2008年12月17日 聖教新聞 随筆 人間世紀の光 173 広布の賢者の壮年部 上  山本 伸一 厳たれ!師弟不二の黄金柱 「心の宝」は不滅 君よ断じて負けるな!  嵐にも   そして吹雪も    恐れざる   大樹に育てと     君を見つめむ  これは、病に倒れた若き友に贈った一首である。  闘病の報告の手紙を受け取ると、私は、すぐに筆を執り、励ましたのである。  彼は病気を乗り越え、今、確かに大樹となった。優秀にして慈愛深き大指導者となって、 指揮を執っている。  ともあれ、春夏秋冬の絵巻にあって、桜とともに、ひときわ鮮烈な光彩を放つ生命が、 銀杏といっていいだろう。寒風のなか、金色に輝きながら、一年の総仕上げの時を告げて くれる。  この銀杏を仰ぐと、壮年部の方々の美事なる王者の風格を見る思いがする。  学会本部の近くには、東京の名所として愛される、外苑の銀杏並木がある。  この外苑の銀杏は、今年、満百歳を迎えた。  人びとは、毎日、この道を通る。この偉大なる樹木の景観を仰ぎながら、見つめながら、 語りながら、通る。  私にとっても、忘れ得ぬ道である。否、忘れることのできぬ、輝く歴史の道である。  この百四十六本の並木の造成を指揮したのは、「日本近代造園の師」と謳われる折下吉延 (おりしもよしのぶ)氏であった。  木々の高さも、道の勾配に合わせて絶妙に整えられており、その遠近法を用いた景観は、 世界的に有名だ。  一九九九年には、この外苑の銀杏が、ドイツの名門フンボルト大学の銀杏の古樹に「接 ぎ木」された。  これは、統一ドイツの新首都ベルリンヘの遷都を記念した、都市緑化事業の一環である。  銀杏の葉は「知者の心をよろこばす」と歌ったのは大文豪ゲーテであった。東洋から伝 来した銀杏は、ゲーテの家の庭の四季も彩ったようだ。  今、わが創価大学では、桜と銀杏の並木道「創大シルクロード」の整備が進んでいる。  やがて、この道を、若き二十一世紀のゲーテたちが大樹を仰ぎ見ながら、語らい歩みゆ くことであろう。     ◇  銀杏には、約二億年もの歳月を生き抜いた生命力がみなぎっている、とさえ言われてき た。  恐竜の時代から繁栄し、氷河時代も乗り越えた。現存する最も古い植物の一つであり、 「生きている化石」とも呼ばれてきた。害虫にも病気にも負けぬ、不思議な力を持ってい る。数多の公害にも強い。  なんと偉大な樹木であろうか!  「銀杏の葉を本に挟んでおくと、紙魚虫(しみむし)を寄せ付けない」と聞いた青春時 代の思い出も、懐かしく蘇ってくる。終戦後まもない秋の日、私は、この外苑で拾った三 葉の銀杏の葉を、手にしていたホイットマンの詩集『草の葉』に、栞の代わりに挟んだ。  銀杏の栞は、この愛読書とともに、常に私の座右にあった。  銀杏の原産地は中国だ。 「公孫樹」(いちょう)と書かれる場合もある。  そこには、自らが植えた銀杏の実を収穫するのは、孫の代になるという意義が込められ ていたようだ。  かつて読んだ、その話が、今でも深く、私の心に残っている。  「公孫樹」──その名は、"自分のためではなく、未来の世代のために生き抜くのだ! わ が生命力を発揮して、歴史をつくるのだ!"と語りかけているような気がしてならない。  銀杏の大樹を見れば、この木を植え、手入れをし、大切にしてきた先人たちの深き心が 偲ばれる。  私は東京生まれである。東京都の木が銀杏であることは、若い時から誇りに思ってきた。 さらに、縁深き大阪府と神奈川県の木も、同じく銀杏であることを、嬉しく伺った。  海に臨む神奈川文化会館の前を走る山下公園通りの銀杏並木は、「日本の道百選」にも選 ばれている。  仙台市の東北文化会館を荘厳する銀杏並木も、天空を突いて伸びてきた。  