2009年2月23日付 聖教新聞 婦人部・女子部最高協議会での名誉会長のスピーチ 中 誠実に! 女子部よ広布の華と咲け 歩け!語れ!民衆のために リーダーは自ら苦労せよ 日中友好の先人「青年とは常に行動者」 一、もうすぐ希望の春が来る。わが人生の喜びの春へ、輝く勝利の創価の春へ、張り切 って進もう!  皆様の   幸福うたわむ      梅の花  今、本部周辺でも、紅梅や白梅が、高貴な香りを広げている。  女子部は広布の華である。妙法の華である。  有名な御聖訓には、「我らの頭は妙である。のどは法である。胸は蓮である。腹は華であ る。足は経である。この五尺の身が妙法蓮華経の五字の当体である」(御書716ページ、 通解)と、明快に仰せである。  妙法蓮華経の意義は、幾重にも深い。  頭を使うのだ。正義の勝利のために。仏縁を広げるために。  語るのだ。「声仏事を為す」(同708ページ)である。生き生きとした声で、同志を鼓 舞していくのだ。  そして、心を尽くすのだ。心を使うのだ。皆が歓喜にあふれて前進できるように。  また、法華経には、「因果倶時」の法理が示されている。その象徴が「蓮華」である。  普通は、花が散ってから実がなる。しかし「蓮華と申す花は菓と花と同時なり」(同15 80ページ)。花と実が同時に成長する。  広布のために祈り、戦う、今の一念の「因」に、幸福と勝利の「果」は厳然と輝いてい るのである。  ゆえに行動することだ。大目的のために。  歩くのだ。民衆のために。同志のもとへ、足を運ぶのだ。  妙法を唱え、弘めゆく人には、尊極の仏の生命が涌現する。  尊き皆様こそが、妙法蓮華経の当体なのである。  華のごとく、わが人生を開き、華のごとく使命の大輪を咲き薫らせていただきたい。 与謝野晶子  「無限に豊かな未来が 若い皆さんの手に握られている」  新たな常勝の時代を築け!  一、さて、3月3日「ひな祭り」の日は、「大阪婦人部の日」でもある。  大阪・堺出身の歌人・与謝野晶子が「ひな祭り」について書いている。関東大震災の明 くる年で、被災地にはバラック(仮小屋)が建ち並んでいた。  「雛祭の日が来ました。昔からの習俗の中でも、この遊びは女の子のある家に今も行わ れて、美くしくもあり、優しくもあり、大人の心までを柔かにします」  「東京や横浜では、今年はバラックの中でお雛様が祭られる事でしょう」  「苦労を忘れると共に、新しく励む元気を生むことになります」(『與謝野晶子全集第1 3巻』文泉堂出版。現代表記に改めた)  いかなる苦難の嵐の中にあっても、乙女の成長を願うところ、そして、乙女が生き生き と成長するところには、明るさがある。笑顔が広がる。  創価学会の希望は、はつらつたる女子部、女子学生部である。  池田華陽会の前進、ご苦労さま!(大拍手)  一、与謝野晶子は、青年を大事にし、青年の成長を願ってやまなかった。  彼女は、自らの誕生日を祝ってくれた学生たちの真心に感謝しながら、こう書き記して いる。  「学生達はすべて新しい人間の初花である。無限に豊富な未来が皆さんの手に握られて いる。私などの夢想にも上し得ない輝く時代が皆さんに由って作られるであろう。私は今 日この機会に自分を祝わずに皆さんをお祝いする」(『同全集第11巻』。同)  今の女子部、女子学生部の皆さん方が、創価学会の新しい常勝の時代を築いてくれるこ とを、私も妻も深く確信している。  そしてまた、婦人部の方々も、私たち夫婦と同じ心で、女子部を大切に大切に育ててく れている。心から感謝申し上げたい(大拍手)。  「時」を創れ  「若い心には、深き哲学が滋養となる。  創価大学には、レオナルド・ダ・ヴインチやトルストイ、マリー・キュリーらの像とと もに、「中央アジアのゲーテ」と讃えられるウズベキスタンの大詩人ナワイーの像が立って いる。  ナワイーの英知の言葉に、こうあった。「幸福とは、千の苦悩で傷ついても、最後に精神 と魂の中に花を見いだす者のことである」  現実は、誰人であっても、苦悩との戦いである。断じて負けず、あきらめず、強く耐え 抜くところに、幸福の花は咲く。  ブラジルの女性の識者の信条を思い出す。  名門ロンドリーナ大学の総長として活躍された、パラナ州のプパト科学技術高等教育長 官の言葉である。〈名誉会長は2004年、ロンドリーナ大学の名誉博士号を受章〉  「冬には、植物も、花や葉のない姿です。  それは、自分が一番いい時期に、花を咲かせようと待っているのです。  人生も同じです。