2008年12月26日付 聖教新聞 全国代表協議会での名誉会長のスピーチ 上−1 青年よ外交戦で自身を磨け 若き日の日記 一日一日が大事。一日一日が決戦 私の使命は学会員をまもることだ  難よ来たれ! 我は恐れない!  知勇兼備の真の指導者になるのだ 一、ご苦労さま!どうか、楽になって聞いていただきたい。  この1年の広宣流布の大前進、本当にありがとう!  わが使命の天地に、希望の旭日を昇らせ、喜びの花を咲き薫らせた、一人一人の尊き奮 闘を、私は心から讃嘆し、感謝申し上げたい(大拍手)。  以前、見事な牡丹の花の絵を目にして、私は詠んだ。  世界一   幸福牡丹の      美しさ   皆の心も     勇み笑顔に  皆の心に勇気と希望を贈り、悩める人をも笑顔に変えていく──それが、民衆のリーダ ーである。  深き同志愛こそ、学会の永遠の「宝」なのである。  生命尊重の花の博士よ  一、友のため、法のために、労苦を惜しまず尽くしてきた、模範の方々の代表として、 関西白樺会に和歌を贈りたい。  偉大なる   大関西の     白樺会   生命尊重    花の博士よ  いついつも   広布の庭で    戦いし   同志を護らむ     白樺会かな  白樺会   平和と健康     祈りきる   貴女たちありて      同志は万歳  生命等厳の看護師の皆様に感謝しつつ、妻とともに贈らせていただきたい(大拍手)。  目立たずとも  一、きょうは、全国から代表が集ってくださった。あの地にも、この地にも、福徳輝く 人材城が、堂々と、そびえ立っている。本当にうれしい。  地味な、目立たないところで、誰よりも頑張っている人がいる。  大変な状況をはねのけ、見事な歴史を築いている人がいる。  何と立派か。その人を私は讃えたい。  反対に、たとえ恵まれた環境にあっても、それに安住し、油断すれば、持てる力を発揮 することはできない。  まして、リーダーが慢心になり、「こんなものだろう」と手を抜けば、いかなる戦いも勝 てるわけがない。  将の一念にひそむ慢心こそ、勝利を阻む"一凶"である。  学会創立80周年の峰を目指して、同志は皆、一生懸命、戦っている。最高幹部は、そ れを一瞬たりとも忘れてはならない。  将であるならば、皆以上に、一生懸命に戦う。むしろ、自分が大きな苦労を引き受ける。 この覚悟がなければ、将たる資格はない。偽者である。  若き諸君は、真実の広宣流布の将として、今こそ決然と立ち上がっていただきたい。  女子部の秀麗な姿に讃嘆の声  一、先日、学会の会館を訪れた識者の方々が語っておられた。  「皆さんのさわやかな応対は、さすがです」「本当に、すがすがしい」──  こう、ほめ讃えておられたそうである。  とくに、会館で受付や運営に携わってくださっている女子部の聡明な笑顔に触れ、心が 洗われたと感嘆する声は、これまでも数知れない。  いつも本当にありがとう! 皆さんの秀麗な姿、真心の振る舞いは、学会の宝である。 心から讃嘆の拍手を贈りたい(大拍手)。  50年前の決心  一、今から50年前、戸田先生が逝去された年の秋、私は日記に記した。後継の友のた めに紹介しておきたい。  昭和33年(1958年)10月20日。この日は月曜日で、晴れであった。  「一日、一日が大事。一日、一日が決戦」「学会員を厳然と守ることだ。私の使命は」  「難よ来れ。われは恐れない。たじろがない。  真の指導者になりたし。智勇兼備の」  皆様も、この決心で進んでいただきたい。  思えば、戸田先生は人間学の天才であちれた。どんな小さなことからも、その人の本質 を見抜いた。ずるい悪人は震え上がった。  まさに師子であられた。  その先生に、私は19歳で出会った。師としてお仕えした。厳しき薫陶は、朝から夜中 にまで及んだ。  当時、学会は財政的にも大変であった。そのうえ、無理解と偏見が渦巻き、周りは敵、 敵、敵。「貧乏人と病人の集まり」と揶揄された。