンドン・オリンピックでも活躍された。  私は副総長に尋ねた。  「勝負に勝つためには、何が必要ですか」  三点を挙げられた。  第一に、自分の行っていることに対する「信念」「確信」。  第二に、着手した以上、やり遂げる「固い決意」。  第三に、ベストを尽くす「まじめさ」と「真剣さ」、そして「努力」。  簡潔にして的を射た「勝負哲学」である。     ◇  「仏法と申すは勝負をさきとし」(同一一六五ページ)との仰せは、あまりも深く、大き い。  創立の師・牧口常三郎先生は、獄中の尋問に答えて毅然と主張された。  ──釈尊は大敵にも負けずに、人間の達することのできる最高の理想を示した。人間の 生活の目的を明らかにして、その実現の手本を自ら具現されたのが、「仏」なのである、と ──。  森羅万象を貫いて、勝利には「勝利の因果」があり、「勝利の軌道」がある。  その永遠不滅の「勝利の法則」こそ妙法なのである。  いかなる悪口罵詈をも、決して恐れない。  いかなる三障四魔にも、断じて負けない。  いかなる三類の強敵にも、断固として打ち勝つ。  この仏法勝負の真髄をば示し切ってきたのが、創価三代の師弟の誉れである。    ◇  私が不朽の出会いの劇を重ねた、南アフリカのマンデラ元大統領は、二十七年半の獄中 闘争を耐え抜かれた。この人権の巌窟王が大切にされていた「不屈」という英国の詩句が ある。  「私は自分の運命の支配者になる/私は自分の魂のキャプテンだ」  「自分の魂のキャプテン」となって、いかに思うようにいかぬ逆境にあろうと、ただ勝 利へ突き進むのだ。  私が生まれた一九二八年(昭和三年)、アムステルダム・オリンピックで日本に初めて金 メダルをもたらしたのが、三段跳びの織田幹雄選手である。  この織田選手が日記に書いた言葉を、私は感銘深く読んだ。  「真剣になって闘う時にはコンディションも何もあるものか、最後の死力を尽すあるの み」  どんなに、やりづらい悪条件でも、勝ってみせる。そう決めた人が勝つのだ。  大聖人は仰せられた。 「ただ一えん(円)におもい切れ・よ(善)からんは不思議わる(悪)からんは一定とを もへ」(同一一九〇ページ)  私の青春の誇りは、最悪の状況の中で、死力の限りを尽くして、師匠をお護りし抜いた ことである。  師匠の盾となって、あらゆる魔軍を一身に受けて、打ち破っていった。結核で病弱な体 に鞭打ち、阿修羅の如く戦った。正しき師を厳護することが、広宣流布の命脈を永遠なら しめると確信していたからだ。  戸田先生は慟哭されながら、「死んではならぬ」と祈り抜いてくださった。  病気が悔しかった。だからこそ、恩師に安心していただけるよう、必ず病弱の宿命を勝 ち越えてみせる、師子王に仕える弟子は、師子であらねばならない──と強く固く決意し た。  「色心不二」の仏法だ。不老長寿の妙法である。  この通りの、頑健な生命の自分になってきた。  ともあれ、仏の異名は、「勝者」である。勝って勝って、勝ちまくる強靭な仏の力用を、 わが心身にたぎらせていけるのが、「師弟不二の信心」なのである。  この勝利の血脈を受け継ぎ、弟子が勝ちまくる年こそ、「青年・勝利の年」だ。       ◇  わがスポーツ部の盟友は全世界に広がっている。  サッカー界の至宝と呼ばれたロベルト・バッジョ氏は、今春、イタリア・ミラノで開催 された欧州青年部総会の席上、三十五カ国の代表五千人を前に力強く訴えた。  「挑戦するものが大きければ大きいほど、勝利した時の喜びと充実は大きいのです!」  その通りだ。  師は挑み、そして勝った。創価の青年も、永遠に挑戦し、そして断固と勝利するのだ。  九月の本部幹部会では、スポーツ部の代表が、はつらつと部歌「勇勝の歌」を披露して くれた。 ♪君が健闘 師は見つめむ  まばゆいばかりの  誓いの瞳  大空高く 使命の羽を  跳べよ跳べ     勝利するまで  君よ、勝て! 痛快に勝ちまくれ! 太陽は勝っているから明るいのだ。  英雄の君たちよ、苦難を宝とし、常勝の太陽を仰ぎ見ながら、汝自身の勝利の最高峰を 登れ!  その勝利の頂に立って、「自分自身、万歳!」、「我らの青春、万歳!」と、胸を張って叫 ぶのだ。  創価と共に!  師と共に!  わが同志と共に!  天高く   君よ飛びゆけ    大勝利   胸に抱きて    世界の舞台に (随時、掲載いたします)  最初の引用の言葉は、『ベーブ・ルース自伝』宮川穀訳(ベースボール・マガジン社)。 ヒルティは『幸福論草間平作訳(岩波書店)。「不屈」の詩はサンフソン著『マンデラ』濱 田徹訳(講談社)から。織田幹雄は『わが陸上人生』(日本図書センター)。 人間世紀の光 172 スポーツ部と勝利の哲学 下〔完〕