私たちも、自然をお手本にして、自身に具わった力と知恵を信じて、 開花させていくことが大切だと思います」  これが、天然の道理であり、生命のリズムである。  決して、あせることはない。じっくりと、「時」を創り、幸福と勝利を開花させていく。 その究極の力と智慧の源泉こそが、私どもの信仰である。  ブラジルでも、またアメリカでも、2月27日を「婦人部の日」として、誇りも高く前 進されている。  妙法に生きる人に悲嘆はない!  一、ロシアの著名な法華経研究者であるヴォロビヨヴァ=デシャトフスカヤ博士は語っ ておられた。  「生活環境は変わり、技術の時代、宇宙の時代を迎えています。  すべてが新しい。  ただ人間の生だけは、『生老病死』という変わらぬ法則に従って流れていきます。  法華経の力を信じている人は、たとえ生活にどんな変化が生じても、人生を苦しみとは 思いません。  人生がどんな困難や苦しみを人間に与えようとも、法華経の教えに従っていくならば、 恐れることなく、堂々と乗り越えていけるのです」  妙法という大法則に生き抜く人生に、不幸はない。悲嘆もない。敗北もない。  私たちは、生老病死という人生の根本課題を、一つ一つ打開し、「変毒為薬」して、「常 楽我浄」の香風を広げながら、縁する人々と一緒に、絶対的幸福の軌道を悠々と進んでい けるのである。  私と妻は、全国、全世界の婦人部、女子部の皆様の「健康和楽」と「幸福勝利」の前進 を、毎日、真剣に祈り続けている。  「仏に誉められる境涯に」  一、きょうも戸田先生の指導に学びたい。先生はよく言われた。  「生活の上に、いろいろな試練が出てきても、負けてはいけない。  どんなことがあっても、それは『護法の功徳力』によるものである。必ず全部、宿業が 軽く転換できることは間違いない」  また、健気に戦う同志を、こう励ましてくださった。  「仏法の話をして、誰も話を聞いてくれなかったとしても、諸天善神が、聞いてくださ っているよ。あなたを必ず護る」  広宣流布のために戦う善き人を、諸天善神は必ず守護する。  自分自身の生命には倶生神(人が生まれるときに倶に生ずるとされる神)がいる。常に、 その人自身の行動を見ている。信心の上の、どんな努力も、苦労も、天は見逃さない。  広宣流布という、最極の正義に生き抜く皆様方が、断じて護られないわけがない。  一、さらに戸田先生は言われた。  「広宣流布のために会い、勇敢に、誠実に仏縁を結んだ人は、未来において、その人が 必ず自分の眷属となり、諸天となって、自分を護り支えてくれるようになるのだ」  「よき友、よき同志に守られた人生は、絶対に負けない」  まったくその通りである。  また、自分自身が善知識になっていかねばならない。  一、人に接する時には、ツンとした、冷たい態度ではいけない。  焼きもちを焼いてはいけない。信仰においても、人生においても、一番、気をつけるべ きことである。  嫉妬の人は伸びない。妬んでばかりの人とつきあっても、何の得もない。  ともあれ、同志を守ってこそ、リーダーだ。女性を尊重してこそ、紳士だ。多くの後輩 を伸ばしてこそ、先輩である。  それをはき違えて、女性に対して威張る男性、若い人をいじめる幹部が、もしも将来、 出たならば、心ある皆さんが、勇気をもって戦うのだ。  戸田先生は叫ばれた。  「信仰の上に立って、目標を完遂して、凡夫に誉められるのではなくて、たえず、仏様 に誉められる境涯になろうではありませんか」  この気概で、胸を張って進んでいきたい。  同志を護り抜け  一、戸田先生は、私と妻に言い残された。  「学会員がいなければ、広宣流布はできない。大作と香峯子は、この尊い仏様である学 会員を、生命の続く限り護ってほしい」  私と妻は、このご指導通りに生き抜き、戦い抜いてきた。  また、「真剣に、そして雄々しく戦いゆく同志を、最大に励まし護れ!」とも言われてい た。  同志の幸福を、広布の前進を、真剣に祈り戦うことだ。その時、仏に等しい力が、自分 自身の中から湧き起こってくる。そして、自分自身も護られるのである。  反対に、この正道を踏み外してしまえば」諸天善神から見放されてしまう。  戸田先生は厳しくおっしゃった。  「仏意仏勅の学会を私利私欲のために利用したり、大恩ある学会を裏切ったりした者は、 必ずや諸天から裁かれる」と。  自ら決めた、尊い誓願を、絶対に裏切ってはならない。  仏法の世界は不思議である。因果の理法は厳しい。仏法の眼で見れば、すべてが明快で ある。 