2008年11月29日付 聖教新聞 代表幹部協議会での名誉会長のスピーチ 上 邪悪には雄弁であれ 師子となって正義を叫べ  真剣と誠実で輝け! チャーチル「油断は大敵である」 インドネシアの国民作家  前進せよ! おまえは河を渡り始めたのだ 渡リ始めたからには  対岸にたどりつかなくてはならないのだ  代表幹部会の開催、おめでとう。ご苦労さまです(大拍手)。  きょうは、家族の団らんのように、懇談的に、楽しく話を進めていこう。どうか楽な気 持ちで聞いていただきたい。  最初に記念の句を贈りたい。  師弟不二   君も並べや      創価かな  この「君も並べや」とは、牧口先生、戸田先生、そして私と続く、創価三代の師弟の陣 列に並べ、という意味である。  その陣列は、「創価学会」即「広宣流布」の総大将としての陣列である。  後世の歴史に厳然としるされていく立場である。  その深い使命を皆さんは自覚していただきたいのだ。  勇者の陣列を  一、今、私の創立した創価大学の出身者が、あらゆる分野で、あらゆる次元で、目覚ま しい活躍を遂げている。  広宣流布の指導者群も、本格的に創大出身者が中心になって担っていく時代に入った。 私は、うれしい。  皆の力で、堂々たる正義の勇者の陣列を築いていただきたい。  おめでとう!(大拍手)  一、さらに、句を贈りたい。  断固立て   広宣流布を     勝ちまくれ  広宣流布の指導者は、絶対に気取っていてはだめだ。  やっているのか、やっていないのか分からない。そういう中途半端もいけない。  広布のため、同志のため、いかなる労苦も惜しまず、率先して行動していくのだ。  とくに男性は、見かけなど気にする必要はない。結果が第一だ。  "イケメン"じゃなくていいんだよ(笑い)。そのままの戦う顔であればいい。  日蓮大聖人は「無作三身」と説いている。  「はたらかさず・つくろわず・もとの儘」(御書759ページ)とあるように、「無作三 身」とは、本来ありのままの「仏の境涯」を意味する。  その「無作三身」の力を、ただ「信」の一字によって得ることができると、大聖人は教 えられたのである。(御書753ページ)  ゆえに、御本尊にしっかりと祈り切って、あとは誠心誠意、自分らしく、ありのままの 「真剣」と「誠実」で進んでいけばいいのだ。  私は、それでやってきた。皆さんも、頼むよ!(大拍手)  何も恐れるな  一、さらに一句を捧げたい。  我も師子   君も師子たれ      師弟不二  大聖人は、「師子の声には一切の獣・声を失ふ」(同1393ページ)と仰せである。  人の胸にビンビンと響きわたる声だ。それが師子である。  猫や鼠のような弱々しい声では、広宣流布の熾烈な闘争に勝てるはずがない。  破邪顕正の堂々たる師子吼で、嫉妬の悪人たちのデマや中傷を、毅然と打ち破っていく のだ。  私は師子である。何も恐れない。皆さんは、一人立つ「正義の師子」になってもらいた い。  希望こそ力!  一、アメリカの公民権運動の母ローザ・パークスさんの言葉を贈りたい。  「希望を捨ててはいけません。そうすれば、必ず勝つことができます」(高橋朋子訳『ロ ーザ・パークスの青春対話』潮出版社)  その通りだ。希望こそ、前進の原動力である。  パークスさんと初めてお会いしたのは、アメリカ創価大学のロサンゼルス・キャンパス であった(1993年1月)。  その翌年、今度は、パークスさんが日本まで来てくださり、信濃町の聖教新聞本社で女 子部の代表とともに歓迎させていただいた。  パークスさんは、この時、81歳。人生で初めて太平洋を渡り、来日されたことは、大 きな話題となった。  創価大学、創価女子短期大学も訪問され、学生たちと温かな交流を結ばれるなど、私ど もとの関係を本当に大切にしてくださった。  幾多の風雪に耐え、苦難の人生を戦い抜いてこられた、素晴らしい人格の指導者であら れた。  〈アメリカで初の出会いが実現した際、パークスさんは、「池田会長ほど、私が会ってす ぐに、これほどまでに親しみを覚え、『友人だ』と実感できる人には会ったことがありませ ん」と率直な感想を語った。  アメリカの著名人が「自分の人生に最も好響を与えた写真」を収録した写真集の中で、 パークスさんが、名誉会長との記念写真を選び掲載したことは有名なエピソードである〉  「志」を高く!  「韓国の人権の闘士・咸錫憲(ハムソクホン)先生は語った。  「理想とは志である。自ら打ち立てた志である。志を打ち立てたということは、時と場 所と出来事にかかわらず、揺るぐことなく、そびえ立つごとく(それは)あるのだ」  大いなる理想のため、自ら立てた志のため、だれが見ていようといまいと、真剣に、ま っすぐに頑張っている人は立派だ。  そういう人を私は大事にしたい。最大に讃えてあげたい。  次に、スイスの思想家ヒルティの言葉を紹介したい。 ? 彼は教育について、「正しいことを知り、正しいことをなすだけの意志と力とをもった 人間にしてやらねばなりません。これこそ、あらゆる本当の教育の究極目的」(秋山英夫訳 『ヒルティ著作集第6巻』白水社)と述べている。  きょうは、アメリカ創価大学の教職員の代表も集ってくださった。皆さんに、この言葉 を贈りたい。いつも本当にありがとう!(大拍手)  一、昭和26年(1951年)の5月3日、戸田先生が第2代会長に就任された。  その折、戸田先生は、勇壮に学会歌の指揮を執られた。  「花が一夜に」の歌であった。  その際、このようにおっしゃった。  「学会歌の指揮は気迫である!」  この恩師の叫びを、青年のリーダーは胸に刻んでもらいたい。  君たち青年が先頭に立って、学会歌を高らかに響かせながら、「青年・勝利の年」へ威風 も堂々と前進を開始していただきたいのである(大拍手)。  皆さんが、年をとり、子どもが大きくなり、人生を振り返ったときに、秋の紅葉に彩ら れた庭のごとく荘厳な福徳が広がっていくのだ。春の爛漫の桜のごとく満開の幸福境涯に なっていくのだ。  これが妙法の不思議な法則である。  「教学に信心に仕事に熱を込めよ」  一、若きリーダーの皆さんは、わが地域で、新時代を開きゆく使命がある。  勝利のために、勇気の言葉を贈りたい。  インドネシアの国民作家として名高いプラムディヤ氏の作品に、こうあった。  「前進を続けよ」「さらに前進せよ。些細な、私的な感傷にわずらわされてはならぬ。お まえは河を渡りはじめたのだ。渡りはじめたからには、対岸にたどりつかなくてはならな い」(押川典昭訳『プラムディヤ選集6』めこん)  私の好きな言葉の一つである。  渡りはじめたからには、「渡りきる」のだ。輝く栄光の岸を目指して、前へ前へ、進み続 けることだ。  創価学会インドネシアの同志も、勝利の前進を続けておられる。本当にうれしい。  さて、イギリスの名宰相といえば、チャーチルである。極悪のナチスを打ち破ったこと は、有名だ。  彼は訴えた。  「諸君は、諸君の油断大敵という気持を決してゆるめてはならない」(チャーチル研究会 訳『チャーチル名演説集』原書房) ???????? 代表幹部協議会での名誉会長のスピーチ 上−2に続く 2008年11月29日付 聖教新聞 代表幹部協議会での名誉会長のスピーチ 上−2  「油断」を排したからこそ、完全勝利したのである。  そして、インド独立の父ガンジーは、巨大な権力悪に対して、敢然とこう言い放った。  「無知の闇のなかに浸りきっている権力に対しては断固戦うのみ」(ハリーバーウ・ウパ ッデャイ著・池田運訳『パープ一物語』講談社出版サービスセンター)  民衆を見下し、民衆を愚弄する権力とは、断じて戦い抜く。これが創価の魂である。  ともあれ、青年の時代だ。戦う中で、強くなるのだ。強くなければ正義は貫けない。  そして、皆、偉くなって、父母に親孝行をしてあげていただきたいのである。  戸田先生も、力ある青年が躍り出るのを待ちに待っておられた。  先生は言われた。  「若き君たちよ、真剣に御書を拝しゆけ!  民衆を救い、民衆に平和を与えるものは、諸君たち青年以外にはない。願わくは、教学 に、信心に、自分の仕事に、熱と力を込めて、立派な青年に成長せよ!」  青年部、頼むよ!頑張れ!  青春櫻よ咲き薫れ!(大拍手)  常楽我浄の道を  一、ここで御聖訓を拝したい。  「(日蓮は)法華経を信じることにおいては、世界第一の聖人です。その名は、十方の浄 土(=全宇宙の仏国土)にも聞こえています。必ず天も地も知っているでしょう。  (ゆえに)あなたが『日蓮の弟子である』と名乗られるならば、どのような悪鬼であろ うとも、よもや、日蓮の名を知らないと言うはずがないと思ってください」(御書1480 ページ、通解)  この世界第一の大聖人に直結する、我ら創価の師弟は、何があろうとも、恐れるものは ない。  いずこにあっても胸を張って、「常楽我浄の道」を永遠に勝ち進むことができるのだ。  また、有名な「佐渡御書」には、こう仰せである。  「外道や悪人が、如来が説いた正法を破ることは難しい。仏弟子らが、必ず仏法を破る のである。『師子身中の虫が、師子を内から食う』といわれる通りである」(同957ペー ジ、通解)  この厳しき戒めを、忘れてはならない。  さらに大聖人は「仏と提婆とは身と影とのごとし」(同230ページ)とも仰せだ。  仏法は、仏と魔の闘争である。三類の強敵を打ち破る、信心の戦いなのである。  全て勝利の因に  一、大聖入門下の四条金吾は、いわれなき讒言によって主君から迫害され、最大の窮地 に立たされた。  大聖人は、厳たる対応を教えられた上で、こう仰せである。  「もし日蓮が(佐渡に)流罪されないで鎌倉にでもいたならば、あの時の戦い(文永9 年2月の北条一族の内乱=二月騒動)に巻き込まれて、きっと打ち殺されていたにちがい ない」(同1164ページ、通解)  大聖人は佐渡流罪という大難にあわれた。