2009年2月1日付 聖教新聞 全国代表幹部協議会での名誉会長のスピーチ 中 戸田先生 さあいよいよ戦いが始まるぞ! ゲーテ わが心こそ幸福の源泉 御聖訓 「さいわいは心よりいでて我をかざる」 広宣流布へ強き祈りで勝て  一、ドイツの大文豪ゲーテは記した。  「こころこそ、ぽくの唯一の誇りであり、これのみが一切の源泉」 と(前田敬作訳「若きウェルテルの悩み」、『ゲーテ全葉』第7巻所収、人文 書院)。  幸福といい、希望といっても、すべて、自身の心から生まれる。  あらゆる喜びも、苦しみも、わが一念に納まっている。  心こそ、一切の力の源泉である。心の力は、無限大である。  その偉大な心を、誰もが持っている。  これがゲーテの洞察であった。  なかんずく、私たちの「強盛なる信心」の心ほど、強いものはない。  御聖訓には、「さいわい(福)は心よりいでて我をかざる」(御書 1492ページ)と仰せである。  一人の友のために祈る。友の幸福を願って行動する。  日々の地道な学会活動は、わが生命に無量の福徳を積んでいるので ある。  たとえ、環境や状況がどうあれ、広宣流布へ燃え上がる師弟不二の 心があれば、我らは断じて負けない。  強き祈りで、暗雲を突き抜け、険難を乗り越え、わが栄光の人生の 山を、心情れ晴れと登攀することができるのだ。 師匠と共に! 同志と共に! 異体同心ならば恐れる者はない  偉大な師に仕え偉大な歴史を!  一、大文豪ゲーテが、自らの全集をはじめ、生涯の総決算のために 最も頼りとした一人が、若き弟子エッカーマンであった。  ゲーテとエッカーマンが、初めて会ったのは、1823年6月。  このとき、ゲーテは73歳、エッカーマンは30歳。  この若き弟子は、師の晩年の約9年間をともにし、全集の編纂など に尽くしていった。  〈ゲーテ全集(ワイマール版)は全143巻。名誉会長の『池田大 作全集』は現在111冊が発刊され、今後、全150巻になる予定〉  この弟子は、ゲーテにとって、誰よりも、自分の考え方、やり方を 分かってくれていた。  何よりも、大文豪に仕える喜びにあふれていた。  彼は、「全心全霊をあげてゲーテに献身したい気がした。あなたさ え得ることができれば、他のことはみなどうでもいい、と私は思った」  ★(エッカーマン著、山下肇訳『ゲーテとの対話』岩波文庫)と述べている。  ゲーテを護り支える若き弟子の真剣な働きに、ゲーテ自身が驚き、 感謝した。  とともに、ゲーテのために尽くしたこと自体が、この無名の一青年 に、不滅の栄光をもたらしたのである。  〈エッカーマンは、ゲーテの日常の語らいや行動を記録した著作『ゲ ーテとの対話』によって、後世に、その名を輝かせている〉  偉大な人とともに戦えば、自分も偉大な歴史を残していける。  これが師弟の道である。  人生を決めた恩師の言葉  「戦後の経済の混乱期、恩師・戸田先生の事業は、深刻な事態に陥 っていた。  先生は熟慮の末、学会の理事長を辞任することを決断された。  ──先生が理事長をお辞めになれば、新しい理事長が私の師匠にな るのだろうか──  戸田先生は、「それはちがう」と言下に否定され、「苦労ばかりか けるけれど、君の師匠は私だよ」と、おっしゃってくださった。  私は、うれしかった。このとき、心に誓った。  必ず戸田先生に学会の会長になっていただくのだ。そして一生涯、 戸田先生のために戦い抜こう、と。  先生は涙ぐんでおられた。  その時の表情、その時の光景など、すべてを克明に記憶している。  19歳で先生に見いだしていただいた私は、ここから、一段と高く 勇気の帆を上げて、弟子の戦いを開始した。  誰もが見限って、誹謗し、離れていくなか、ただ一人、先生を護り 抜いた。  事業の再建のため、朝から夜中まで駆けずり回って、活路を開いて いった。  こうした苦闘の歴史を経て、広宣流布を成しゆく、学会の発展の基 盤がつくられてきたのである。  戦時中、牧口先生と戸田先生は、正義の信念を貫いて、二人して牢 獄に入られた。  本当に正しいのは、牧口先生であり、戸田先生である。  このお二人の精神を毛筋ほども違えることなく受け継いだのが、第 3代の私である。  この「三代の師弟」の闘争こそが、学会の正統中の正統の歴史であ る。  この不屈の師弟の魂を、若き皆さんに受け継いでいただきたいのだ。  目覚めた弟子が  一、世界的な国際法学者で、米・デンバー大学副学長のナンダ博士 も先日、1・26「SGIの日」を祝福する声を寄せてくださった。  