感謝と賞讃を  一、リーダーの心構えについて、少々申し上げておきたい。  広宣流布の前進において、無責任で自分勝手な、人まかせの心があってはならない。  リーダー自身が苦しんでやり遂げたものだけが、立派に輝くのだ。  中心者が要領を使い、楽をすれば、まわりも真似し始める。そうすると、広宣流布とい う民衆運動の"本体"がなくなってしまう。"格好"だけは動いていても、"中身"が失われる。  責任者が苦労し、悩む。ともに戦う同志に対して、「ありがとう」「ご苦労さま」「本当に よくやってくれました」と、深く感謝し、ほめ讃える。  そうした誠実な振る舞い、真剣な言葉がなければ、温かな、血の通い合う世界ではなく なってしまう。  どれだけ戦っても、ほめられない。激励の一言もない。そんなリーダーのもとでは、ま るで"機械"のように扱われていると感じるかもしれない。  「人間」は、どこまでも「人間」である。皆、等しく尊貴であり、かけがえのない使命 がある。これを決して忘れてはならない。  細かいことのように聞こえるかも知れないが、指導者の一分の隙、わずかな傲慢が、知 らず知らずのうちに、尊い和合を壊していってしまう。未来のために、あえて申し上げて おきたい。  ともあれ、責任ある立場にありながら、自分白身が苦労を避けるて、自分はいい子にな って、疲れないようにする。それで人材が育つはずがない。  トップが自覚し、責任を持たなかったら、組織は崩れる。それが方程式である。  人間を磨け  「戸田先生は、幹部に対して厳しく言われた。  「広宣流布を進める創価の師弟を、何よりも大事にし、護り切っていく。これが地涌の 菩薩である」  戸田先生は、牧口先生の弟子としての筋道を、いつもきちんとされていた。だから学会 は伸びた。  私と妻は、戸田先生に仕え抜いた。時代状況も悪いなか、先生のために本当に働いた。 微塵も悔いはない。  一、私は、両親のことも、真剣に護った。  戦争中は、4人の兄が兵隊にとられ、肺病の私が残った。家は空襲で焼かれた。  "日本一、世界一の親孝行をしよう!"と決めて、生き抜いてきた。また"歴史上、これほ ど師に仕えた人間はいなかった、と言われるくらい、戸田先生に仕えよう"と思い定めた青 春であった。  19歳で戸田先生に出会って以来、どれほどの苦しみのなかで、創価学会をここまで発 展させてきたか──この胸中をわかる人間がどれだけいるか。  本来、こういう場で言うべきではないのかもしれない。しかし、学会の未来を思えば、 言わざるを得ない。  今、油断してしまえば、隆々たる学会も、魔に食い破られてしまう。  私が戸田先生のもとで戦っていた時代と比べて、今は、よほど恵まれている。  できあがった組織のなかで役職に就いても、"本当の苦労"を知らなければ、人間は磨か れない。  どうすれば「師弟の精神」を護り、正しく伝えることができるのか。この一点を考え抜 く人が、真の創価のリーダーである。  金剛不壊の「軸」  一、いかなる時代になろうとも、学会の一番大事な精神性が「師弟」であることに変わ りはない。  増上慢が、仏法の一番の敵である。ましてや、わが師匠が大難を受けているにもかかわ らず、腹の中で喜んでいるような者を、私は、絶対に許さなかった。  師弟の精神を護らずに、広宣流布ができるわけがない。  師弟こそ、あらゆる難を勝ち越える、金剛不壊の"軸"であるからだ。  きょうは、この一点を皆さんに伝えておきたい。  師弟なき学会は、前進の"軸"がないに等しい。  皆様が「師弟」の精神を護っていけば、必ず素晴らしい指導者が湧き出てくる。その未 来を、私は確信している。  私も、もう一度、新たな革命を起こすぐらいの決心で、戦っていく。若々しい心で、一 緒に進もう!(大拍手)  正義の熱弁を  一、戸田先生には、「何かあったら、大作に聞け」「大作は、わかっているから」と言っ ていただいた。  「大作とは、何時間でも語りたいな」と言われ、何でも話し合う師弟であった。  あまりにも激しい闘争のなか、先生は私に対して、"夜学も断念させて、すまなかった" ──こうした思いでおられた。そして、一対一で万般の学問を教えてくださったのである。  歴史学者のトインビー博士から手紙をいただいた時も、先生の訓練のおかげで、有意義 な対談を成し遂げることができた。  それが私の誇りである。  死にものぐるいで、気取りを捨てて、「先生のためならば!」「魔には、学会に指一本た りとも触れさせないぞ!」との気迫で進んだ。