しかし、我らは誇り高かった。  戸田先生が事業に敗れると、皆、手のひらを返して罵倒し、去っていった。先生は理事 長辞任を余儀なくされた。まさにその時、「わが師匠は戸田先生なり」と、私は阿修羅のご とく戦った。  いつ春が来て、いつ冬が終わったかもわからない。断崖絶壁を歩むような日々であった。 その中で私は、ただ一人、真実の弟子として、偉大なる師匠をお護りし抜いた。  誰よりも師に仕えた。誰よりも広布の道を開き、師の構想を成し遂げ、誰よりも同志を 護り抜いた。  だからこそ私は、恩師の後を継ぎ、第3代の会長となった。そして、世界的な創価学会 を同志とともに築いてきたのである。  一切の根幹は、師弟不二で生き抜くことだ。それさえ忘れなければ、恐れるものは何も ない。  師弟を軽んじ、断ち切る者とは、断じて永遠に戦わなければならない。  若き皆さんが、すべてにわたって、学会、広布の推進力とならねばならぬ時が来たのだ。 頼むよ!〈会場から「ハイ」と力強い返事が〉  「創価学会第2別館には、正本堂建立の際の賞与御本尊が御安置されている。きょうは、 その意義について申し上げておきたい。  この御本尊には、「昭和四十九年一月二日」の日付とともに、「賞本門事戒壇正本堂建立」 「法華講総講頭 創価学会会長 池田大作」と、日達上人の筆で認められている。  「本門事の戒壇」たる正本堂が、わが創価学会の尽力によって建立された功労が、厳粛 に留められた御本尊である。  来る1月2日で、この御本尊の授与から、35周年となる(大拍手)。  この昭和49年(1974年)、私は北米、中南米を歴訪し、一閻浮提広宣流布への大き な波動を広げていった。  さらに、中国、ロシアを相次いで訪問し、世界平和への対話と友好の渦を起こしていっ たのである。  そして35年後の今、学会に世界から信頼が寄せられる時代となった。  嫉妬に狂乱した日顕は、800万人の信心の結晶である正本堂を破壊した。大聖人に師 敵対し、これほどの悪行をなした日顕宗に、功徳があるはずがなく、厳然たる大罰を受け るのみである。  創価学会が大聖人と日興上人の仰せのままに、正本堂を建立した歴史は、絶対に消し去 ることはできない。  その永遠不滅の功労も、無量無辺の功徳も、奪い取ることは、絶対にできない。  この賞与御本尊が、創価の正義と勝利を、峻厳なまでに証明してくださっている。  〈正本堂建立の意義と、それを破壊した日顕の暴挙については、小説『新・人間革命』 第16巻の「羽ばたき」の章に詳しい〉  皆が朗らかに皆が勝利する場  一、広宣流布を進めていくためには、事実のうえで、大勢の人が集って、喜んで題目を あげ、幸福の生命となって、それぞれの生活の現場へ帰っていくことが大事である。  皆が楽しく、皆が幸せに、皆が朗らかに、皆が勝っていく──そういう「広宣流布の場」 「日々、誓いを新たにする場」は、現代において創価学会しかない。  わが学会こそが、日々、勇猛精進している。仏法の根幹を体現しているのである。  皆さんは、この誇りを持って、生きていただきたい。  苦しんだ人こそ幸福になる仏法  一、婦人部、女子部の皆さんの大先輩の一人に、全国の女子部長、婦人部長などを歴任 した多田(旧姓。湊)時子さんがいる。  多田さんの生まれは、大正14年(1925年)の10月。  幼くして父を亡くし、母も病気で失った多田さんが、創価学会に入会したのは、戸田先 生が第2代会長になられた昭和26年(1951年)の夏のことであった。  東京・大田区の蒲田で、座談会に出席した彼女は、「必ず幸福になれる」との確信の言葉 に心を打たれた。 全国代表協議会での名誉会長のスピーチ 上−2に続く 2008年12月26日付 聖教新聞 全国代表協議会での名誉会長のスピーチ 上−2  当時、女子部の班長だった私の妻は、入会時から多田さんを励しま、仲良き同志として 進んできた。  御本尊を御安置するときにも、妻が駆けつけて、彼女の部屋で、ともに真剣にお題目を 唱えた。  