そのなかで、博士は、今日のSGIの大発展の理由として、創価の 師弟に注目され、こう述べておられる。  「師弟の関係ほど、人々の心に深い共鳴と啓発を与えるものはあり ません。  真の師弟の関係は、自分が何をすべきかを、弟子に目覚めさせるも のです。  そして、弟子に真に求められるものは、師匠の教えの実現であり、 実証です」  師によって目覚めた弟子が、師の教えを実現していくのだ。  それでこそ、真の弟子である。  〈ナンダ博士はこうも述べている。  「今日のSGIの偉大な発展は、ひとえに、池田会長の蒔かれた、 平和の種、慈愛の種が、人々の胸に深く響いてきたからです。会長の 持つ人格の力、思想の力、対話の力が人々の胸奥に啓発を与えてきた のです」「私にとっても、池田会長は、かけがえのない師匠です。ゆ えに私は、会長にお会いした際、弟子としての最高の敬意を表したの です」〉  無冠の友に感謝  一、さて連日、寒い日が続いている。  大雪と格闘する地域もある。  厳寒の中、毎朝、聖教新聞を配ってくださっている「無冠の友」の 皆様に、私は心から健康であれ、無事安穏であれと祈らずにはいられ ない。  本当にありがとうございます。ご苦労さまです(大拍手)。  聖教新聞の発刊も、戸田先生との師弟の対話から生まれた。  昭和25年(1950年)の12月。先生が一番の苦境の時──。  お金がなく、新橋駅近くの小さな食堂で食事をしながら、先生は、 壮大な構想を語られた。  「新聞をつくろう。機関紙をつくろうよ。これからは言論の時代だ。 断じて、言論戦で広宣流布を切り開いていこう」と。 全国代表幹部協議会での名誉会長のスピーチ 中−2に続 く 2009年2月1日付 聖教新聞 全国代表幹部協議会での名誉会長のスピーチ 中−2  年が明け、先生は「いよいよ新聞を出そう。私が社長で、君は副社 長になれ。勇ましくやろうじゃないか」と陣頭指揮を執られた。 そ して、昭和26年の4月20日、聖教新聞は創刊された。  聖教の発刊後、先生は言われた。  「私は思い立ったことは、必ず実行する。聖教新聞の発刊も実現し た」「聖教新聞で邪悪と戦うのだ!」  この先生の破邪顕正の精神こそ聖教の根本であらねばならない。  ゲーテは、こうも言った。  「明晰な文章を書こうと思うなら、その前に、彼の魂の中が明晰で なければだめだし、スケールの大きい文章を書こうとするなら、スケ ールの大きい性格を持たなければならない」(前掲『ゲーテとの対話』)  今、広布の言論戦で戦う同志に、私は、「自分を磨きに磨き、書き まくれ! 大執筆家になれ! それが広宣流布である」と、強く強く 申し上げたい。  さらにゲーテは述べている。  「真実の力は偉大なものさ」(同)と。  真実ほど偉大であり、強いものはない。  なかんずく、私たちは、大宇宙の真実の中の真実である仏法哲学を 持っている。  恐れることなど何もない。悪は悪と明快に言い切うていくのだ。  この壮大な仏法に生き抜いて、堂々と正義のペンをふるっていくの である。  嫉妬の人間に騙されるな!  一、ゲーテは、こうも喝破した。  「すぐれた人格を感じとり、尊敬するためには自分自身もまた、ひ とかどの者でなければいけない。  エウリピデス(古代ギリシャの詩人=編集部注)の崇高さを否定し た連中は、すべて頭のからっぼなあわれな者だ」(同)  偉大なものをバカにするのは、自分が愚かな証拠であると言うので ある。  イギリスの著名な哲学者ラッセルは、「ねたみ」について、「大勢 の人にとって不仕合わせの恐るべき元です」(東宮隆訳『ラッセルは語る』 みすず書房)と指摘したが、その通りであろう。  戸田先生は、厳しく言われた。  「提婆達多は、師匠である釈尊を蔑如して、生きながらにして、無 間地獄に堕ちた男だ」  「男の嫉妬の代表が提婆達多なのだ」  「妬み」は、人の心を狂わせる。「破壊」の心を生む。  他者の心も破壊し、自分自身も破壊してしまう。恐ろしい感情であ る。  嫉妬に狂った提婆達多は、大恩ある師匠の釈尊を妬み、その殺害ま で企んだ。  そして、釈尊と弟子の間を切り裂いて、教団を分裂させていった。  これが、仏法破壊の一つの方程式である。  こうした提婆達多のごとき嫉妬の輩、忘恩の輩、畜生の輩が出たな らば、絶対にだまされてはいけない。  臆病になって、付き従ってはならない。皆、賢明にならなければな らない。  鋭き信心の眼で、魔を魔と見破り、断固と責め抜いていくのだ。  将来のために、強く申し上げておきたい。  