「一株の大公孫樹(おおいちょう)が、澄みきった空に黄金色の大きな手をさし上げて、 巨人のごとく立っている」  これは、東北の歌人・石川啄木の感慨であった。  私には、風雪を勝ち越えた、各地の黄金柱たる壮年部の友が思い起こされるのだ。  以前、私は、外苑の銀杏並木を擁する東京・港区で健闘される壮年部の友に、一文を書 き贈った。  ──寒風に堂々たる根を張る銀杏の如く  堂々たる信心で人生栄光の強き根を!   ◇  「蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり」(御書一一七三ページ)  信仰のゆえに迫害を受け、荒れ狂う世間の激浪に揉まれながら、懸命に戦っている四条 金吾に対して、師匠・日蓮大聖人が送られた一節である。  「蔵の財」とは、端的にはお金であり、経済力といってよい。  「身の財」とは、健康や職業的技術、また社会的な地位や信用、名誉である。  数年来、四条金吾は、その二つが試練にさらされていた。  社会人として、生きるか死ぬか、勝つか負けるかの大苦境を耐え抜き、完璧に乗り越え ていけるかどうか──まさに、油断ならぬ正念場の日々であった。  しかし大師匠であられる大聖人は、愛弟子の四条金吾に賢者の生き方を示しながら、厳 然と励まされた。  ──わが弟子よ、「心の財」があるではないか!  何を恐れることがあろうか! 「師弟不二の信心」という最強最極の力で、断固と勝ち 抜け! と。  「蔵の財」や「身の財」は、時とともに移ろいゆくものだ。  三世永遠の妙法を受持して積み上げた「心の財」だけは、決して崩れない。  ゆえに、わが創価の同志こそ、一閻浮提で最も「心富める人」なのだ。  今、「百年に一度」という金融危機のなか、慌ただしい年の瀬を迎えて、必死の奮闘をさ れている方々が、多くおられるに違いない。  ご苦労は、私にも痛いほどわかる。経済不況に悪戦苦闘される同志の苦衷は、わが胸を 掻きむしられるように迫ってくる。  私自身、戸田先生のもとで、絶体絶命の事業の苦境を、ただ一人、師子奮迅で支え、打 開してきたからだ。  「何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾け る土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(同一一三二ページ)  妻と二人して、この御聖訓を心肝に染め、多くの大切な同志のため、一心不乱に題目を 送り続けている。      ◇  十九世紀のイギリスの詩人ブラウニングは歌った。  「われ常に戦士なりき」  「倒れるのは立ちあがらんが為め、妨げられるのはより能く戦はんが為め」  若き日より、胸に刻んできた言葉である。  ご存じの通り、私は十九歳の時から、広宣流布の険しい道を走り抜いてきた。  厳しい時代もあった。  苦しい時代もあった。  しかし、妙法流布という使命に走る者は、全宇宙の諸天善神が守りに護ってくれるのだ。 これほど痛快な人生はないのだ。  妙法の信仰者には、絶対に敗北はない。  敗北のない人は、永遠に勝利者である。幸福の王者である。人生の長者である。  そのための信仰だ。そのための道を、歩み、走っているのだ。  走れば走るほど、宝の山が待っている。幾千万という諸天善神が、喜んで待っている。 (下は明日付に掲載予定)  銀杏の話は飯倉照平著『中国の花物語』(集英社)、深津正・小林義雄普『木の名の由来』 (東京書籍)など参照。ゲーテは「西東詩集」(『ゲーテ全集2』所収)生野幸吉訳(潮出 版社)。石川啄木は『雲は天才である』(金の星社)。ブラウニングは『ブラウニング詩集』 野口米次郎訳(第一書房)。 随筆 人間世紀の光 173 広布の賢者の壮年部 上〔完〕