いずこの地へ行っても、堂々と、先生の正 義を訴え、熱弁を振るった。  なかでも、「大阪の戦い」が一番大変であった。  後に退転した、古参の幹部たちには、関西を下に見る心があった。嫌な、インチキな人 間であった。  しかし、予想を完全に覆し、私が指揮を執った大阪は勝った。  私は戸田先生に全生命を捧げた。  真剣勝負の「一人」がいる組織は必ず発展する。  師弟に生き抜く「青年」が未来を開くのだ。  青年に託す  一、日中友好の先駆者であった実業家の高碕達之助氏は、「青年とは、常にその時代の行 動者」であると述べ、激動の世界を生き抜いた、自らの青春を振り返っておられる(高碕 達之助集刊行委員会編『高碕達之助集』東洋製罐)。  氏とは、1963年(昭和38年)9月にお会いした。氏の逝去の半年前のことだった。  その時、氏78歳。私は35歳──。  日中友好の功労者は、息子ほど年の離れた年の私に、未来の希望を託された。  私もまた、広宣流布の未来は、若き皆さんに託すしかない。そう心に決めている。  青年部、頼むよ!(大拍手)  女性こそ尊貴な「人類の大英雄」  一、母の慈悲ほど、深く強いものはない。  私が対話を重ねてきたインドの哲人ラダクリシュナン博士も、母親が命を懸けて子ども を守る勇敢さを、「至高の英雄的資質」であると心から讃えておられた (「ガンジーにお ける『サティヤーグラハ』と池田大作における『人間革命』」、「東洋学術研究」第47巻弟 1号所収)。  〈名誉会長は、N・ラダクリシュナン博士と対談集『人道の世紀へ』を本年1月26日 に発刊しているみ〉  生命を守り、支え、育み、慈しむ女性こそ、最高に尊貴な「人類の大英雄」なのである。  日蓮大聖人は、「不惜身命」の信心を、母の慈悲に譬えて教えられた。  「関目抄」には「正法を護ろうとするならば、貪女がガンジス河にあって、わが子を愛 念するがゆえに身命を捨てたごとくにしなさい」(御書233ページ、通解)との涅槃経の 一節が引かれている。重要な意義が込められた御文である。  母が子を護らんとしたように、正法を護り抜きなさい──こう大聖人は教えられた。そ こにこそ、わが境涯を開く要諦がある。  一、そしてまた、大聖人は記されている。  「今、日蓮は去る建長5年(1253年)4月28日から今年弘安3年(1280年) 12月に至るまで、足かけ28年の間、他のことは一切なく、ただ妙法蓮華経の七字五字 を日本国の一切衆生の口に入れようと励んできただけである。  これはちょうど、母親が赤子の口に乳をふくませようとする慈悲と同じである」(同58 5ページ、通解) 婦人部の信力・行力で学会は大前進 師弟ありて広布は勝利 ウズベキスタンの大詩人「幸福は戦う魂の中に!」  大聖人は、立宗を宣言されて以来、いかなる大難も乗り越え、勝ち越えられながら、末 法の民衆のために、妙法を弘め抜かれた。  その御心は、母親が赤ちゃんを育てる慈悲の心と同じだと仰せなのである。  わが婦人部の皆様方は、まさしく、この御本仏の御心に連なって、妙法を、粘り強く、 誠実に、語り弘めてこられた。  わが創価学会には、婦人部の皆様方の慈愛の光が満ちている。  だから、強い。だから、明るい。  だから、悩める友を温かく包む深さがある。 仏縁を広げよ!  一、あの昭和27年(1952年)の「2月闘争」の折にも、婦人部の皆様方が、私と ともに強盛なる信力、行力を奮い起こして立ち上がってくださった。そこに、厳然たる仏 力、法力が湧き出たのである。  戸田先生は、「勇気」が「慈悲」に代わると教えてくださった。  時代の闇は深い。悩める友は、あまりにも多い。今こそ、太陽の大仏法を、勇敢に、快 活に、大確信をもって語っていきたい。  対話を広げた分だけ、仏縁は広がる。  大聖人は仰せである。  「信心というのは、特別なことではないのです。妻が夫をいとおしく思うように、夫が 妻のために命を捨てるように、親が子を捨てないように、子どもが母親から離れないよう に、御本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱えることを信心というのです」(同1255ページ、 趣意)  実にわかりやすく、信心のあり方を教えてくださっている。  「母の心」のごとく、正法を護り、正義の師弟を護り、友を励ましていくことだ。  そこにこそ、真実の信心の歓喜が漲る。広宣流布の希望の前進が生まれる。    (下に続く) 婦人部・女子部最高協議会での名誉会長のスピーチ 中〔完〕