女子部の善き友に囲まれて、多田さんは、生活苦と闘いながらも、明るく活動に励んで いった。  人生の「労苦」の歳月は、信仰によって、生命の「輝き」に変わっていったのである。  戸田先生は、両親を亡くした多田さんを大切に見守っていかれた。そして私に、多田さ んを、次代の女性リーダーに育てるよう命じられた。  私と妻は、彼女の成長を祈りながら、どんなときも、陰に陽に支えていった。  本当に苦しんでいる人、病気の人、経済苦の人──そういう人が幸福になり、勝利して いくのが、大聖人の仏法である。その偉大な功力を、わが身で証明していかれた多田さん であった。  彼女は、学会の大恩を、決して忘れなかった。  師弟の道を、最後の最後まで、まっすぐに突き進んでいかれた。  そして、ちょうど8年前の2000年12月、安祥として霊山に旅立たれたのである。  このとき、多田さんは、私と妻にあてて、遺言の手紙を用意されていた。  そこに綴られていた、あまりにも清らかな報恩・感謝の心に、私と妻は、合掌し、追善 の祈りを捧げたのである。 「若さ」こそ歴史を開く原動力 日々新たに勇猛精進を!! 大誠実で友情を広げよ 「スピードある対応」が信頼の土台  池田華陽会の大健闘を賞讃  一、多田さんは、戸田先生が手作りで育てられた「華陽会」のメンバーでもあった。  偉大な先輩の尊き精神を受け継ぐ、「広布第2幕 池田華陽会1期生大会」が先日、晴れ やかに開催された。本当におめでとう!(大拍手)  今月の衛星中継への女子部の参加者は、先月に比べて、4万7千人も増加したと、うか がった。大変なことである。  全国の女子部の皆さんの大健闘を心から讃えたい。本当にご苦労さま!(大拍手)  戸田先生は言われた。  「幹部は、全会員を懇切に指導して差し上げることだ。そして、『信心してよかった』と いう喜びを味わえるようにしてあげていただきたい」と。  どうか、女子部の皆さんの祈りと行動で、「信心してよかった!」という「喜びのスクラ ム」を、若き世代に一段と大きく広げていっていただきたい。  一、今、私は、アメリカの教育界に光を放つデューイ協会の会長であるガリソン博士と 対談を進めている。  博士は、SGIの推進する「人間革命」の運動の意義について、こう語っておられた。  「『人間革命』とは一人一人が、かけがえのない可能性を現実の中に開発する作業である と、私は理解しております。そして、『人間革命』を通して、一人一人が社会全体に貢献し ていくのです」  「この『人間革命』の理念を掲げるSGIは、"どこまでも成長する宗教"であると私は 思っています」一流の人物は、私たちの運動の重要性を、正しく理解してくださっている。  〈ガリソン博士は、こうも語っていた。  「私は、成長する宗教の証しを、今年の8月、池田博士とお会いしたとき、目の当たり にすることができました。それは、師匠である戸田会長について語られる80歳の池田博 士の眼に、19歳の青年の輝きを見たときでした。この眼の輝きがあれば、この宗教は、 絶対に衰退することはないと実感したのです」〉  博士は言われた。  「師匠という原点、伝統を正しく踏まえ、若々しさを堅持していくかぎり、そしてまた、 成長し、価値創造を続けるかぎり、この宗教は、1000年の繁栄を築くであろうと実感 したのです」  世界中で頑張ってくださっているSGIの皆様へのエール(声援)として紹介させてい ただいた。  私たちは、1000年先までの人類の「幸福の大道」を切り開いている。  堂々と胸を張って、この大道を進んでまいりたい(大拍手)。 戸田先生 「信心してよかった!」この喜びを同志に 米の教育者   人間革命を掲げるSGIは無限に成長  師匠という原点があれば千年先も繁栄  真心の伝言  一、このほど、中米ドミニカ共和国のコマツ婦人部長から、うれしい報告をいただいた。  本年、同国の著名な教育者が来日され、八王子市の東京牧口記念会館を訪問された。