正邪は必ず明らかになる  一、大聖人はこう仰せである。  「法華経の敵となった人を罰して、皆、人の見せしめにするように と、梵天、帝釈、日月、四天に申しつけてある。日蓮が法華経の行者 であるか否かは、これをもってご覧なさい」(御書1138ページ、 通解)  仏の敵は一人も許さない。邪悪を厳然と打ち破る。  それが真実の仏法者の証しなのだ。  この御本仏の大確信を胸に抱き、来る日も来る日も、ただひたぶる に「正義の勝利」を祈り抜いてくださっているのは、一体、誰なのか。  健気な心で黙々と広布に戦う全国の学会員の皆様である。  なかんずく、創価の母の婦人部の皆様方である。  信心強き皆様を、諸天善神が守りに護る。  役職とか立場ではない。  心で決まる。「心こそ大切」である。  執念の祈りで勝つのだ。仏法の因果は峻厳である。正邪は必ず明ら かになる。  どこまでも、私たちは、大聖人の弟子の道を貫いてまいりたい。  そしてまた、戸田先生と一緒に、私と一緒に、真実の同志として進 んでまいりたい。  この道は絶対に間違いない。この道を進んできたから、学会は強か った。だから発展したのだ。  どうか、皆さんの手で、一段と、いい学会をつくっていただきたい。  さらに素晴らしい創価城を築き、護り抜いていただきたいのである (大拍手)。  一、ゲーテは綴った。  「幸せのおりにも不幸のおりにも、わが身のことばかり心にかけて、 他人といっしょに苦しんだり楽しんだりするすべを知らず、また、し ようという気をおこさないでは、立派な人といわれましょうか?」(佐 藤通次訳『ヘルマンとドロテーア』岩波文庫)  師とともに、同志とともに、学会とともに、苦楽を分かち合う人生 ほど、価値ある充実と栄光の道はない。  そして、利他の心、同苦の心の結晶が、折伏行である。折伏をする 人が一番偉い。折伏に挑戦している人こそが尊いのだ。 戸田先生  激動の時代!全宇宙も刻々と変化する  皆、大いに生まれ変われ  一、戸田先生は、「どんなことがあっても、ぼくは牧口先生の弟子 なんだ。先生のお考え通りに戦う以外、ないのだ」とおっしゃってい た。  「牧口先生は、こうおっしゃっていたよ」「牧口先生は、こう考え ておられたよ」と語られるのが、常であった。  心の根底が、本当に師匠と一致しているかどうか。それが大事だ。  私は、戸田先生の指導を、ことごとく記し残してきた。妻とともに、 先生を支え、先生にご奉公申し上げた青春であった。  現在の学会の発展を、先生は必ずや喜んでおられるであろう。  さらに恩師の指導を紹介したい。  戸田先生は、「深き団結があれば、この世で恐れるものは何もあり ません。『異体同心なれば万事を成ず』だ」「私をはじめ全員が、大 聖人の御聖訓のままに進む。これが学会精神である」と語られた。  インド独立の父マハトマ・ガンジーも、「組織は上から下まで一つ のものでなければならない」(ネール著、松本愼一訳『印度の統一』育生社 弘道閣)と訴えている。戦いは「異体同心」で勝つ──これは未来にわ たって普遍的な法則であるといえよう。  また、先生は確信をもって言われた。  「時代は、大きく変わった。しかし、時代の問題ではない。所詮は、 人間である。広宣流布は、『死身弘法』の信心の人が進めるのだよ」  その通りだ。創価のリーダーから、新しい哲学の潮流を起こしてい くのだ。そうでなければ、広宣流布は進まない。  要となるべき人間が意気地なしであってはならない。  先生は「荒波を乗り越えていく、力強い指針が必要である。福運を 積んでいく、力ある宗教が必要である。だれもが、それを望んでいる のだ。それが日蓮大聖人の仏法なのだ」とも語られた。  リーダーが先頭に立って、いかなる大波も乗り切らなければならな い。  足元を固めた人が勝者に!  一、戸田先生は、地道な努力を重んじる方であった。  ある時には「激動の時代である。勝負の世紀である。自分の足元を 固めた人が勝者となる。これが鉄則である」と語られていた。  「さあ、いよいよ戦いが始まるぞ!」──こうおっしゃる戸田先生 の声が、耳朶に鮮やかによみがえってくる。  そして、次のようにもおっしゃった。  「宇宙のあらゆるものは刻々と変化する。学会も、去年と同じよう なことをやっていては、広宣流布が腐ってしまうぞ。皆、大いに生ま れ変わらなくてはならない」と。  皆さんとともに進む重要な1年である。一日一日、新たな心で、新 たな価値を創造していきたい。     (下に続く) 全国代表幹部協議会での名誉会長のスピーチ 中〔完〕