しかし、そのおかげで戦乱をまぬかれ、命が 助かったのだと言われている。  さらに「大事になったならば、必ず大きな騒ぎが、大きな幸いとなっていくのである」 (同)とも仰せである。  妙法の世界には、すべて意味がある。すべて御仏意なのである。  人生も社会も、激しい変化の連続だ。やりにくいこともあるかもしれない。思うにまか せぬこともあるだろう。  しかし、すべては未来の勝利の因と確信し、一日また一日、「人間革命の黄金の日記」を、 心晴れ晴れと綴ってまいりたい(大拍手)。  師弟不二の大願に立て  一、法華経の「五百弟子受記品第8」。  ここでは、声聞の弟子たちが「深心(じんしん)の本願」──本来の自分自身の誓願に 立ち上がる。  弟子たちは、師匠。釈尊との生命の対話を通して、自身の小さな殻を打ち破った。そし て、民衆の救済という師弟不二の大願に立ったのである。  釈尊から成仏の記別を授けられる、五百∧の弟子。  この五百人は、釈尊の草創の弟子の数ともいわれている。しかし、もちろん、五百人が 特別な存在なのではない。  御義口伝に、「妙法の五百であるので、十界三千の一切衆生は皆、この五百の弟子なので ある」(御書796ページ、通解)と仰せである。この五百人の成仏は、すなわち一切衆生 の成仏を表すものなのである。  大事なのは、本物の決意に立った弟子である。「師弟不二」の精神に生き抜く真実の弟子 である。  本気の人間がいれば、すべての人を引っ張っていける。中核が大事だ。リーダーで決ま るのである。  この「五百弟子受記品」で、弟子の先頭に立ったのは、富楼那であった。「説法第一」「弁 舌第一と謳われた闘士である。  広宣流布のリーダーである皆様もまた、「雄弁であれ!」「真実を語りまくれ!」、そして 「師子となって正義を叫びまくれ!」と申し上げたい(大拍手)。  細かな配慮を  一、先日も申し上げたが、リーダーの皆様は、広布の会場を提供してくださっている方、 会館等の管理者の方々を最大に大事にしていただきたい。  「いつも、ありがとうございます」「本当に、お世話になります」と、丁寧にあいさつし、 心から感謝していくことだ。  そう言葉をかけられるだけで、どれほどうれしいか。心強いか。  私は、各地を妨れた際には、会館の管理者の方に、ごあいさつするようにしてきた。  元気にしておられるだろうか。困ったことはないだろうか──いつも、そう心にかけ、 励ましを贈ってきた。  こうした点を大事にできるかどうか。それが名将と愚将の違いである。  個人会場や、拠点のお宅の方に対しても同じである。  ぎょうぎょうしく、何か特別なことをする必要はない。  自然な形で、感謝を表していく。ご家族にも礼を尽くしていく。会場を、きれいに片付 けていく。  こうした心がけが大切である。  また、なかには、小さなお子さんがいるお宅もあるだろう。家族で風邪をひいた人がい るかもしれない。遅くまで大勢の人がいては、ゆっくりすることもできない。  「きょうも使わせてもらって大丈夫でしょうか」などと、声をかけていくことも大事だ ろう。  また、会合の後の打ち合わせが長くならないよう、注意していく。幹部には、こうした 配慮も必要である。 地域の拠点を大切に 『会場提供者』『会館管理者』に心から感謝  日々前進を!  一、ともあれ、こちらが真心と感謝の思いで接すれば、提供者の方も「こちらこそ、皆 さんに喜んでいただいて、うれしいです」と、晴れやかな気持ちになる。張り合いがある。  「使って当然」と当たり前のように思うのは、大間違いだ。  また、信心のためだからといって、無理にお願いするようなことがあってはならない。  会場を提供するのは大変なのである。  大勢の人が来れば、トイレも汚れる。畳も擦れる。子どもが障子を破いてしまうことも あるだろう。  かつて、大田区の小林町にあったわが家も、会場に使っていただいたことがあった。  また、私の妻の実家も、長く学会の拠点として使っていただいた。  広布のためにとの思いで、喜んで会場を提供してきた。  学会には、会場の提供者として、皆のために尽くしてくださっている方が大勢いる。  こうした方々を大切にしないといけない。それが仏法である。  皆さんの中で、会場を提供してくださっている方はいますか?〈会場の提供者が立ち上 がった〉  皆で、感謝の思いを込めて拍手を贈りたい(大拍手)。  ともあれ、学会は、「日進月歩」「日々前進」で行くことだ。油断は大敵である。  まずは最高幹部が、今まで以上に、一つ一つ真剣に、誠実に行勤していくことだ。  そうすれば、学会はまだまだ伸びていける。  もっと大きく発展していけるのである。     (下に続く) 代表幹部協議会での名誉会長のスピーチ 上