私 と妻も、多くの同志とともに真心から歓迎させていただいた。  じつは、この教育者のお嬢さんが、帰国したお父さんから、さまざまな話を聞き、SG Iの理念と運動に心から共感して、SGIと一緒に進んでいきたいと語っておられたとい うのである。  この報告を聞いて、私は、即座にお嬢さんに伝言を託した。「お父さんに親孝行を」と。 また、妻からは写真集を贈らせていただいた。  こうした伝言や、やりとりは、スピードが大事である。すぐに反応して、行動するから、 借用が増すのだ。  誠実には大誠実で、真心には、それ以上の真心で応えていく。そこに本当の友情が広が る。学会は、それで勝ってきたのである。  〈名誉会長から「親孝行を」との伝言を受け取った令嬢は、こう語っていたという。  「こんな私にまで配慮してくださる池田先生ご夫妻に、心から感謝申し上げます。先生 のご伝言通り、今まで以上に親孝行をしてまいります」「先生と奥様を知ることができ、私 は本当に幸せです。先生、本当にありがとうございました」  また、父親も大変に喜び、自分も名誉会長の人間主義と慈悲に感銘を受けた一人なので、 皆と一緒に進んでいきたいと共感を寄せておられるという〉  広布の全責任を青年が担い立て  一、かつて戸田先生は指導された。  「戦時中、学会は、外部に対して、渉外の力がなかった。魔を乗り切っていく力をつけ よ! 外部に学会の正しさを認識させていく力を持て!」と。  戸田先生は、昭和29年(1954年)の12月、当時、26歳の私を、初代の渉外部 長に任命された。  ベテランの幹部は大勢いた。しかし、先生は、若い私を指名された。  未曾有の広宣流布の歴史を開くには、積み重ねられた「経験」も必要だが、やはり、「若 さ」が大事だと、戸田先生は確信しておられたのである。  私は、広布の全責任を担って奔走した。  師匠や学会を批判・中傷する者とは、言論の力で断固として戦った。  「私の師匠は、ここに書かれているような人ではありません。一体、どこに証拠がある のですか」  私は、一つ一つ検証して、誤りや嘘は訂正させた。その真剣さに、相手も驚き、感心し て、学会への認識を新たにしていった。  私は不惜身命で戦った。自分のことは、どうなってもいいと覚悟していた。それが青年 である。  青年部、頼むよ!  〈「ハイ」と参加者から勢いよく返事が〉  また全員が青年の心で進んでまいりたい。  一、戸田先生は、30歳近く年の差がある私を深く信頼してくださった。  大事なことは必ず、「大作に聞け」と言われた。  外部の重要な人との交渉にも、「大作を行かせますから」と私を派遣された。  私は、外交戦で鍛え上げられた。多くの人と会い、語り、目には見えない底流の部分で 信頼関係を結び、学会を護り、同志を護ってきた。  現実は厳しく、多くの宗教が衰退を余儀なくされている。その中で、戸田先生が後継の 一切を託した弟子の奮闘によって、学会だけは、大発展を遂げてきたのである(大拍手)。  一、戸田先生は峻厳に言われた。  「学会に反逆すれば、必ず、ひどい仏罰がある。覚悟しなければならない。仏法は、生 きた証拠が必ずある。それを見ていくのだ」  戸田先生の時代にも、学会にお世話になりながら、幹部になると慢心を起こし、師匠に 嫉妬して、裏切っていった人間がいた。  御聖訓には仰せである。  「日蓮を信ずるようであった者どもが、日蓮がこのような大難(=佐渡流罪)にあうと、 疑いを起こして法華経を捨てるだけでなく、かえって日蓮を教訓して、自分のほうが賢い と思っている。このような歪んだ心の者たちが、念仏者よりも長く阿鼻地獄に堕ちたまま になることは、不憫としか言いようがない」(御書960ページ、通解)  増上慢の人間が仏法を破壊するのである。  愚かな歴史を断じて繰り返してはならない。将来のために強く申し上げておきたい。    (下に続く) 全国代表協議会での名誉会長のスピーチ 上〔完〕